第3話

第3話 ⑴



「ごめん、入院することになっちゃった」

 電話の向こうにいる希濤の声は、弱々しかった。

「いいよ、体、大丈夫か?」

「ちょっと、ダメかも。急に悪くなったってお医者さんに言われちゃったの」

 自分が、焦っていることに気がついた。最近、暇さえあれば希濤が頭に浮かんで、何をしよう、こうしたら喜ぶだろう、そんなことばかり考えていた。

 会いたい。そう思った。

「お見舞い、行ってもいい?」

 声に、緊張が混ざった。彼女はそれに気づいて、こっそり笑う。見えないけど、声がした。

「最近、音谷くんが、優しくなったから、好きになっちゃうかも」

 クリティカルヒット。

「もう、騙されないからな」

「チェ、ふーん。どうせ心の中ではもっと言って欲しいんでしょ」

 電話の向こうで何かが響いて、希濤は「はーい」と答える。

「ちょっと検査に行って来るから、詳しいことはLINEで送るね」

 ポツリと、電話が切れた。



 電車で、結構するな。多分三十分弱。終点だから、寝ても大丈夫。なぜに寝る前提なんだ?

 服を選んで、母さんに「どこに行くの」と聞かれた。説明するのも、億劫だったので「ゲーセン行って世界を救う事を極めて来るよ」と適当の嘘を言った。信じた。

 外はもう、夏だった。コンクリートは熱を吸収して、世界に発射する、夏の兵器だ。イヤホンをして、音楽を流す。

 僕は、まぁ一応他人の曲も聞くよ、アニソンとか、欧米の歌とか。小さい頃、よく母にビートルズの歌を聞かされていたし、ピアノでも母はよく弾き語りしていた。英語の発音も、多分、学校にいる子より全然いいと思う、自分でも歌っているし(そんなにうまくないと思う、発音はいいけど)、小さい頃は母が英語で僕と会話をしていたから。

 そんな事を考えていたら、いつの間にかホームに着いた。


 電車がちょうど来た、今は丁度下校時間だったから、制服を着ている子がいっぱいだった。一人でいる子がいれば、複数もいる。カップル、同性の集まり。色々。

 電車に乗り込んで、席を確保! このまま立つのは嫌だった。

 流れる景色のように、時間や、季節も流れる。おぞましい程の光を放つ太陽は、まさしく夏だった。何度思った事だろうか。

 学校の屋上の一件から、一週間ぐらい過ぎた。その後も、何回か希濤と外で遊んだ。

 希濤はゲームセンターに行った事ないから、行ってみたいと言った。「なんかゲームセンターってリア充っぽくない」わからなくもないが微妙だな。と思いつつ、結局連れて行った。彼女とクレーンゲームした。千円つぎ込んだ、何も取れなかった。目から涙。希濤がその後「何あの機械、絶対おかしい! なんで取れなかったの!」と文句を言う。「僕もそう思うよ!(千円も使ったんだ)」

 その後、音ゲーをやりに行った、太鼓を叩く、あの年寄りから子供まで、みんな大好きの。希濤は初めてやった割には上手かった、好きな歌が無かったので店員さんに「オススメの歌ありませんか?」と聞いたら最近流行っているアニメのラブソングが流れて、僕と彼女は太鼓を叩き始めた。 

 エアホッケーもやった、ボロ負けした。彼女は「音谷くんって、スポーツ系ダメだね」エアホッケーってスポーツなの? 知らない。

 ゾンビを撃ち殺した。クリアしたらなぜか世界で僕と彼女だけが生き残ったというエンドが待っていた。

「これって、ハッピーなのかな?」

「生きている事は、必ず幸せってことじゃないのかもしれないな」

「音谷くんは、生きていて幸せだと思わないの?」

 下から僕を見る。この前のキスを思い出した。

「……そんなの、わからないよ」

 だって、僕は、自分が生きている意味を知らない。そりゃ、幸せとか、それは分かるけど。それがない時の虚無感とかそういう負の感情がが自分を襲うとき、生きたくなくなる。死にたくなる。そんなことを、希濤に言えなかった。僕に言う資格が、ない。

 結局、五千円ぐらい使った。

 遊園地に行くよりマシだと思えばいい。自分をそうやって催眠する。

 もう、半分を切った。電車はまだ動く。残っている人はそんなにいなくて、生徒もそんなにいない、ていうか殆どいない。イヤホンの音楽が2002に変わっていた。座席は余るぐらいあった。

 そういえば、映画も見に行った。恋愛物で、最近恋愛とか、ラブとかよく耳にするなと思った。原作は小説で、難病ものだった。僕と彼女の関係みたいだと思った。その小説を僕は見たことあったから、内容は知っていたけど、面白かった。隣にいる希濤はめちゃくちゃ泣いていた。買ったポップコーンには全然手をつけないで、映画に夢中だったらしい。あとからその小説を貸してと言われたから、彼女を家に送るがてら僕の家に行って本を彼女に渡す。その時、急に気が変わって「それ、あげるよ」と言いながら、あげた。

 どこまで読んだのだろうか。彼女は、小説とか読まなさそうな人間だ。友達と外で遊んだり、青春を謳歌するタイプの人間だ。もしも、希濤に病気さえなければ、僕が寿命を見えなければ。僕と彼女には何の接点もなかっただろう。僕は一日中教室の隅っこで本を読む、彼女はいつも、クラスの中心にいる。表情が豊かで、しゃべっている内容も周りの人たちを笑顔にする。

 終点に電車がついた。もう人は殆どいなかった。僕と同じ制服の人が降りた。背中だけ見えた。

 僕は降りて、スマホのナビを使って、病院に向かう。さっきの生徒はいない、僕と反対の方向に行ったのだろうか?

 方向音痴だから、毎回丁寧に教えてくれるモードにした。イヤホンつけていて良かったと思う。



 病院に入ると、独特の消毒液の匂いがした。床は真っ白で、踏めば真っ黒に染まりそうだった。受付に行って、希濤のことを伝える。希濤がもう、言ってくれていたのか、すんなり通してくれた。エレベーターキーをもらって、上がる。このエレベーターキーは専用のフロアにしか行けない、だから僕の場合、希濤の部屋があるフロアにしか行けないことになる。

 リノリウムの廊下は、保健センターみたいだ、と思った。

 病室は、個室で、彼女だけだという。ドアには、雷坂希濤のカードが架けられていた。

 僕はドアを開ける、中に歩く。

「きゃっ!」

 希濤の声だ。もう、見えた。彼女はブランケットで体を覆っていた。僕だったことに気が付いた。

 彼女の部屋は、綺麗で、女の子の感じがした。ちょっとファッションで、彼女の手がとどく範囲に、一番僕の目に入ったのは、大量のCD。その一番上はやっぱり、エド・シーランだった。部屋には、エド・シーランのI See Fireが流れていた。 

 CDのことを聞こうとしたら、彼女が先に口を開く。

「来てくれたんだね、ありがとう」

「珍しく素直だな」

 怖くなって、恐る恐る聞いて見る。

「何か、企んでるの?」

「あ、バレた?」

「何だよ」

「ちょっと、部屋から出てくれない?」

「え? なに? 怖い」

「音谷くん……それ知っててやっているんだったら、ただの変態だよ」

 彼女は少し怖い口調で言った。僕は何にも分からないで、聞いた。

「だから何なんだよ」

「着替えるんだってば!」

 彼女は巻いていたブランケットをさらに自分に巻く。

 怒ったように僕に向かって枕を投げて来た。顔に当たった。その瞬間、I See Fire の「I See Fire」の部分が流れて来て、戦争が始まりそうだったけど、僕が降参して「ごめん!」と言いながら外に出る。

 十分ぐらいしたら、彼女が「入ってもいいよ」。僕はちょっと警戒心を立てて中に入った。丸椅子の上に座る。

「え? 着替えたの?」

「着替えたよ! 分からない?」

 全然分からん。

「あー、そうだね」

 僕は適当に答えた。

「それより、希濤の病室の中で今日イチ衝撃なことに出会った」

 僕はそのCDの山を指差す。

「あー、これ? 私のコレクション」

 希濤はその山の中から何枚か探し出す。

 だいたい知っていた。

「お母さんとお父さんが欧米の音楽大好きだから、私も影響受けちゃってね。お母さんがテイラー・スイフトが大好きで、お父さんがビートルズ。そして私がエド・シーラン」

 彼女が何枚かベッドの上に乗せてある机に広げる。左からビートルズ、テイラー・スイフト、エド・シーラン、アラン・ウォーカー、アリアナ・グランデ。カントリーからエレキ、DJ、幅広い趣味だった。その山にあるのはだいたい、前者三つだった。

