第3章(1)彼女が彼に気づいた瞬間

 とまあ、そんなこんなで月日は流れていった。四月と何か変わったことと言えば、週一くらいで布田と帰りに寄り道させられるようになったこと。これは俺の中で二次元への浮気行為とみなしてもいいレベルの事案なんだけど、ここまでもつれちゃうと仕方ないかなとも思えた。だって、嫌って言えないでしょう……。

 ゴールデンウィークと中間試験を切りぬけ、憂鬱な梅雨もやり過ごした後の夏手前。衣替えで夏服移行期間となっている今日も、俺は変わらず部室で本を読んでいた。ただ一つ違うところがあるとしたら、今日はイヤホンで夏にリリースされるギャルゲーのティザームービーを聞いていたということかな。

 ああ……何度聞いてもここの声、可愛い……萌える……。買わないとなあ……それに向けてバイト増やさないと……。

「ねえ、この部活って夏休みに何か活動したりするの?」

 スマホをいじっていた布田が突然そんなことを聞いてきた。すると、同じく本を読んでいた山田さんも興味を示したらしく、持っている本はそのままに顔だけ俺の方を向いてきた。

 俺は動画を止め、イヤホンを耳から外す。

「そうだな……特に毎年何かやっている訳ではないらしいけど……」

 まあ、もとからただ部室に集まって駄弁るだけの部活が、夏休みに何かやるほど殊勝な部活ではないことくらい想像はつくだろう。何もしていない。

「そうなの? ……ふーん」

 少しつまらなさそうに唇をとがらせる布田。……何企んでいるんですかあなたは。

「いやぁ、さ。来年は受験だから夏に遊ぶことができるのも今年が最後でしょ? プールとか行きたいなーって思って」

 やっぱり……。

「ぷ、プールですか……?」

 ん? 今……山田さん、反応した? 普段布田とは口を利かないのに。

 俺と布田は同じことを思ったらしく、揃って彼女の方を向く。自分が反応したことに気づいた山田さんは慌てて首をすくめ、小さくなった。

「プールって……この三人で行くのか?」

「そうじゃなきゃ、何のために部活で提案するのって話になるでしょ……」

「その通りですね」

 ……端から見ればリア充イベントだが。俺にとってはただの三次元との交流に過ぎない。夏休みくらいだったら別に付き合わない理由はないけど……アニメを消化する時間は腐るほど期間中あるわけだし……。

「まあ……別に俺はいいけどさ……」

 そう答えた途端、女子二人が驚きで目を見開いた。え? 俺がいいよって言うのそんなに珍しい?

「え? ……いいの?」

「いいけど」

 まるで風邪を引いた我が子を心配するようなノリで確認してくる布田。

「今、熱があるとか、そういうオチは……?」

「ねーよ。いたって健康だ」

「…………」

「逆に否定される理由を探すな、悲しくなるだろ」

「……よっし」

 胸の中で小さくガッツポーズを布田はとった。それに対して。

「せ、先輩……? 三次元には興味ないんじゃ……?」

 山田さんは焦りに焦ったような表情を浮かべている。視線が忙しなく左右し、持っている本もめくるページが逆になっている。……え? そんな慌て方あり?

「いや、ないけどさ……それで布田の誘いを断り続けていたらこの間山田さんとあれでしょ? まあ、たまには? ……何なら実験にするけど」

 実際ヒロイン達とプールとか二次元ではありふれたシチュだ。水を掛けあいながらキャッキャウフフとか、ナンパされたヒロインを主人公とか親友が止めたりとか色々。過去に女子部員がいたという話は聞いていないから、何気にこの実験できるのって今しかないのではとも思い始めた。

