第3章(3)改編期
七月っていうのは言ってみれば春アニメが終わって夏アニメが始まる改編期って奴で悲しんで喜んでという気分の高低差が激しくなる時期でもある。ちなみに年に四回ある。
まあ年に四回嫁が変わるほど俺も単純な奴でもないし薄情な奴でもない。俺の嫁はオタクになってから一度も変わることはない。アイドルシスターの智絵ちゃんだ。いや、敬意を込めてちえりんと呼ばせてもらおう。まあ、気持ち悪がられる自信があるからこの場ではもう言うつもりはないけど。
そんなことはさて置いて、夏アニメが始まると、期末テストが始まるっていうことであり、そうなると必然的に勉強に費やす時間が若干増えるという算段になる。俺も無駄に赤点を取りたくないし、勉強はしておくに越したことはないと思っている。普段から最低限の勉強はしているからテスト前になって騒ぐことは俺には起きないのだけれど……。
「……中河原、数学得意だったっけ」
そんなとある期末テスト直前。部活動が止まる前の最後の活動可能日。うちの高校はテスト一週間前になると顧問からの届がない限り部活動は禁止になる。サブカル研は届を出すほど熱心に活動する気は当然ないので、この日がテスト前最後の活動になる予定だ。
その活動日もあと三十分くらいで下校、となったとき、布田が苦虫を噛み締めるような表情を浮かべながらそう切り出した。
「まあ、人並みには」
「……この間の中間テスト、何点?」
「……数Ⅱが83点、数Bが75点」
「なんでオタクなのに頭がいいのよ」
いや、それは偏見だよ。オタク即ちそれ以外の知識がない阿呆は短絡的すぎるよ。オタクだって勉強はするし風呂も毎日入る。それに、ただでさえ友達いないのに勉強もできないってなると俺の高校生活絶望的すぎない……?
「いや、ちゃんと毎日勉強はしているから」
背中から差し込んでくる日差しを鬱陶しく思いながら俺はそう返す。
「そ、その……言いにくいんだけど……この後、数学、教えてくれない……? このままだと赤点取りそうで……」
なんだろう、この間中央線で見た光景だな。三次元は聞きにくいことを聞くときはモジモジするのが定番なのかな?
「いや、別に俺じゃなくても布田なら友達いっぱいいるだろ。そいつに頼めよ」
「……あーその、そいつ他の友達に教えるのに忙しいみたいでー」
棒読みひどいよー棒読み。
「ふーん、つまりは友達がいない俺は暇だろうとそういうことだな」
「べ、別に仕方なくだから、仕方なく」
もうちょい上手いツンデレってなかったの……? 折角ツインテールっていうテンプレ髪型をしているのに。
「……俺にしてはメリットがないようにも思えるんですが……」
俺もね、きっぱりと「ああ、余裕だからオッケー!」って言えるほど頭が良かったらいいのだけれど、あいにくそこまでじゃない。何気にその時間は惜しかったりもしなくもない。最悪問題はないけど。普段から勉強はしているから。
それを聞いた布田は、何を勘違いしたのか突然頬を赤く染め始め、何か呟き始めた。
「……な、中河原が良ければ私は……」
「おーい。帰ってこーい。何旅立ってんだー。いいよ要らねーよタダでやってやるからさ」
俺が慌ててブレーキをかけると元の布田の表情に戻り、理不尽にも怒られた。
「な、何よ、急に変なこと言わせて」
えー……それ言いだしたのあなたの方でしょ……さすがにひどくないですか……?
そうツンデレに対して若干の辟易をしていると、徐に制服の裾を掴まれた。
「あ、あの……私も数学苦手で……一緒に教えてもらってもいいですか……?」
聞きなれた声から伝えられたそれは、俺の思考回路を混乱させるのに十分なものだった。
結局、八王子駅にあるファミレスに三人で寄り、勉強をすることになった。テーブル席に俺と布田・山田さんが向かい合うように座った。
「じゃあ、俺も適当に勉強しているから、わからないところあったら聞いて」
俺はそれだけ言い、日本史の用語集をめくり始めた。
それぞれ手元にドリンクバーのグラスを置いて勉強をしている。店員からすれば迷惑な客だろう。……ごめんなさい。
「あ、あのさ……中河原、ここ、わかんない」
少し経つと、少し棘の入った声がした。
「んー? えっと、以下の3点を通る円の方程式を求めよって……布田、円の一般的な方程式は何?」
「…………」
基本じゃねーかよ。大丈夫か? こいつ。
「教科書のここ、この方程式を使う」
俺は布田の方に体を少し移動して、きっちり対面するように向かい合う。
「で、3つの点を通るって言ってんだからそれぞれ代入してやって、連立方程式を立てる。連立方程式は解けるよな? さすがに」
「と、解けるわよ連立方程式くらい」
「……ふーん、じゃあ大丈夫だね」
俺はそう言い再び視線を用語集に落とす。
「あ、あの……先輩……ここ聞いてもいいですか?」
今度は山田さんのか細い声が聞こえてきた。
それに合わせて俺は山田さんの正面に体を移す。
「……二つの方程式が共通の解をもつように、定数kの値を定めよ。ああ、これね」
「はい……」
「これはそうだね……」
カバンからルーズリーフと筆箱を取り出し、書きながら説明を始めた。
「二つの方程式が共通の解を持つって言っているから、その解を例えばaとしよう。そのaをxに代入すると――」
と、そんなふうに説明をしていく。
コップに入れている炭酸を少し口に含む。中で心地よい刺激が広がる。
説明が進むにつれ、硬かった山田さんの表情が柔らかくなっていき、終わるころには花が咲いたかのようにスッキリとした顔をしていた。
「……ありがとうございますっ。この問題、ずっと誰にも聞けなくて悩んでいて……ようやく解けてもやもやが晴れました」
そ、そっか……誰にも聞けなかったなかったのね……。でも俺も苦手な科目とかはそんな状態だからな……先生に聞くけどささすがに。
山田さんの場合、先生に話しかけるのもためらわれるのだろう。友達もできたっていう話聞いていないし。
その後数問それぞれから問題を聞かれ、数時間経ったところで勉強会はお開きになった。
ファミレスを出て、高尾に戻る山田さんと別れる。
残った俺と布田は一緒にそれぞれの家へと向かい始めた。
まあ、その後三人で集まって勉強会をする、ということは特になく期末テスト前日を迎えた。布田は相変わらず毎日うなりながら休み時間に勉強しており、しょっちゅう先生にわからないところを聞きに行っている。……普段からそれやっていればいいのに。山田さんも一度教えてもらったからか、しばしば放課後俺のラインにわからない問題を送って聞くようになった。文章で説明するのが難しいときは無料通話を使ったりしたけど。
「そういえば最近、よく電話しているけど、友達でもできたの?」
だからだろうか、試験前日の夕ご飯の席で母親にそう聞かれた。因みに、今日のご飯は肉じゃがだ。
「ん? うーん……部活の後輩に勉強教えてって頼まれて」
「後輩って、前言っていた女の子の?」
「……そうだけど」
何か嫌な予感がする。そう思いつつ俺は味の染みたじゃがいもを頬張った。
「あらあらまあまあまあまあ」
ほら、わかりやすくニヤニヤし始めた。急に温かい目になったよ。
今食べているじゃがいもが急に砂を噛むような感覚に変わったのは気のせいだろうか。
「今度連れて来なさいよ」
「いやっ、いろいろ飛躍してない?」
何故、俺が後輩の女の子に勉強を教えると家に連れてくる、という流れになるのか。
「なーに言ってんのよ。あなたみたいな子に構ってくれる女の子なんてそうそういないわよー今の内に囲い込まないと」
「だからあなたは何を言っているのか」
「その子、どこに住んでいるの」
駄目だ、完全に箸を止めているよ母親は。
「……高尾」
「近くじゃないのーほら、夏休みに何か予定とか作ってないの、予定」
……これどう答えても面倒臭くない? あるって言ってもだし、ないって言ってもだよね。どうしろと?
「……まあ、一応」
「まあまあまあまあまあまあ」
さっきから食べるものの全てが砂の味がするのは、きっと母親の対応を面倒臭く思っているからだよね。うん。きっとそうだ。
「部活で行くだけだから、そんな個人的な予定ではないよ」
「いやーあの慧がついに女の子とねー」
聞いてないし。もう駄目だこれ。
その後、母親をなだめながら進めたご飯は、いつもよりちょっと時間がかかってしまい、勉強時間が少し減ってしまったのは少し痛かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます