第3章(10)異変
高尾駅で上りの電車を待つ間、さっきの一連の会話を思い出す。
――かがわけいさんって……先輩ですよね?
まさか、気づかれていたなんてね……。
ってことはさ、昨日の配信、山田さんは、俺しか聞いていないことを知りつつ、耳かきしていたってことになるよな……。
その事実を知った途端、昨日の配信の一言一句の意味が変わってきそうで、理解が追い付かない。
「間もなく、快速、東京行が、参ります。危ないですから、黄色い線の内側で、お待ちください」
接近放送が流れる。それとほぼ同時に、俺のスマホが着信を知らせる。
「……布田か」
一瞬電話に出るかどうか逡巡したが、俺は電話に出た。
「もしもし」
「もしもし、今日はお疲れ様……その」
「東京行乗車ご案内、降車駅、立川」
「あ、あれ? 中河原、駅にいるの? ……どうして?」
今の放送がきっと布田にも届いたのだろう。そう不思議そうな声で聞いてきた。
「……今、高尾にいてさ……これから帰るところなんだ」
この言葉が、布田にとってどれほど残酷か、俺はもう気づいている。認めている。
「……そ、っか……もう、そこまでいったんだね……そっかそっか……」
何かを察したような、そんな声色。その色は、青か藍か、はたまた涙か、俺にはつかめない。でも、明るい色ではないことは確かだ。
「……ごめん、今日、急にあんなこと言って……本当はもっと早く謝るべきだったんだけど……」
「いいよ、俺が逃げていたのは事実だし」
「……で、でも……中河原を騙すつもりはなくてっ」
「いいって」
その「いいって」が、「もういいよ」に聞こえたのだろうか。
「っ……ど、どうしてかなぁ……どうして、こうも上手くいかないのかなぁ……」
「快速東京行ドア閉まりまーす、これ以降の無理なご乗車ご遠慮くださーい、ドア、閉めまーす」
目の前に停まっていた東京行の電車が俺の目の前で動き出す。
「……きっと友達も大事にしたかったんだろ? だから言えなかったんだろ? ……わかるよ、友達いて欲しいよな、中学生なんてさ」
どうせ、そんなところだろうと思った。友達と俺を天秤にかけて、友達の方に揺れたから、こうなった。
「別に三次元のことは嫌いだったけど、布田のことを恨んではいねーよ、まあ、正直嫌ってはいたけど」
「……どうして?」
「何が?」
「……どうして、プールの誘い受けたの? どうして、放課後、私に付き合ってくれたの?」
「……三次元が嫌いって言ってんのに山田さんとは帰って布田とは帰らないのは不誠実かなーって思ったからだよ」
「……そーいう中途半端に優しいところがあるからさ……こうなるんだよ……嫌いなら最後まで嫌ってよ……馬鹿」
……馬鹿、か……。
「間もなく、各駅停車、立川行が、参ります。危ないですから、黄色い線の内側で、お待ちください」
「……電車、乗らないの?」
「……別に、すぐに帰りたいわけじゃないから」
「馬鹿……そこは帰るって言ってよ……」
「さっきから馬鹿馬鹿うるせーよ、じゃあ、どうしろって言うんだよ」
「……諦めさせてよ……もう」
再び、電車が俺の目の前を通る。
「優しくしないで……私に」
「お生憎だけど、それができるくらい器用なら、端からこうなっていないし、もっとわかりやすくしていたよ、きっと」
「それもそーだね」
「ドア、閉まります。ご注意ください」
そして、また電車が発車していく。
「……山田さんのこと、好きなの?」
そして、核心を突く質問が飛んでくる。
「……わかんねーから、こうして悩んでるんだよ」
「もし振られても、私はもう中河原のこと、見てあげないから、頑張りなさいよ」
「何だよそれ、親友キャラかよ」
「……多分、大丈夫だよ」
布田の言葉に背中を押されるように、俺は再びやって来た上り電車に乗り込む。車内はガラガラで、俺以外の人は見当たらない。
「……電車乗ったから、切るわ、また、学校でな」
「うん、……学校で」
通話が終了した合図が鳴り、俺はスマホをポケットにしまう。
沈む夕陽を見つめながら、八王子の自宅へと俺は帰って行った。
その後、ボッチの夏休みらしくどこか出かけるわけでもなく、日々は過ぎていった。夏コミもボッチ参戦、アニメイベントもボッチ参戦、家でボッチでゴロゴロし続け、夏は終わっていった。
みずな。さんの動画もプール以降何か変化は起こらず、いつも通り生配信と動画投稿を繰り返して、俺が消化していくというループをとっていった。
プールの日、布田に聞かれた質問の答えは、まだわからない。
俺は山田さんが好きなのか、みずな。さんが好きなのか、わからないままでいた。
