第2章(4)嫉妬
そして、週の始まり月曜日。大多数の日本人が嫌うこの曜日。俺も推しのアニメの放映日とかでない限り好きではない。だって、休めるならそれに越したことはないだろ?
今期はあいにく月曜日に推しのアニメはないので嫌いだ。
イヤホンからアニメラジオを耳に入れながらラノベを読み進める。
いつもの東京行き快速電車がホームに滑り込む。後ろから二両目の乗車口から乗り込む。すると。
「…………」
ドア横の座席に、ちょこんと座る後輩の姿が目に入った。開いたドアに対して背中を向けているから、俺には気づいていない。少ししてドアが閉まり、電車は動き出した。
……まあ、高校最寄りの東中野駅西口を使うなら、進行方向後ろ寄りの車両に乗るよね。それは激しく同意する。中央線は東京を東西に進んでいく列車だ。高尾・八王子から新宿方面に向かうと東に進むことになる。つまり、進行方向後ろ寄りが西ということになるから、必然的にそっちの車両に乗ることになる。でもさ……。
まさか電車まで同じとは思わないよ……。
どうしようかな……気づくのも時間の問題だし、話しかけないとそれはそれで嫌な思いさせるかもしれないしなあ……。
俺は座っている彼女の前に向かう。
「……おはよう。山田さん」
つり革を掴み、本を読んでいる彼女に話しかける。少し笑顔も作った。
すると、俺に気づいた彼女は視線を俺の方に向け、この間のような微笑みを浮かべつつ返す。
「おはようございます、先輩」
「いつもこの電車なの?」
「……はい。先輩もこの電車なんですか……?」
「うん。別に次の電車が八王子始発だからそれに乗ってもいいんだけど、席空いていること多いし。でも、今日は一緒になったから座れなさそうだ」
笑いながらそう会話を繋げる。
言った通り、座席を選ばなければ座れる。けど、山田さんの隣の席は既に埋まっていた。だから俺は彼女の前のつり革につかまることにした。
「あっ……なら」
多分先輩を立たせることに抵抗を覚えたとか、そんなところだろう。山田さんが少し腰を浮かせたところを、俺は手で制した。
「いいよ。座っていて。……いくら現実に興味ないからって女の子立たせる趣味はないから」
「……す、すみません」
「いいよいいよ。……それより、もう高校には慣れた?」
「はい……まあまあは……」
頭上から見下ろす彼女は、どこか何かのアニメのように、一人だけキャラデザが凝っている、そんな風に見えた。……意識すんな俺。ただの後輩。ただの後輩。
「……そっか、授業とか、どう? 面白い先生いる?」
多分、察するに、山田さん、あまり友達いないんじゃないかな……。だから「友達できた?」なんて話題はしちゃいけない、そんな予感はした。
「……どうでしょうね……あ、笹塚先生が、私のクラスの世界史の担当で、その授業は面白いですよ」
あの顧問、山田さんのクラス受け持ったのか……変なこと吹き込まなければいいけど……。心配だ。
「笹塚先生は、授業面白いから楽しいよ。世界史は受けたことないからわかんないけどね」
「……ただ、笹塚先生、顧問だからってしばしば私のこと当てるんですよ……それがちょっと……」
苦笑いを浮かべつつそう語る。
「それは、諦めて……サブカル研の宿命だと思う……」
俺も何度政経の時間いじられたか……。
「あ、……今日、動画アップする予定なので……よろしかったらぜひ……」
いきなり新情報が飛び込んで来た。しかも俺にとっては目が飛び出るような。
「え? マジで? ……今日聞くからっ」
時期的にはそろそろかなと思っていたけど今日投稿か……嬉しいなあ。さっき月曜日は嫌いって言ったけど、今日は例外な。
「あ、ありがとうございます……土日に撮りためたので……」
その言葉を聞いて、俺は目の前に座っている少女が、マイクに向かって甘い言葉をささやいていると思うと……。
……はーい、何朝から不健全なこと妄想しているんですかー駄目だよー規制かかるよほらー。それに、ただの、後輩だって何度言えばわかるのこの馬鹿チンが。
「んんっ。と、とにかく……聞くから、ありがとう。待ってたんだ」
「なんか、……嬉しいです……たった十分くらいの、私の声を待っていてくれる人がいるのが……」
少したそがれるような、どこか穏やかに語り掛けるような、そんな声色で俺に言った。
「今までは画面の中でしか反応を見られなかったのが、……こうして直接見ることができるのが嬉しくて……それに、先輩、誰にも言わないでくれていますし」
そりゃああんなに監視されたら言えるものも言えなくなりますよ。もとより言うつもりはないけどさ。
