第3章(4)似た者同士
「ああ、終わったぁぁ!」
最後の科目のテストが終わると同時に、教室からどこからともなくそんな声が聞こえてくる。それを引き金にし、一気に教室の空気が騒がしくなった。
俺は一人そそくさと帰る支度を始める。話す相手がいないからね。
「来週から夏休みだな!」「どこ遊びに行くー?」「やっぱ海は欠かせないでしょ」「なら湘南とか?」「いいね! 湘南行きたい」「部活の後輩海行きたがっていたから連れて行くか」
いいね、友達がいるって。楽しんでね、夏休み。
まあ、俺もボッチで満喫する予定だけど。基本、あの約束以外、誰かと会う予定はない。まあ、ボッチだ。別にいいけど。
そんなことを考えているうちに担任が教室に入り、帰りのホームルームを始めた。連絡事項だけ伝えてすぐ下校になったけど。
帰れと言われればすぐに帰るのがボッチの鉄則みたいなもので、俺はホームルーム終了後、夏休みの計画について話している生徒を尻目に学校を後にした。駅までの道はまだ空いていて、俺と同じような奴がチラホラと歩いているくらいだ。
近所にある古本屋にも、パン屋にもコンビニにも寄ることはせず、真っすぐ改札に入る。ホームで中野方面の電車を待っていると、俺の隣にスッと人が一人並んだ。
「……無言で隣来るのって、ビックリするんだよね……山田さん」
「す、すみません……改札で先輩の後ろ姿見つけたので、ついつけちゃいました」
てへっとはにかみながら笑みをこぼしたのは、部活の後輩の山田さんだった。
「……テスト、どうだった?」
まあ、無言になることもないと思ったから、テスト終わりの会話なら、ということでそういう話題を振ってみた。
「お、おかげさまで、無事に乗り越えられそうです」
「そっか、それはよかった」
「先輩が、色々と教えてくれたから……」
「俺は教えただけだよ。頑張ったのは山田さん」
「でっ、でも……」
「いいからいいから」
そう、お礼を言おうとする山田さんを遮り、やって来た中野止まりの電車に俺等は乗り込む。
昼下がりの中野止まりだからか、人の姿はほとんどなかった。ドアが閉まると、一駅だけだから俺は背中をドアに預ける。
「先輩はテスト、どうだったんですか?」
「ん? 俺? ボッチが勉強できなかったら何が残ると思う?」
つまりはできたってこと。やはり俺の努力は嘘をつかなかった。
「……すみません、ボッチなのに勉強できなくて」
ただ、そんな捻くれたことを言ったせいで、山田さんがしょぼんとしてしまった。
「あ、そういう意味じゃなくて……」
慌てて訂正しようとすると、隣に立つ後輩がクスクスと口に手を当てながら笑い始めた。
「やっぱり、先輩はそういうところ、優しいですね」
……俺が、優しい?
「えっ、それってどういう――」
「間もなく、中野、中野、終点です。本日もご利用いただきありがとうございました。どなた様も、お忘れ物ございませんよう、お気を付けください」
俺がそう聞こうと思ったときには、各駅停車のドアが開き、ホームに流されていた。
快速のホームに移動し、高尾行の電車を待つ。今日はスムーズに乗り換えができそうだ。
やはり昼時の下り電車は空いていて、座席は半分以上が空いていた。隅の座席に並んで座ると、俺は言いかけていた言葉の続きを言おうとした。けど。
「先輩って、どういう女の子がタイプなんですか?」
何気ないふうに山田さんが聞いて来る。
「あ、二次元の、でしたね」
……質問しようと思っていたタイミングで質問されてしまい、一瞬言葉に詰まってしまった。
「……っ、そ、そうだな……基本大人しくて、真面目な子で……でもいざってときは頑張れちゃう、そんな子かな……具体的にいうと、アイシスの、智絵ちゃんとか……」
因みに、この質問はいつか布田にもされた。だから、答えること自体には問題はない。すらすらと山田さんに答えを言った。
「じゃ、じゃあ、外見とかは……どうですか?」
……見たことある展開だ。聞いたことある展開だ。
「そう、だな……髪は長い方が好きだけど……別にどっちでもいいかな……ほら、二次元の子に惚れるときってさ……なんか感覚だったりするし」
俺はそう適当に答えて誤魔化した。頭の中に沸いて出てきてそして消してを繰り返している一つの可能性を追い払うために。
……好きなタイプ、外見を聞く相手に惚れているヒロインを、俺は今まで何人も見てきた。何回このシーンを見て、読んで、聞いて、「あ、フラグ建ったな」と思ってきた。
今、山田さんがやっているのは、つまりはそういうことなんじゃないかと思っている俺がどこかにいて、でも、その俺を諫めようとしている俺もどこかにいて。
「そ、そうですか……」
相槌を打ちながら前髪をいじる山田さん。……うん、まあ、あなた髪長いしね……。
「あ、あの……先輩――」
「山田さん」
「は、はい」
「……プール、楽しみ?」
今度は山田さんの声を止めるように話し始める。
「俺はさ、誰かとプール行くって初めてでさー今まで体験できなかったあんな場面を迎えられると思うとさー」
流れていく景色を見送りながら、若干棒になりつつも話を続ける。
「少し、楽しみだったりするんだよねー」
「……私も、同じ学校の人とどこかに行くって、初めてで……演じてきたりとかはしてきましたけど……自分自身がやるのは……」
お互いがお互い、友達のいないボッチだからか、こういうところでシンパシーが湧いてくる。
「……私達、前々から思ってましたけど、似てますよね?」
いつもの、柔らかい笑顔を俺に向けてくる。
「……そう、だね」
青空広がる車窓を流しながら、俺と山田さんは西に向かい続けた。
「そういえば、そろそろ待ち合わせとか、細かいこと決めないとまずいかもしれませんね」
「そうだね、部活のラインで、話してみよっか」
「はい」
俺はスマホを手に取り、部活のトーク画面を呼び出す。
なかがわら「そろそろ待ち合わせとか決めない?」
いつもスマホを見ている布田なら既読をすぐつけるだろう。
ビンゴだ。既読はすぐに2になった。
とも「そーだね」
名前が朋花、だからだろう、布田のニックネームはともだった。
とも「とりあえず八王子から町田に出て、そこから小田急で藤沢、東海道線で大磯って考えていたけどそれでいい?」
なかがわら「いいよ」
みず「それで大丈夫です」
因みに、山田さんも、多分名前が瑞菜だから、ニックネームはみずになっている。
とも「よし、」
とも「じゃあ朝八時に八王子駅改札前に集合ね」
なかがわら「りょ」
みず「わかりました」
とも「持ち物はお金と、水着、着替えとビーチサンダル、タオルくらいかな」
とも「あ、中河原はレジャーシート持ってきてね」
なかがわら「俺だけかい」
とも「だって私持ってないもの」
なかがわら「わかったよ持ってく」
「ふう……当たり前のように俺に振って来たな布田」
「ですね……ふふ」
二人とも、クスクスと笑い合う。さながら、仲が良いカップルに見えていそうな光景だったろう。
でも、俺は三次元に興味はないんだ。
その後、取り留めのない会話を何往復か繰り返し、八王子駅に着いた。
俺は席を立ち、電車を降りる。座席に座った山田さんが、やっぱりこの言葉を言うんだ。
「先輩、また、明日バイバイです」
心が揺れる。確かに揺れている。何度もこの挨拶を生で聞いたらそれはそうなるとわかっているけど、それともまた違うような気もして、たまらなかった。
三次元に、興味はないはずなのに。
打ち消し続けている理由が、段々大きくなっているように思えた。
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