「あれー? 山田さんは行かないのー?」

 こいつ……煽ってるな。すごく意地悪い言い方してるよ。

「……………」

「あれー? 聞こえないなー。このままだと私と中河原の二人で実験することになっちゃうなー」

 ひとつ補足するなら、別に悪意がこもっている言い方ではない、ということ。単純に煽っているだけ。

「ぃ、行きます」

 ぼそっと山田さんが答える。が。

「んー? 何か言ったー?」

 ……いや、聞こえただろ。お前。俺にも聞こえたんだぞ。

「……い、行きます! 私も!」

 部室に割れんばかりの声が響いた。何なら隣にも聞こえたんじゃないか、というくらい。

「はーい、決まりね。じゃあ、いつにする……」

 布田がそう言い日取りを決めようとしたとき、部室のドアがノックされる音がした。

「どうぞー」

 俺がそう言うと、ドアが開いた。

「どうも、生徒会会計補佐二年の榴ヶ丘つつじがおかです。サブカル研の部長の方って今いますか?」

 半袖のワイシャツに身を包んだ男子生徒がそう名乗る。

「あ、俺が部長だけど……何かありました?」

 俺は本を置いて席を立ちあがる。

「いや、六月分の活動報告書がまだ出ていないので、生徒会室に持ってきてほしいという連絡をしに来まして」

「あ、出してなかったですか? ……これから出しに行きます」

「わかりました。では。お待ちしてます」

 それだけ言い生徒会役員は部室から出て行った。

 俺は部室のドアから見て正面奥にある引き出しから六月分の活動報告書を探した。

「よし、あった」

 あっぶねー出してなかったのか。これ出さないと怒られるからな……。

「ごめん、ちょっとこれ出してくるから外す。そっちで話していて」

 俺は報告書を持ち生徒会室へと向かった。

 渡り廊下を歩く際、気づいた。

 そっちで話していて……って話すの?


「失礼しましたー」

 報告書を無事提出し、少し会長から怒られたけど、まあ忘れたのが初だったのもあって、それで済んだ。生徒会室を出て、俺は再び部室に戻ろうとした。

「おお、中河原じゃないか。元気か?」

 生徒会室と職員室は隣りあわせにあるので、こうして先生とすれ違うのはままあることだけど。顧問とすれ違うとはね。

「笹塚先生、まあ、元気ですよ」

「一年生の……山田さん、部活には慣れたか?」

「そうですね……あまり口数多い子ではないんですが、なんとか上手くはいってますよ」

「なら安心だな……仲が良いならいいんだ」

 先生は俺の話を聞くと、安心したように息を一つ吸った。

「……お前も気をつけろよ」

 先生は俺の肩をポンポンと叩き職員室へと向かっていった。

 え? 気をつけろよって……。何が……?

 先生の言葉の真意をつかみ損ねるまま、運動部の掛け声響く校内を戻っていった。


「戻ったけど、日取りとか決まった?」

 ドアを開け、開口一番、そう尋ねる。

「あ、日にちはまだ。でも、場所は決めた。ちょっと遠出して大磯とかどう? ウォータースライダー有名だし、行きたくない?」

 まあ、正直都内だろうが神奈川だろうが俺はどこでもいいんだけどさ。

「……俺はいいけど」

「よし、じゃあ場所は大磯で決まりね」

 大磯は神奈川県の海沿いにある場所。小田原と藤沢の中間にあって、正月にある箱根駅伝に昼前くらいに映る地点。

「中河原は都合悪い日ある?」

「俺はいつでも暇だよ」

 友達いないからな。言っていて切なくなるけど。

「じゃあ、山田さんは?」

 ……聞いて答えるのか? と思ったけど。

「……私もいつでも大丈夫です……」

 え? 俺が生徒会室行っている間に何があったの? 布田、山田さんに何をしたのかい? 怖い。

「布田、何かやった?」

 俺はいつか布田に言われたような口調そのままに聞いた。

「いやいやいや。何もしてないよ、ね? 山田さん」

「……はい」

 言わせている感が強いんですが。

「じゃあ、八月一日に行こう? 平日で私も予定ないし」

「八月一日ね、わかったよ」

「わかりました……」

「詳しいことはまた後で送るから」

 上機嫌そうに話を締めた布田。そんなにプールが楽しみなのか?

 何はともあれ、久々に夏休みに人と出かけるかもしれない。夏コミもボッチで行くタイプだから、俺……。

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