「……私の声でも、誰かは待ってくれるんだって……」
最後に言ったそれは、ちょうど乗り込んできた通勤客に半分かき消された。でも、これだけはわかった。彼女も、また、闇を抱えているってことくらいは。
乗車率も上がってきて、俺の隣にも人が詰まるようになってきた。ドアの前はほぼスペースが無くなっている。乗っている電車が快速とは言っても、中野までは各駅停車なので名ばかり快速であるのに変わりはない。
「乗り換えるのは三鷹? 中野?」
「あ、私は三鷹で乗り換えます」
「オッケ―じゃあそうしよう」
俺はいつも中野で乗り換えているけど、今日に関しては座れていないから三鷹で乗り換えるのもありだな。三鷹は各駅停車の始発駅だから。
俺と山田さんを運んできた電車は三鷹駅に到着した。ここで電車を降り乗り換えだ。
ホームを並んで歩くと、ふと山田さんがこんなことを言い出した。
「なんか、変な感じですね……こうやって朝から並んで歩くって……」
……無心だ。無心。
「そーだねーうん」
エスカレーターを登り、反対側のホームへと向かう。
乗り換え先のホームに停車中の各駅停車に乗り込み、空いている座席に並んで座った。
三鷹まで着くとチラホラと同じ学校の制服を着た人が見受けられ、少しだけドキドキした。知っている人に見られると何かと面倒だなと思ったから。
実際問題、普段ぼっちでいる俺に話しかける奴なんてそうそういるはずもなく、しかもそいつがたまたま同じ電車の同じ車両にいるなんていうミラクルが起きる訳もなく、俺の心配は杞憂に終わった。
何はともあれ、一時間という長い通学時間を、山田さんとの会話に当て続けた俺のスタミナはかなり減っていた。
そして、何気なくホームボタンを押したスマホを見ると。
あ。……ラジオ止めるの忘れていた……。電池無駄にしちまったよ……。
まあ……いっか……俺に連絡よこす奴なんていないし、暇は読書で潰せばいいし。
山田さんと別れ、俺は一人自分の教室に入る。
あんな非日常的な通学をした後に、変わらない教室風景を見ると少し安心したりもする。
「なあ……お前の部活の新入生どうだよ」
「結構いいぞ、今年は都大会でも上位行けるかも」
「マジかっ、いいじゃん」
俺は構わず本を読み始めようとした。が。
背後からただならぬ殺気を感じた。恐る恐る後ろを振り返ると、怖いくらいの満面の笑みを浮かべた布田が立っていた。
「おはよう。中河原。今朝もお楽しみだったみたいね」
「……おはよう、布田、やけにいい笑顔だな」
布田は必要以上に大きな音を立てながら机にカバンを置き、俺に正対する。
「……最近、山田さんが入部してから凄く仲が良いみたいですねー」
「……はは、情報の出回りがはやいことで……」
俺は、額に嫌な汗をかいている感覚がした。事実、手を当てると、わずかばかりの汗が俺の手にまとわりついた。
「本当にただの後輩なの?」
「そうだよ」
「本当の本当に?」
「ああ」
「本当の本当の本当に?」
いやいやいや。距離段々詰まっていますよ。おーい布田―。落ち着いてくれー。
マジで。俺の精神衛生上これ以上近づかれたら警報鳴る。
鼻と鼻とがくっつきそうな距離まで布田は近づいてきた。くっきり見える目もとは明らかに怒っていて、これまたいい香りがするから反応に困ったりもする。
それに、朝から俺とこんなことしていると噂になっちゃうよー布田―。俺は気にしないからいいけどあなたはそうじゃないでしょー。
「……俺が三次元に興味ないことくらい覚えているだろ? 変わんねーよ。ほら、周りもこっち見ているし噂になったらお前も困るだろうからそろそろ離れろ布田……」
そう、俺が言ったとき。
「っ……中河原の馬鹿!」
俺の頬に力強い衝撃が走った。
右手で頬を抑えながら隣を見ると、さっきまで至近距離にいた女子の姿はもう教室にはいなかった。
頬がヒリヒリと痛み続けたのは、言うまでもない。
どうして怒っていたのかな……。
理由を探してみるけど、まさかね、と打ち消すようなそればかりで、有効な理由は思いつくはずもなく、ただただ残りの授業時間を悩みに費やすだけだった。
結局、朝の一件から一度も口をきくことなく放課後になった。
クラスメイトが散り散りになる中。
「おいっ……布田っ」
挨拶と同時に教室を後にしようとする布田に慌てて声を掛けてみるけど、足を止めることなく帰っていった。
「……何だよ……もう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます