第2話

第2話 ❶




 後から、希濤の話を聞くと。彼女はよく、病院に行っているらしい。

 ちょっと症状が普通の人より酷くて、学校にもいけない。

 今、考えてみれば、母さんは別に、不登校とか、言っていなかった。



 あれから、たまに彼女は僕の部屋に入って来るようになった。なんで女子の髪の毛はいい匂いなんだろう、とよく思いながら、彼女を部屋の中に入れる。

「音谷くん、どうしよっか」

「考えよう」

 国会会議みたいに厳しいこの時間(おかしい)を、僕の部屋で始めるなんて光栄です(嘘)。

「どうしよう……このままじゃ私、死ぬまでずっと音谷くんの部屋で、暇しないといけない……」

「おい。どう言う意味だよ」

「ごめんごめん」

 少し考えていても、屁もクソも出なかったので(汚い)、Siriに聞いてみたけど、ウェブでの検索情報が流れ出ただけだ。その中に、小説が出てきた、なんか、人が死ぬ系の。

 僕の本棚にも、そう言うのあるな。

「小説でもみて、参考としようよ」

 本棚から、いくつか取り出す。読む。適当にめくった。

 ……

「みんな、死ぬまでにしたい事だった」

「だよね」

「いやいや、考えてよ、三ヶ月なんて、あっという間に終わるよ」

「……どうしよう」

「それを今、考えないと」

 彼女は、悩み、悩んだ。

 頭に浮かんでいる寿命を見ると、焦る。

 一応、大まかな時間だと。彼女は八月三十一日に死ぬ。

「じゃあさ、死ぬ前にしたい事とか、なんか色々、書き出してみれば?」

「それって陳腐な考え方じゃん」

「何も浮かばないだろ」

「うーん」

 僕は紙とペンを、彼女に渡す。彼女はペンを持って、少し考えて、紙に走らせる。彼女の喜怒哀楽が、表に出るような、彼女に似ているような字だった。可愛い字だった。僕がそうやって見てると「恥ずかしい」と言って、僕に背を向けた。

「これぐらいかな?」そう言いながら、僕に紙を手渡す。


・エド・シーランに会いに行く

・学校に行きたい

・誰かを救いたい

・音谷くんを、学校に行かせたい



「意外と普通なんだな、最後のヤツ以外」

「だって音谷くんって、不登校でしょ、特に理由も無いじゃん」

「こう見えて意外とあるんだよ」

「ふーん」

 彼女は気にくわない顔をして、僕を見つめる。部屋のエアコンが効いているから、涼しい。はずだ、恥ずかしさのせいで少し暑くなる。

「私、たまに入院しないといけないから、ちょっと面倒臭いんだよね。遠いところにいけないの」

「じゃあこの紙、意味ないじゃん」

「そだね」

 さて、振り出し。なんで彼女がここまで気楽にいられるのかどうか、分からない。もっと、普通の人間だったら、焦るはずなのに、彼女は汗の一つも、どこにもない。涼しいからか。

「もっと、実践的なもの。考えよう」

「例えば?」

「初恋の人に会いにいくとか」

「音谷くんだよ」

 は? え? なに、僕?

 思考が止まった、いや、違う、思考が急激に回転する。その状況がしばらく止まって、僕は彼女を呆然と見つめる。彼女は僕のことを表情一つ崩さずにじっと、見つめる。

「嘘」

 希濤が、イタズラそうに、僕に笑って。僕は自分の顔が急激に赤くなるのが分かった。

「ビックリした」

「人生初の告白が、嘘なんて、最悪だよ」

 彼女が大袈裟に笑うので、少しムカついた。彼女はまだ笑う。そしたら、電話がきた。希濤の。

「もしもし?」

 彼女は電話の相手に何回も「うん」を繰り返して、最後に「わかった」で終わらせた。

「ごめん、音谷くん」

「何?」

「入院だって」

「え? なんで? 病気、大丈夫だろ」

「ちょっとした検査だよ、大丈夫、すぐ出れるから」

「……うん」

「バイバイ」

 彼女はそう言って、僕の部屋から出て行く。暫く、僕は彼女のがさっき、死ぬまでにしたいことの紙を見ていた。裏側にめくると、他にもびっしり字が———

 インターホンが鳴った。家の。

 紙をポケットの中に入れて、僕は玄関に向かった。

 そこには、男の人がいた。僕の学校の制服を着ている人だった。

 ドアを少しだけ開けて、僕はその人を誰だか、確かめる。

「春野さん? だよな」

「そうだけど、誰?」

 身長が高い、と思った。少しだらけたような服装をしていたけど、整っている顔立ち。女子からモテそう。

「俺、同じクラスの北本景。先生から、プリント、預かって、持って来たんだけど」

「ありがとう」

 僕はそれを受け取って、ドアを閉めようとしたけど。彼は、手で押さえる。

「何?」

「お前、なんで不登校なんだよ」

「関係ないだろ」

 初対面にしては、酷い。でも一応、僕は初日に学校行っているから、二回目だろう。

「ま、そうだな」

 彼はそうやって、僕に背を向ける。

 一体なんだったんだ? と思った。



 その日の夜、僕は、何故か、一睡もできなかった。

 そんな時、希濤から、電話が来た。

「音谷くん! 音谷くん!」

「ん。どした?」

「なんでもやってくれるの?」

「まぁ、できる限り」

「あのね! 死ぬまでにやりたい事、考えていたら、急にこんな事、して見たいなーって思ったの」

 彼女は、興奮した犬のように、電話の向こうでピョンピョン跳ねているような印象があった。

「私、青春を謳歌したい」

「なんだよそれ」

「だから、夜の学校に行ってみたいの。やってみたかったんだよね」

「大丈夫なのか? 夜中に外に出るなんて」

 急に彼女が倒れる。僕が病院に連れてく。親を呼ぶ。先生も来る。僕、死にたくなる。

「大丈夫だよ……多分」

「不安要素、多くない?」

「いいでしょ?」

 一瞬迷うけど、結局、どうでもいいと思った。

「いいよ」

 詳しく、犯罪計画(ショボい)を練って、僕たちは、初夏の初めに、学校の屋上で、花火をぶっ放すことにした。

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