第2話 ❷


 夜、深夜に僕たちは会うことにした。その前に一度、こっそり学校に忍び込んで、下見をして来た。だって捕まったらダメだろ。それで、学校にはいくつか開いている入口があるという事を、知った。でも念のため、自転車で行って、バレたらすぐに逃げる。

 夏の感じも少しずつ、発酵しているように、雰囲気が醸し出される。

 その夜。

 親が寝たのを確認して、僕は薄いシャツの下に半袖を一枚着て、足音を殺して、外に出た。

 ちょうど、日付が変わる頃で、日曜日だ。


(僕)もう、外に出たよ

(僕)準備していてね

 

 既読はすぐについて、返事が来たけど、もうポケットに仕舞いこんだ。二人乗りできる自転車を取り出して、立ち漕ぎで彼女の家に向かった。

 彼女の家の住所は、彼女が教えてくれた。無防備すぎるだろ、少しは危機感持てよ。

「大丈夫だよ、音谷くん、そんな悪い人じゃないと思うもん」

 生温い風、否、マシな言い方をしよう。

 微温の風を、僕が切る。



「音谷くん、もしかして体力少ないの?」

「違うね……はぁ……僕はただ……暇だったからここら辺を何周もしただけだよ」

「馬鹿なの? アホなの?」

 酷い。しかもウソって気づけよ。冗談。ジョーク。

 何故か希濤の家についた時、めっちゃ疲れて、呼吸困難になりそうで、死にそうだった。疲れた。

 彼女の家は、ちょっと金持ちな家、というのが第一印象だった。月光に照らされながらも、希濤の姿はくっきりと見える。そこまでこだわったようには見えないけど、顔がいいからか、多分、何着てもだいたい似合うと思う。

 けれど、

「何そのカバン」

 背負っている、緑色。

 中身の確認もせずに、彼女は僕にキッパリとした口調で言った。

「花火と、飲み物と、お菓子と、スピーカー」

「遠足じゃないんだけど」

「まーまー、いいじゃん」

 スマホの画面を見たらもう日付は、変わっていた。

「それよりもさ、早く! 学校行こうよ!」

 彼女は僕の自転車の後部座席に乗って、サドルを叩く。ペットを呼ぶ主人みたいだと、思った。僕はペット。なわけあるかよ。別にいいけど。

 自転車に乗って、僕は後ろにいる彼女を確認する。彼女は抱きついたりはして来ないけど、いや、期待してないけど。肩を掴む。

 夜でも、くっきりと見える。寿命。チッチッチッチッチッチッチッチッチ。減る。

「どうしたの?」

「あのさ……」

 沈黙とともに、風も、思考が過ぎる。

「なんでもない」

 僕は、自転車を漕ぐ。

 半分ぐらいまで漕いだところで、彼女は僕に言った。丁度、赤信号。車は通っていないし気配もないけど、一応、止まる。その時、彼女は後ろでカバンを開けて、何かを探す。「ない」彼女が驚いた顔をする。

「何がないの?」

「飲み物」

「買う?」

 近くに、コンビニがある。

「……うん」

 


 コンビニでジュースと水を買った。

 自動ドアをくぐり抜けて、希濤が、唐突に言った。あまりにも急だったから、びっくりした。

「私たち、どれぐらいの、何に見えたかな?」

 深夜。男女。青年。

「こういう時って、僕は恋人とかって答えた方がいいのかな?」

「うーん、別にいいよ。じゃあ私って、何歳ぐらいに見える?」

「何歳って、高校生だろ、16、17ぐらい」

「そっか」 

 その言い草は、悲しいものだった。

「大人に、なりたかったなぁ……」

 夜に消えるように儚くて、誰よりも切実な彼女の呟きを、僕はなんの助言も、アドバイスも出来ず。

 壊れそうで、美しい横顔を、見ていた。



 学校に着いた頃には、しょげた雰囲気も夏の夜に燃え尽くされて、消えた。

 うまく警備員のおじさんの目を誤魔化して、僕らは順調に、夜の学校内を駆け回る。七不思議とか、怪談は、実際来てみると恐怖よりもワクワクやドキドキが勝るので、全然怖くなかった。ましては二人いるんだし。

「なんか、リア充っぽくない?」

 希濤が真顔で言う。

 僕、吹き出す。

「なんで笑うの⁉︎」

「ごめん(笑)希濤のリア充のイメージってどういうの?」

「夜の学校とか行って、夏休み最後にみんなで宿題をやるとか、下ネタ大好き……不良?」

 笑った。

 しかも、彼女は真顔だ。

「だからなんで笑うの⁉︎」

「ごめん、面白すぎた」

 こんな、茶番もいろいろありながら、僕たちは、上を目指す。

 屋上のドアは、鍵が掛かっていなかった。僕は躊躇せずに、開ける。

 希濤は、僕の後ろにいる。そして、少し歩いたら彼女が、いつの間に僕の前に、立っていた。

 上を見上げると、そこには、青黒い世界が広がっていた。

 黒く塗りつぶされた青に、白い点が、七つぐらいあった。今日は快晴で、星がよく見えるんだそう。グラデーションの青と黒で構成された、僕の広がる視界。狡猾に光る、月。

 希濤も、僕と同様、上を見上げている。

 そして、寝転ぶ。

 汚い、と思ったし。別にいいや、と思って僕も彼女を真似て、隣で寝転ぶ。

「夜に溶けて、星になりそう」

「詩人だな」

 希濤が、星を掴むように、手を伸ばす。もちろん、手に入る訳でもないし、向こうからこっちに来る訳でもない。彼女にはそう、遠くない場所だと、僕は想像した。

「音谷くんは、こういう時、何も思わないの?」

「特に、思わないよ」

「あーなんて綺麗な景色だ、とか。生きていてよかった、とか。思うでしょ」

 僕は、考えてみるけど、やっぱり思い出せなかった。それを希濤にいうと、なんか、言われたけど気にしなかった。

 希濤が急に立ち上がって、カバンを漁る。

 青い猫型ロボットみたいに、僕に花火を見せる。

「ジャジャーン」

「打ち上げは無しな」

「知ってるよ!」

 僕に花火を手渡して、背中を向けて、またカバンを漁る。

 彼女が、慌て出す。

 絶望。諦める。僕に振り向く。

「音谷くん……ライター忘れた」

 僕は、唖然として彼女にどう答えればいいのか、分からなかった。

 ツッコミどころが多すぎる。


(❸に続く)


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