第5話



 あのタイムカプセルの一件以来、希濤とは、連絡を取ってない。多分薄々感じたんだろう、なんか、悪いことをしたとか。

 僕もそう感じたけど、僕から希濤を探そうとは思わなかった。

 でも、胸の中が、空っぽになった気分が、悲しいぐらい、残っていた。

 憂鬱な空洞で、そこから血がボトボト流れるような感じで、あんまりその状態を勧化していなかった。

 メールで彼女に「今何してる?」「僕は暇すぎて家で逆立ちしてるよ」「頭打ったよ、超痛い」とか送りたい。

 けれど、いざ送ろうとすると、その手が止まって、結局送らなかった。

 残ったのは、まぶたに移る彼女の姿と、鼓膜で踊る彼女の声だった。こういう感情はなんていうのか。僕にはよくわからない。

 ただ自分が傷ついているのが、分かる。その痛みを上書きしたい、痛い痛い痛い痛い。辛い辛い辛い辛い。その苦しさを上書きするには、それとは別の性質を持った、苦しみで上書きするしか、僕には思いつかなかった。

 一種の自傷行為だ。

 考えた。どうしよう。

 本を捨てる? やだ。外で暴れる? 迷惑。

 彼女が存在したことある時間の使い方は、難しすぎる。ただ、元の生活に戻っただけなのに、何が違うのだろうか、なんで、そんなに感傷的で、虚無な自分が今ここで、生きているのだろうか。

 悲しみを紛らわすためには、ほかの悲しみを探すしかない。皮肉なものだよ。

 この時間は、何に使うか、分からなかった。

 でも、時間を使って、考えると、すぐに結論が出た。

 学校に行こう。そう思った。



 朝、憂鬱な気分で歯を磨いて、顔を洗う。袖を通した夏の制服。ひんやりとしていた。階段を降りると、母が驚いた顔で僕を見ていたけど、それはただ普通なことだと、僕は思った。もともと僕が異常なだけで、こんな反応をされるのは正解だ。

 朝食を軽く済ませて、食器を洗い。カバンを背負って玄関に出た。黒のスニーカーを履いて、外に出る。

 夏の朝は、どこか冷たくて、暖かい。湿っていて、気持ちいい。

 四月の記憶を辿りながら、学校に向かう。同じ制服を着た生徒がどんどん増えていく。川は最後海に繋がるように。

 校門をくぐり抜ける、学校に入る。

 上履きを履く、クラスに向かう。

 自分の番号を思い出しながら、階段を上がる。学校は別に好きじゃない、けれど、やっぱり少し緊張する。

 木の廊下を上履きで踏み歩く。クラス前のドアで立ち止まる。深呼吸をする気分はかけらの一つもなかった。

 クラスのドアをガラリと開けると、全員の視線が、僕に向かったのがわかった。

 女女女男男男男男女男。全員寿命が見えた。うざい。北川のその中の一人だった。彼の表情は「信じられない」をそのまま表情に変えたようなものだった。

 北川は僕の方に歩いて来た。

「お前の席、あそこな」窓側一番後ろの席を指差された。

「ありがとう」

 席に座って、カバンの中から文庫本を取り出して読む。

 結構周りから視線と言葉を感じる。イヤホンをしたかった、けれどしたら尚更言われそうでやめといた。

 自分でも、驚くほど、すんなり学校に入れた。

 もっと、拒絶反応を起こすぐらいだと思っていた。

 だけど、何故だろうか。

 希濤と過ごす日々の方が、全然楽しかった。

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