午前中の授業は、普通に聞いて。休み時間になると小説を読み始める。誰も僕に話しかけなかった、多分僕には一種の特殊能力があるのだろう。人を寄せ付けない、とか。

 昼休みの授業、クラスの中は、がら空きだった。僕しかいなかった。なんでわざわざ友達と食べるのか、僕には到底理解できなかった。

 教室のドアが開くと同時に、声が入る。

「よう、春野」

 北川だった。サンドウィッチみたいなやつを二つ持って、僕に向かって投げてきた。そのサンドウィッチは地球の引力に引き寄せられて、見事に地面と激突した。

「なんで取らないんだよ!」 

 彼はそう言いながら拾ってくれた、僕の前の席の椅子を引っ張り、座った。

「これ、お前のな」そう言いながら落ちていない方を僕に渡した。案外、優しいんだな、と思ったりした。

「別に仲良くなった覚えはないけど」

「いいだろ、じゃあこれから仲良くな」

「勝手だなぁ」

 僕はサンドウィッチを食べる。野菜があんまり入っていなかった。

「驚いた、お前が急に学校にくるから」

 僕は「うん」と相槌を打ちながら、彼が次の話題を投げてくるのを待つ。

「お前、どうしたんだよ」

「何が?」

「雷坂希濤と、何かあったんだろ」

「別に」

「アイツ、最近俺と話す時、元気がないんだよ」

 あー、そういえば彼は希濤と会っているんだっけ。ま、どうでもいいけど。希濤は多分もう僕に愛想尽きて、嫌いになったと思う。だから彼女が落ち込む理由は、

「偶然機嫌が悪かったんじゃないの?」

「いや毎回だぞ、お前アホかよ」

「僕は極めて平凡だよ」

 彼は、冷静で、日常を語るように、僕に言った。

「アイツ、また入院らしいぞ」

 僕は、答えたくなかった。会いに行く理由もないし。向こうも会いたくないだろう。

「俺さ、今日ちょっと野暮用があって、アイツにプリントを届けられないんだ。だから代わりに、届けてくれないか」

「なんで君は、そんなに僕を彼女に会いさせたいの?」

 彼はしらばっくれる、外の夏風が、窓を通り、教室を駆ける。

「君は嘘が下手だね」

「察してくれよ」

 彼の表情の下には、何かあると思う。優しさと、嘘の他に、さらに何か、得体の知れない何かがある。

 でも、かき消された。

 放課後、彼は僕に渡すプリントをフォルダに挟んで、くれる。彼が仕舞う時は、丁寧だった。結構外見とのギャップがあるな、とよく思わされる。

 周りの人は、僕と彼が喋るのを不思議がっていた。

「なぁ春野」

 僕は振り向く。

「仲直り、ちゃんとして来いよ。さすがに高校生だし、できるよな」

 彼の表情は、真面目で、声のトーンは、本気だった。どうしたんだよ、と思った。直接聞けなかったから、いつか聞こうと思った。

 僕も真面目に、本心で言った。

「うん」

 教室を出て、早足で廊下を渡る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る