○
夏休みも終わり、二学期の始業式の日。
いつも通り学校最寄り駅のビルにあるパン屋さんでパンを買い、降り出しそうな空の下、私は学校に向かった。
……今日は先輩と一緒にならなかったな……。
プールの日以来、先輩と何かコミュニケーションを取ることはなかった。……実際、あんなことしておいて、平気な顔で話せるとも思えないけど。
誰にも声を掛けられることなく、教室に入る。
やっぱり、私に友達はいない。
だから、話しかける人も、いない、はずだったのに。
「山田さん山田さん、実は彼氏いたって本当?」
平和な日々なんて、唐突に終わりを告げるものなんだ。
「……えっ?」
「ねぇ、聞いた?」「うんうん、山田さんの噂でしょ?」「そうそう、陸部の狭間君が見たって」「うちの二年の先輩らしいぜ、陸部の先輩の話によると」「へぇークラスじゃ全く話さないのに、そーいうところはちゃっかりしているんだな」
完全に失敗した。ちゃんとただの部活の先輩だって説明できなかったから、瞬く間に私の噂はクラス中を駆けた。
ただでさえ、友達いないのに。
「っていうか、相手の先輩も友達いないことでそれなりに有名らしいよ」「まじ? そうなの?」「サブカルチャー研究部の部長って言えば、二年生の間じゃ有名らしいよ」「なんでも、現実の女には興味ありませんって」「何それ、気持ち悪いー」「なのに山田さんは気に入られているの?」「まあでも、確かに山田さんの声ってそれっぽいからね」
ああ、久しぶりだな……こういう風に、嫌な意味で注目されるって。朝から会話は私の話題でもちきりだった。居心地は良くなかった。
それでも、私は何も言わず、ただただ耐えた。これくらいなら、今までだって十分されてきた。もう慣れた。
体育館で行われた始業式の間も、私に好奇の視線は集まっていた。
これも別に慣れっこだった。
結局、一日中、何かしらの視線を私は集めていた。でも、上手く説明できる気もしないし、説明したところで「声」が邪魔をする。そんな気がしたから、私は沈黙を貫いていた。人の噂も七十五日って言うし、しばらく我慢していれば終わってくれる。そう、思っていた。
○
始業式も終わり、その後あった授業もいつも通りこなした。一つ違う点と言えば、布田の態度が以前より柔らかくなったこと。ツンツンのツンが取れたこと。まあ、要はツンって訳だ。
「布田、ごめん俺生徒会室に活動報告書出しに行くから先部室行っていて」
放課後になると、俺は布田にそれだけ言い、カバンを持ち生徒会室に向かった。
生徒会室は、一年生の教室と同じフロアにある。当然、見知らぬ顔ばかりとすれ違うわけだけど、どういうわけか今日は結構見られている気がした。
「あれ? あの人って……」「あ、そうだよ、山田さんの相手の人」「あーあの人が有名な部長なんだ」
……噂になってんな……どうしてだろう。
俺は少し歩くスピードを緩めて、すれ違う一年生の会話を意識して聞いてみる。
「でも普段全然話さない山田さん、そーいう趣味だったのかな」「二次元にしか興味のない男ってね」「……少し引くよね」
ん? ……風向きおかしくないか?
「でも、一緒にプール行ってウォータースライダー乗ったって話だし」「大磯のな」「多分本当なんだろうな」
その会話で、話が見えた。
……あの場面、誰かに見られていたのか。だから。
山田さんが噂になっている。
とりあえず、部室行ったら山田さんの様子見ないとな……。
俺の「悪評」のせいで、山田さんにまで迷惑をかけるわけにはいかないし……。
生徒会室での用事を終え、俺はそそくさと部室へと向かう。まだ授業が終わって間もないからか、多くの生徒が校舎内に残っている。その中をかき分けるように抜けていき渡り廊下を通り、部室へと歩を進める。
「久し振り……みんないるね」
俺は内心ほっとした。よかった、山田さん、部活来ている。って。
例のごとく、俺は席に座るとライトノベルを読み始める。布田はスマホをいじり、山田さんも本を読む。
何一つ変わらない、いつものサブカル研の風景。
山田さんも見た感じいつも通りだった。……大丈夫、か。
その日は何事も起こらず、部活は終わった。いつもじゃないことがあるとするなら、三人一緒に同じ電車に乗って帰ったってことくらいだろうか。
別に、悪い気はしなかったあたり、俺も丸くなったっていうことなのだろうか。
夏は終わったが暑さは残る九月の頭。早く自分の中で答えを見つけないといけない。
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