希濤と会っていない日に、僕は何をしていたかというと。それはそれは、結構廃人。

 最初に何日は毎日が暇すぎたし、なんか虚無感に似た何かが胸の中で居座りついていから、結構機嫌が悪かった。一日中小説を読んで、ご飯を食べる時ですら読んでいて、行儀が悪いと言われた。

 それは、いつか慣れると思っていたけど、そんなお花畑が現れる筈がなかった。結局、残ったのはいらない感覚だけど、それが日に日に募って行き、紛らわそうと学校に行った。

 過ぎ行く電車を、景色を、夏色を。

 夏の陽射しのテロ攻撃を受けた地面が、僕が病院に行くまでの道程を阻む。いや阻んではないけど、正確にいうと僕の体力を奪っているようなものだ。

 アスファルトの道を歩いて、病院の中に入る。

 中は涼しかった。デパートみたい。

 受付に「えーっと、雷坂希濤さんのクラスメイトです」と言ったら「あら、今日は違う子なのね」と言われた。適当にごまかして、エレベーターキーをもらった。

 緊張する。心臓の刻む速度が速くなっている。

 ドアを開ける前に最終確認だ。大丈夫だな? 大丈夫だよ。正常? イエス。ノックを二回したら「どうぞ」希濤の声だ、普通だったら「どうぞー」と伸ばすだだろう。そんなことも思ったりした。

 足取りが、重かった。それでも僕は入った。

 そこにいたのは、希濤だった。久しぶりに見たら女神に感じたのは気のせいだろうか。

 普段、この時間、北川がきているのか、希濤は顔を僕が貸したあげた小説に視線を向けていた。そして、

「今日もありがとう、北……川……くん」

 彼女は頭を上げた途端に、言葉だけがスローモションになった。僕のことを夢か一種の幻覚と勘違いしていたの、僕も、彼女の間にも、言葉が入らなかった。

 先に言葉を発したのは、希濤だった。

「えーっと……久しぶり……音谷くん」

 僕は、素直になろう。と思った。

「久しぶり。はい、これ、プリント。今日は北川の代わりに来たんだよ」

 希濤は、どこか余所余所しい声で、僕に言った。僕とは目を合わせないで、斜め下を見ていた。

「もしかして、学校に行けたの?」

「まぁ、一応」

 彼女は驚いた表情で、そこにはどこかぎこちない雰囲気がまとわりついていた。希濤はCDプレイヤーをつけて、音楽を流し始めた。今回流れたのは、相変わらず、エド・シーランのだった。本当は何でも良かったと思う。歌の名前は、Lego Houseだ。

 何も、喋らないで、めっちゃ気まずい。

 そんな状態が、二分ぐらい続いた。

 彼女が先に口を開いた。

「音谷くん、何か喋ってよ」

「いや、何喋ればいいのかわからないし。今、めっちゃ変な空気が漂っているしさぁ」

 彼女は少し間合いを開けて、僕と面と向かって、話した。

「もしかして、怒ってる? 私が急に、なんか、勝手なことしちゃって」

 は?

「ごめんね、でも、なんか、あとから急に音谷くんに何か送るとき、考えちゃうんだよね、色々」

 いや、勘違いしているよ。

 僕がそれを伝えようとする前に、彼女は、続けていった。神経質で、憂びた瞳の奥に残る一線の不安が、揺らいだ。

「めんどくさいよね、いやだったらもう、帰っちゃってもいいよ、酷いよね、私。嫌われるのも当然だよ、ごめんね」

 ちょっとこれ以上場面が変わると、取り返せないような気がしたし、彼女は相当大きな勘違いをしていると思う。

 要するに。

「いや、僕は君のこと、嫌いになったことなんて、一ミリもないよ

 むしろ、僕があんな、なんて言うか、変な風になっちゃって、めんどくさい男子だなぁ、重いなぁ、いつも人生人生死にたい疲れたってなんだよコイツ。そう思われて、もう連絡もこないと思ったよ、まぁ、嫌われたとお思った」

 僕も彼女も、繊細だから。普通とちょっと起動がずれている。それだからつい、相手のことを意識してしまう。意識っていうのは、考えすぎなんだ。

 希濤も、僕も。

 相手が自分のことに愛想をついたとか、嫌いになったとか、そう言う風に、マイナス面に考えていたんだ。

 希濤は、ぺらっとした表情、いや、単純に疑問を表情に変えたような顔だ。大きな目を開けて、驚いた。

 そして、また、さっきとは違う、いつもの表情を、いくらか取り戻したような感じがする。ちょっと泣きそうな顔になっていた。

「……よかったよぉ、音谷くんに嫌われたのかと本当に思ってた」

「いや、僕はきっと嫌いにならないと思うよ、君の事。逆に好きだよ」

「それて告白って考えてもいいのかな?」

「ダメ」

 僕は彼女の病室にある丸椅子を彼女のベッドの隣に持ってきて、座った。

「あのさ、聞きた事があるんだけど」

「何?」彼女は首を傾げた。

「希濤って僕と公園にいた時、公園の近くの病院に行っていなかったけ? なのになんで今ここなんだよ」

「あー、こっちは入院用の。あそこはただ状態を検査する為にあるだけだよ」

 なるほど。ずっと長い違和感を感じていた。

「音谷くんは私と会っていない時、何してたの? あれ? もしかして毎晩私の事思い出してベッドで泣いていたのかな?」

「まぁあるんじゃないか」

「へ?」

 マジで? と言ってるように聞こえるのは気のせいだろうか。

「嘘だよ」

 彼女は怒ったように、ほっぺを膨らませた。萎んだ、ほっぺが。「私こう言うあざとい行為あんまり好きじゃない」

「でも、可愛いよ」

「なんか、音谷くん、変。私のこと口説きたいの?」

「そうかもな」

 彼女の顔はみるみる赤くなって、顔を下に向け始めた。

 上目遣いで、僕のことを見る。

 綺麗だ。

 僕と希濤は、話した。多分これまでで一番長い。会っていない時、何していたとか、「僕は家で廃人生活を送っていたよ」「私は一日中検査だったよ、超地獄」。

  お互いがいない時、どう言う心境だったか。

 「私はなんであんな事いったんだろうって思った」

 「僕は来世もタイムカプセルを書く機会があったらもっと気楽なものを書こうと思ったよ」

 「音谷くんは、それでいいよ。それでいてよ」

 あの時一番印象に残った、送りたかった一番どうでもいいメッセージ。「生ハム美味い」「注射した」「ラーメン風呂に人生一度でいいから入ってみたい」「お母さんが百円玉溝に落とした」マジでどうでもいいな。

「なんか、こういう日が、ずっと続いて欲しいね」

 現実は、僕らが忘れた時に、追いついてくる。

「だから大切に生きるんだよ」

「音谷くん、ちょっと前向きになった」

「君のおかげだよ」

 なんで死ぬんだよ。



 帰る時、希濤が僕を呼び止めた、近頃、大きな検査をするんだと。喋りすぎて、もう七時だ。家に着いたら、何か言われるだろうか。気にしないけど。

「検査の結果、出たら教えてあげるね」

 僕はその後、学校に行かなかった。

 彼女の検査の結果は、あまりよくなかった。彼女は曖昧に言ってくれた。

 彼女と電話した。



「ごめんね」

 その四文字には、ただ純粋な悲しみと後悔が、混じっているように聞こえた。

 今ならわかる気がした、なんで彼女の寿命が短いのを。

 彼女は、残り二ヶ月を切ったところで、体が急激に弱くなっていった。

 だけど彼女は、その弱い部分を僕に見せることはなかった。

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