第4話

第4話 ⒈


 希濤のお見舞いに行った次の日、誰かが僕の家に来た。二階から降りて、誰かどうか覗き込んだ。最悪。北川だった。彼のことを15分ぐらい無視していたら、帰ってくれると思ったけど。まさかまだそこで立っていた。そしてまたピンポンを鳴らした。

 気づいたら、ドアを開けていた。

「うるさい」

「やっぱり、わざと無視していたんだな」

 彼は爽やかに笑って流した。僕は多分死んだ魚の眼をしていると思う。

「ほれ、プリントと、これ、みんなからの寄せ書き」

 一問も解かれていないプリントを僕に渡す。そして、バッグの中から、色紙を取り出す、上にビッシリと文字が書いていた、気持ち悪い虫みたいだなぁと思った。それを手にとって、見渡す。希濤の字がなかった。僕は彼に言わない。別に言ってもいいと思うけど、聞かれていないから、言わなかった。

 学校に来れたら食堂おごります。 北川景

「適当に書いただろ」

「あ、バレた?」

「さよなら」

 僕がドアを閉めようとした時だった。彼がドアを掴んで、離さなかった。細い体の割にすごい力強くて、一瞬、ビビった。

「ひどいなぁ、閉めんなよ」

「なんなんだよ」

「お前と、少し話がしたいんだ」

 僕がドアを抑える力がなくなって、北川はドアを90度開けた。夏の日差しが僕の体に当たる。彼は笑っていなくて、小さい頃クラスにいた生真面目な男子を思い出させた。

「話ってなんだよ」

「雷坂のことだよ、まぁ、一応お前と関係あるな、と思って」

 なんで? 知ってるの? もしかしてバレてた。ともあれ、どうしよう。

 急ぐことはなかった、自然と答えが出てきた。



 駅の近くのカフェには、それなりの人がいた、ウジャウジャ。漂う古風かつ洋風の店は、静かというより、賑わっていた。みんなカウントダウンされている。ジャズが流れて、バーの感じがした。トランペットとピアノ、ドラムがバラバラでも、噛み合った。北川と僕は店内の隅っこに座る、彼はカフェラテを頼む、「キャラメルマキアートで」僕、甘いのが良いんだ。

 飲み物を待つ、沈黙が訪れる。彼は興味深そうに周囲を見つめる、そして、僕のことを見る、細かくいうと、僕とは目を合わさずに、観察されているんだと思う。そして考え込む。

「お待たせしました、カフェラテ一つと、キャラメルマキアートひとつです」

 飲み物なんて、どうでもよかった、美味しいけど。

 北川はスイッチが入った、カフェラテを一口飲んで、真面目な表情で僕の事を見つめる。

「さて。この前も聞いたけど、お前、なんで学校に来ないんだよ」

「……」

 もしもここで僕が「僕、見えるんだよ」と言ったら、彼はきっと、幽霊か何かを勘違いするだろう。そして僕が「寿命だよ」というと、彼はまた変な表情を浮かべて、気持ち悪いやつだと思われるだろう。

 だから一応、言わないでおく。別に彼の寿命が特別短いわけでもないし。むしろ少し長いぐらいだ。

「答えたくないんだったら別にいいけどサァ」

 彼は諦めたように溜息をついた、そして、今度は、何か確信を持った風に、狡猾に、笑った。

「お前、雷坂と付き合っているだろ」

 ……え? は? ナンダッテー?

 もしも漫画だったら僕の頭の上にはハテナがいっぱい浮かんでいるだろう。彼は僕のハテナ(見えない)を無視して、言い続けた。

「これは、俺の憶測だけど。

 お前は、雷坂が病気って事を知って、何らかが切っ掛けで、付き合い始めた。でも、彼女はまだ学校に行ける程、健康な状態じゃない。だからお前が彼女の側にいるとか、そんな恋愛事情が絡まって、学校に行かないんじゃないかと思うんだ。

 まぁ、これぐらいかな?」

 彼は名推理かのように、誇らしげの表情を浮かべる。終わりには、カフェラテを一気に飲み干した。僕は、そんな彼を見て、笑いそうになった。これでも堪えたつもりだ、でも勝てなく、笑った。

「は? なんで笑うんだよ」

「何でそうなるのかなーって思った」

 彼はまた真面目くんに戻った。見た目はカッコいい、それとは裏腹に結構頭を使う。

「この前お前が病院で雷坂希濤のエレベーターカードを持っていた、俺を無視した時、二人が一緒に合っているって分かったんだよ、そして考えて見るとなるほどそういう事かって解釈したんだよ」

「勝手だな」

「で、お前と雷坂の関係は何だよ」

「友達だけど」

 彼は、何も答えなかった。代わりに彼は席から立ち上がって、千円札を置いたまま「じゃあな」と言って店を出て行く。意味がわからない人だ。

 僕が聞きたい事で一杯だった。

 

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