第1話 ③

 この公園の周りには、それはそれは、結構いろんな建物が近くにある。小学校、中学校、スーパー、病院、どれも全然、結構近い距離に建てられていて、休日には人もそれなりにいる。

 公園まで、歩き続ける。

 春と夏の熱に思考が焼かれたのが、さっきまで溜まっていた憎悪が、少しだけど、和らいだ気がする。

 公園に足を運んで、入る。

 滑り台、ブランコ、ジャングルジム。僕の子供時代とは無縁だ。

 視線の先を、ベンチに向かわせると、音琴希濤が、そこで座っていた。風になびかれるその美しい髪が、僕の視線を奪う。そして溜まった闇は、一瞬にして、打ち消された。いや、上書きされた。

 浮かんでいるカウントダウンは、やはり減っていた。時限爆弾。

 彼女は僕に気がついて、大きな声で、僕の名前を呼ぶ。

「春野くーん!」

 恥ずかしい、と思った。

 今度こそ、最後だと、自分で決める。

 僕は彼女の方に向かう、ベンチに座りたい。

「ベンチ飽きちゃったからブランコにしようよ」

 おい。ベンチが飽きるってなんだよ。

「別に、いいけど」

 そんなことは言わずに、僕は彼女とブランコに乗る。

 僕は漕ぐ気分もなかったので、ただ上に座っているだけだ。

「よかったぁ、春野くんに嫌われちゃったと思ったよ」

「さすがにそれはクズ過ぎるだろ」

「だよねー」

 僕だよ。

「春野くんって友達いる?」

「いない」

「じゃあ私が第一号じゃん、ラッキー」

 なんでこんなそこら中にあるブランコでこんなはしゃげるのかと思うぐらい、楽しんでいる彼女。

「何するの?」

 このまま公園でブラブラするのも、嫌だった。

「え、何も考えてないんだけど」

「なんでだよ!」

「だ……だって二人とも学校いかないのに、多分コミュ障だし」

「さすがにコミュ障は君にないよ」

 漫才のツッコミのような言い方で、僕は言った。彼女は少し嬉しそうに小さく笑う。これ絶対クラスで人気出るやつ、と思った。

 同時に、なんで学校にいかないんだよ、って思った。「なんで学校に行かないの?」と聞こうとする前に、彼女の口が動く。

「春野くんは普段、家で何してるの? ゲーム? テレビ? 漫画? 勉強?」

「漫画や小説読んだりとか、音楽聴いたり……勉強は普通かな」

 彼女は何か閃いたように、目を大きく開いた。一々動作がすごい。

「音楽、よく聞くよ」

「へぇー。僕はあんまり日本語の歌聞かないんだよね、大体洋楽っていうか、多分あんまり話せないよ」

「私も、洋楽好きだよ」

 彼女はスマホをポケットから取り出す。

 あ、パスワード見えた。

 何かを検索するように。探す。インターネットの世界で。

「この人!」

 金髪、だけど優しそうな顔をしている彼のことを、僕は知っていた、一方的な意味で。

 僕が、大好きな、イギリスのアーティスト。

 彼女はその名前を口にする。

「エド・シーラン、知ってるでしょ? ニュースとかにあった」

「僕も……大好き」

 本音がこぼれた。

「本当? よかったぁ、知らないとどうやって会話続けようとしたらいいのか、分からなかったよ」

「どの歌が、好きなの?」

 彼女となんか、分かり合えたような気がした。

 彼女がこの話題を話すときは、いつもと違う、更にさらけ出すような感じだった。

「僕は、うーん、迷うな。多すぎて分からない」

 事実、そうだ。彼の歌が好きすぎて、僕はよく聞いていた。テイラー・スイフトもよく聞くけど、やっぱり一番聞くのが、エド・シーランの歌だった。

「私はね、秋の葉っていう意味でAutumn Leavesが大好き!」



 そこから始まりで、多分、すごく長い時間、話し合っていった。

 そこまで嫌でもないし、むしろ、楽しいぐらいだった。

 けれど、気づく。

 彼女の寿命に。

 そこで、自分の感情を殺す。

 死ぬ人間に、感情を持っちゃダメだ、傷つくのは、自分だから。

「希濤」

 若い女の声が、彼女の名前を呼ぶ。

 ハッと彼女は、気づいて、振り向く。

「誰、その子?」

 その女性は、僕の方を見る。

 音琴の笑顔が、少しだけ、強張っている。

「えっとね……同じ学校の、春野くん……」

 その女性は、僕の方に近づいて、偽物に見える笑顔を、作って見せた。

「こんにちは、希濤の母です。娘が世話になっています」

 僕は適当に相槌を打つ。

 緊張が、過ぎる。

「希濤、検査の時間だよ」

「……友達の前で言わないでよ」

 彼女は、何かに怖がっている表情で、僕を見た、母親に手を掴まれて、僕に背を向ける。

 その背中と、頭の上に浮かんでいる彼女の寿命を、見ることしか、僕にはできなかった。

 その先は、病院だった。



 ベンチの上にある、四角い物体。

 彼女は、スマホを忘れていった。

 とりあえず、持って帰った。

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