第4話 ⒊


 六月も半分過ぎたところで、希濤が退院した。残りの寿命はざっと数えると二ヶ月半だった。夏の終わりに死ぬ彼女は、何がしたいんだろう。そんなことを思いつつも、いつも聞くのを忘れて、帰ってしまう。想像してしまう、このまま、希濤と続くこの関係も、その時には終わってしまう。それを彼女は理解しているのだろうか。

 多分、してない。

「ねぇ、聞いてるの?」

 希濤の声が、僕を現実に引き戻した。

「私、この前小さい頃のアルバムめくったの。そしたらなんか、タイムカプセル? みたいなのを埋めたことあるみたい。だから今回は、それを取りに行こうと思います」

 希濤が急に改まった口調で僕に言った。彼女はいつもより神経質な目つきをしていた、久しぶりに僕の部屋に来たからかな、んな訳ないよ。

「タイムカプセルってまた、王道なやりたいことだね」タイムカプセルは、埋めたことあるけど、多分そんな大した内容なんて書いていないと思う。どこに埋めたか全部覚えているけど、掘り起こしたとこで何かが起きるわけではない。

「そういうのは、小説やアニメ、漫画や映画の模倣をするのが一番安全だよ」

 希濤は僕の本棚にあるそういう類の本をパラパラとめくって、戻す。

「じゃあ、今晩ここで待ち合わせしようね」

 そう言って僕に小学校の住所を送ってくれた。自転車で行けば何とかなる距離だった。



 ニュースで事故が流れていた、死んだ。

 そこで、ふと、思ったんだ。

 僕の寿命は、事故や外傷、自殺や他殺。そういうのは見えない。あくまで最高値しか表せない。

 なら、事故の定義とは何だ。希濤は、まだ全然健康そうに見える。本当に、マジで一般人。だから、そこら辺も考慮して、僕は希濤との待ち合わせの前に、プチ調査をすることにした。

 駅まで来て、電車で人口密度が大きいところにやって来た。寿命の量が多過ぎて吐きそうな気分だ。みんなチッチッチッチッ。聞こえないけど。もう直ぐ死ぬ奴を探した。

 自分がすごく残酷な行為をしている事に自覚はあった。でも、やっぱり、試したかった。ここら辺にいる、少ない奴。そう簡単には見つからない。そうでもなかった。

 三分の人がいた。

 中年のおっさんで、タバコを吸っていた。無精髭を生やして、大人じゃない大人に見えた。スーツは縒れていて、袖をめくり上げていた。

 暫くすると、彼は急に胸を抑える。

 顔が青ざめていった。周囲の人が少しパニクった、彼の寿命はあと二十秒。彼は倒れ、呻き声をあげる。だれかが救急車と叫んでいた。僕はそれでも、見つめる。減り続ける。倒れた本人は、呻きから最後の力を振り絞った咆哮を、そして、ゼロと同時に、死んだ。

 それでも周りの人間は彼のことをペタペタと触る。脈を図る、駅員が駆けつける、その後ろには救急隊員。早過ぎないか? と僕は思った。

 自分がいかに冷たい人間だと、これで分かった気がする。

 何で、こんな人間になったんだろう。

 一体、僕が何を間違えたというんだ。寿命が見えるなんて、無駄で、憂鬱と絶望が募っていくようなものだ。

 数分後、もう一チーム救急隊員が来た、何も知らないように、先に来た人たちから状況を聞いて、僕はそれを見て、状況ぐらい分かってろよ、と思った。

 これで分かったことは、僕が見える寿命は、その人の最大値。

 だから、希濤は、最善の状態を維持できたとしても、あと二ヶ月半しか持たない。

 その時間は、人の一生としてはあまりにも短過ぎて、単純に過ごすには些か長過ぎる。それ故に、序盤は焦らなくて、後半になると後悔する。それを知ってながらも、僕は彼女と接していくのか。

 それ以上考えるのを、僕はあまりしたくなかった。



「先生に事情を説明すると、多分クラス全員の意見を取らないといけないから、夜じゃないといけないの」

 夜、希濤と小学校のまで合流した。僕が「何でわざわざ夜なの?」って聞いたら答えた。

 僕と彼女は学校の裏口から忍び込む。静かで、昼間より全然涼しかった。虫が泣いていて、夏の風物詩を思い出した。

 彼女曰く「校庭の端っこにある桜の木下に埋まっているんだよね。あ、あれ全部桜のきだよ」といいながら、グラウンドの隅を指差す。本当にすみっこだ。

「死体が埋まっていないといいね」

「え? 何で?」

 僕と彼女はなるべく暗い、影が濃い場所を選んで、潜りこむように身を潜める。

「いや、何でもない」まさかこれを知らないとは。

 桜の木はもう散っていて(当たり前)緑の葉を纏っていた。こうして見ると、他の木とあんまり変わらないな。多分、春になる時は最高に綺麗なんだろう。グラウンドに満遍なく咲き乱れる桜、そのピンク色が春風に凪られて、宙に舞う。掃除がめんどくさそう、だけどそのやり甲斐はあると思う。

 その桜の木下に行って、スコップを取り出す。「さーて、掘るよー」希濤が気合い良く掘る。僕も一緒に手伝う。

 三十分ぐらい掘ったところで、何一つ出てこなかった。土以外。

「なんで? 場所間違えたのかなぁ」

 ここが隅の桜、その両隣にも、桜の木はあった。

「ちょっと僕、隣の掘ってくる」

「じゃあ私も」

 僕と彼女はそれぞれ別の木を掘りに行った。

 僕が掘っていると、十分もしない内に、手応えがあった、掘り出すと、上には黒い油性ペンでタイムカプセルと書かれていた。「あったよ!」僕が希濤に伝える。希濤は自分が掘った穴を埋めて、僕の方を見る、視線はカプセルにある。「それ!」彼女はにこやかに僕の方にステップを踏む。

「早速開けようよ!」そこまでは開けにくくなかった、大きなガチャ玉みたいで、ちょっと力を込めて捻ったら開いた。

「あ、待って」

 希濤は僕からカプセルを奪い取って、中身を漁る、彼女は空色の封筒を取って、僕にカプセルを渡す。

「君、自分のだけ抜き取っただろ」

「あ、バレた?」

「バカにすんなよ」

「念の為、恥ずかしいこと書いていないか確認する」

 彼女が見ている時、僕は他の人のを見ていた(最低な奴)。勿論テープとかで貼っているヤツは開けなかった、だからああいう、ペラってめくれるやつを見た。

 大きくなった自分とか、夢は叶いましたとか、好きなあの子と一緒になれましたか? とか、純粋な恋心や、好奇心だ。いや、二つ以上の時点でもう不純か。

 希濤が僕の背中をポンと叩く。振り返ると、彼女が変な表情をしていた。恥ずかしそうな、そういう表情。

「何書いていたの?」

「いやー、ちょっと音谷くんに交渉を願いたいと言うか、何だか」

 おや? この反応は。

「笑わないって約束して」

「わかったよ」

「本当に?」

 彼女は僕に手紙を手渡す。

 読み進む。

 あ、やばい。と思った。

 読み終わった時には、僕は大袈裟に、盛大に笑い飛ばしていた。



 僕は今、穴を掘っている。ここは僕が小学生の時に埋めたタイムカプセルの位置だ。希濤みたいに覚え間違えることはないから、合っていると。

 希濤も一緒に掘ってくれる。僕がすこぷを土の中に刺し込んだ瞬間、気味悪い金属音が響く。

「あ! やっと掘れたね」

「僕のなんて見ても面白くないと思うけどなぁ」

 遡ること、二十分前。



 僕は彼女の手紙を見て笑った。

「ひどい! 笑わないって言ったのに!」

「ごめん。だってそれ、笑わないほうが逆におかしいだろ」

 それを聞いた彼女は、怒りゲージがさらに溜まった。

 そして僕のことを無視し始めた。めんどーだ。しばらくそうしていると、僕が先に折れた。

「あのさ、何すれば許してもらえる

「音谷くんは、タイムカプセル埋めたことある?」

「まぁ、一応あるけど」

 彼女は、例えるなら獲物を捕まえたライオンのように、目を輝かせて、狡猾な微笑みを浮かべて、僕に言った。

「音谷くんの学校は、この近く?」

「ちょっと距離があるかな」もう、だいたい予想はついていた。

 実際、ちょっと昔の自分に興味があったから、別によかったけど。

「自転車、持ってきてるよ」

「よくわかったね、私がしたい事」

 とまぁ、今に至る。僕のカプセルを開けるために、自転車で僕の小学校まで忍び込んだ。

 


「早く、開けようよ」

 彼女は僕のことを急かす。僕も自分のことを急かす。海賊が宝箱を見つけたように、僕たちも自分の記憶と過去が今への繋がりを見つけた。

 箱は少し湿っていた、冷えていて、錆びて、開けるたびに赤錆がボロボロこぼれ落ちた。

 箱を開けると、中には大量の手紙が入っていた。その一つ一つが記憶の断片で、それぞれ各自の人生を送っている。

 僕は自分のを探し出す。ちゃんとテープで貼り付けていた。テープを剥がして、中にある手紙を読む。希濤は「あとで読むよ」と言って他の人の手紙を見始めた。タイムカプセル泥棒。

 僕は視線を手紙に落とす。

 

 未来の僕。質問です。

 君は今、幸せですか?

 僕は今、生きていくだけで精一杯です。おばあちゃんが死んでから、母さんと父さんに信じてもらわなかった日から、ずっと自分がが弱い人間だと思います。毎日死にたくて、仕方がないです。

 

 まだ命の時間は、見えますか?

 今、書いている時も、友人の寿命が見えます。僕の数少ない友人との時間が、見えます。大切にしたいけど、多分信じてもらえないし、気持ち悪いと思われるから、僕は言いません。


 誰か、君のことを助けてくれましたか? 理解してくれましたか? 優しく、手を握ってもらえましたか?

 僕は誰にも信じてもらえませんし、隣で支えてくれる人も、握り返してくれる手もありません。


 君は、誰かを救えましたか?

 僕はこんな欲しくもない能力をもらって、ちゃんと使おうと思いました。でも、結局は意味のない、すべて泡になりました。なんで僕なんかが、こんなものがもらえるのでしょうか。神様がいるのだとしたら、それはひどいクソジジィです。


 願わくば、君が生きていく先の人生に、絶望が待ち受けていないように。

 願わくば、この世界で気高く生きていけるように。

 

 過去の僕。



 書いた覚えは、全くなかった。て言うか僕の文章綺麗だな、って思った。小説家にでもなれよ。

 でも、とにかく。

 なんとも悲しい気持ちだ。

 結局何一つ変わっていない。

「見せてよ」

 希濤が僕に聞く。僕は彼女に渡した。

 彼女は最初、にやけた笑顔で見ていたけど、どんどん、その表情が、暗くなっていた。

 そして、読み終えた頃(多分)、僕に近づいてきた。

 抱きしめた。

 僕のことを。

「音谷くんは、今、どう思う?」

「希濤って結構大胆だな」

「違う、もっと、人生とかについて」

 彼女はいつもより抑揚が激しい口調で、僕に言った。腰に手を回してくる彼女を、僕は抱き返さない。自分でも心臓の音が高まっているのが聞こえる。

「音谷くんは、今生きていて、どう思うの?」

「僕は、なんで生きているのかわからない」

「私もだよ、でも、こうしてちゃんと生きているじゃん。みんな本当は適当に生きて、大宰治みたいに、小さな目標であーあそこまで生きていようって思うんじゃないの?」

「もうあんなに過ぎたんだ。僕は何も変わっちゃいないんだよ」

「音谷くんは私のことを救えたよ」

 彼女の腕に、力が入る。

 僕は、祖母と最後の時間を過ごせなかった罪滅ぼしとして、彼女と接しているのかもしれない。

 僕はそう、彼女に伝えた。

「音谷くんは、変わっているよ。音谷くんが私に言ってくれたから、私がこうして今、全ての時間を最大限に使えるの」

「……」

 ちょっと怖かった。

 彼女、少し壊れた笑顔。

「音谷くん、私、ちょっと先に帰るね」

 僕たちはそこで別れた。



 そこから半月、僕たちは顔を合わせなかった。

 彼女の寿命は、二ヶ月を切った。

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