「私、結構何でも聞くタイプなの」

「うん、今のアーティストたちのCDを見たらわかった」

 今時、スマホで聞けるのに、希濤はCD派なのだろうか。

 話題を探したくて、僕は考えた。

「そう言えば、さっき検査だったんだろ、早かったね。どうだった?」

 彼女の表情は一瞬曇ったけど、すぐに晴天に戻った。希濤は優しい、人のことを考えれる。

「うーんとね、急に症状が悪くなってね。あんまり、よくなかったみたい」

 僕が連れ出したせいだろうか、だとしたら、彼女がこんな寿命なのは、僕のせいなのか。僕は彼女の寿命を見る。

 彼女は僕の心を読めるのだろうか。

「もちろん、音谷くんのせいじゃないよ。私が勝手に体調崩しちゃって。しかも、これからずっと入院ってわけじゃないし。すぐに出れるよ」

 なら、なぜ、彼女の寿命は、こんな短いのだろうか。

 今はもう、三ヶ月を切っている。これから、どうするのだろうか。

「希濤」

「なに?」

「君は、生きていて、楽しいって思う瞬間、ある?」

 少し悩んで、彼女はすぐに結論を出す。

「あるよ。じゃないと、人生つまんないじゃん。でも、それでもやっぱり、現実って思い通りにいかないで、私みたいに、病気になったり、事故になったり、悲しいこともいっぱいある。そればっかりだと死にたいから、私たちは死なないために、幸せを求めているのかも」

 珍しく、真面目に答えてくれたから、僕がこの言葉を処理するのに時間が掛かった。

 歌が変わり、 エド・シーランのSave Myselfが流れる。

「希濤って、ちゃんと考えているんだね。僕が思うより」

「そりゃそうだよ、だってもうすぐ死ぬんだもん。それぐらい考えるよ」

 彼女は楽しそうなトーンで言った。

「いつぐらいに、退院できるの?」

「今週にはできると思うよ」

「じゃあさ、予定立てて、パァーッと遊びに行こうよ」

 希濤がポカーンとした顔で僕のことを見る。僕はそんな変なことを言ってないと思う。彼女に訊いた「なんか変なことした?」。

「なんか、音谷くんから私のこと誘うのって、初めて、かな? って思った」

「まぁ、そうだな」

 僕は立ち上がって「じゃあ、また今度な」と残して、帰ろうとする。

 希濤が、僕の裾を引っ張る。それにつられて僕は振り向く。

「どうしたの? 具合悪い?」

「ううん」彼女は首を横に振る。

 希濤は、何かを危惧するような表情で、僕を見て、口を開く。

「もしも私が、ある日突然、体を崩しちゃって、ずっと入院して、それでも、音谷くんは私に会ってくれる?」

 なんで急にこんなことを言うんだ。と思ったけど。今冗談で来ねーよとか言ったら彼女のカウントダウン百倍ぐらい早くなりそうだった。

「来るよ、絶対。心配しないで」

 希濤は安堵したようにホッと息をついて、優しい表情を浮かべる。弱っているのか、今日はやけに優しく感じる。最初の着替え以外。

「ありがとう。またね」

 僕に手を振る。さっきまで見ていなかったけど、僕の本は、彼女が枕の後ろに隠していた。僕が部屋に入るまで、見ていたのだろうか。

「また今度」

 僕は外に出る。

 ドアを開けると、そこには僕より背の高い、男の人がいた。多分三十から四十ぐらいの。

「あ、えっと。こんにちは、希濤の父です」

「こんにちは。春野音谷です」

 背が高くて、ちょっとだけヒゲが生えていたけど、顔が良くて、何故かジェントルマンという単語を思い出す。

「えっと……音谷くんは希濤の彼氏か何かかな?」

「違いますよ」

 希濤の母と違って、穏やかで、優しそうな人だった。

「そうか……あの子はあまり友達がいないからな。仲良くしてやってくれ」

「これ、さっき自販機で当たりが出たんだ」と言いながら、僕に缶ジュースをくれる。リンゴジュース。

「あ、ありがとうございます」

「いいさ、じゃあ、私はこれで」

 そう言って、希濤父は僕に背を向けた。エレベーターの方向と違うから、呼び止めようとしたけど、流石に間違えるわけないか、何か用事でもあるんだろう。僕はエレベーターに乗って、降りる。

 受付でエレベーターキーを返すとき。僕は隣にいる、見覚えのある顔を思い出した。

 服装は違うけど、すぐに分かった。

 北川景だった。

 向こうは僕に気づいていない、受付に集中していた。また、話しかけると色々聞かれそうだったので、穏便に、速やかに僕は彼が気づく前に病院を出た。

 彼は、さっき僕が持っていたエレベーターキーと同じフロアのキーを持っていた。

 でも、そんな疑問はすぐに解けた。

 僕にプリントや色々届けるみたいに、彼も希濤に届けるのだろう。

 だから、気にしなかった。

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