第2章(2)彼女の不安のはじまり
まあ、本人の口から「誰にも言わないで下さい」って言われたし、隠したいのだろうな。まあ、そうだよな。普通、自分のチャンネル登録者が同じ高校にいると思わないしいたとしても知り合い、ましてや部活の先輩になるとは思わない。
山田さんにとっては想定外だっただろう。
気になったのは、山田さんも結構遠方から通学しているということ。俺や布田の八王子もなかなか遠いけど、彼女はさらにその上を行く高尾だった。
にしても、……サブカル研がリア充の男女比率になっている件について……そんなさあ、隣人部とか奉仕部じゃないんだから……。
まあ、違うのは男が三次元に興味がないということ。だから、三角関係とかは起こりようがない。安心安全のサブカル研ですね。痴情のもつれとかで殺人事件も起きないから大丈夫だな。うん。
「慧―ご飯よー」
リビングから母親の呼ぶ声が聞こえてきた。
「はーい、今行くー!」
さてと。
俺は読んでいた漫画を机に置き、部屋から出て行った。
「今日はお父さんのリクエストで餃子よ」
その言葉通り、食卓にはこんがりと良い色に焼けた餃子が並んでいた。いや、それはいいんだけど。
「で、リクエストした当の本人は?」
「今日も残業みたい」
「…………」
お疲れ様です、お父様。敬礼。
母親が味噌汁を茶碗についでいる間に、俺は炊飯器からご飯を茶碗によそう。それぞれの座る場所にそれぞれの茶碗を置き、いつもの椅子に座る。
「はい、味噌汁」
母親から熱い味噌汁が入った茶碗を受け取り準備完了。
「いただきます」
俺は、目前に並んでいる狐色に焼けた餃子に食いついた。
「そういえば、部活に新入生入ったの?」
「ん? 一人入ったよ」
うめぇ、餃子……。うちの母親、料理上手いからなのか、単純に俺の舌が単細胞なのか、家で食うご飯は基本美味しい。
「あ、そうなの? 女の子? 女の子?」
「そうだけど」
「え? 可愛い子?」
大学生の会話かよ……と内心ツッコミを入れる。
「まあ……客観的に見ても可愛いんじゃないの……?」
俺がみずな。さんを知っている、ということを抜きにしても、山田さんは可愛い部類に入る子だと思う。俺だって、いつか、あんな全身からふんわりオーラが流れ出るような子と……と想像してしまうことはなくもない。まあ、それを叶えるには俺が二次元にならないといけないけど。ま、二次元になったところで所詮俺はクラスメイトBで終わりそうだけどな。
「あら、あらあらあら」
何か「いいこと聞いた」みたいなニヤつき顔しているけど。
「いや……でも三次元だし」
「まーたそんなこと言って。三十過ぎてから結婚したくなって後悔しても遅いのよ。今のうちにいい子見つけておかないと」
ソースどこだよ……その情報。
俺はわかめの入った味噌汁を一口すする。
「そんなんじゃ魔法使いになるのも時間の問題よ」
「ぶっ」
突如放たれた爆弾発言。息子に魔法使いになるよって言う親がどこにいるんだよ。泣けてくる……。しかも食事中だぞ。味噌汁吹きそうになったし……。
「なあ、最近俺を吹かせようとしてる? タイミング良すぎない? この間も麦茶注いでるときにそんなこと言うし」
「あら? 気づいた? 親子の円滑なコミュニケーションよ。コミュニケーション」
「てへぺろ」みたいな顔をするな顔を。絶対俺に言われたからそう合わせただろ。そんな意図はどこにもない。何年あなたの息子やってきたと思っているんですかね。
「はいはい」
「あーあ、死ぬまでには孫の顔見たいなー」
「……結婚して数年経った息子に言う台詞だろそれ。今高校生の息子に言う言葉じゃないでしょ」
「細かいこと気にしているとモテないわよ」
いや、俺の言葉正論だよね? 間違ってないよね?
「っていうかモテないのは事実だから」
どうして自分で自分のライフ削る発言してんの? 俺……。
食事が半分くらい進んだ頃に、家の玄関のドアが開く音がした。
「あ、お父さん帰って来た。おかえりー! 先ご飯食べてるよー」
そう言いつつ母親は席を立ち仕事から帰って来た父親を迎えに行った。
ある種、幸せな光景だよなとも思った。俺に訪れるとは、到底考えられないけど。
夕飯も終わり、勉強も終わり、ある程度アニメも消化し、さて、もう寝る時間だなと俺は明日の授業の道具をカバンにしまう。歯を磨いて、両耳にイヤホンをセットし、スマホで動画投稿サイトを開く。
今日は何聞いて寝ようかな……。
俺はスマホ画面をスクロールさせていき、みずな。さんの過去作を漁っていく。勿論一度はどれも聞いたものだけど、何度聞いてもいい。
あ、今日はこれにしよう。
「……あの……いい、かな……君に耳かきしても」
さっき、幼馴染の話をしたら幼馴染モノが恋しくなったから、今日は幼馴染に耳かきしてもらって眠ろう。
俺は部屋の電気を消して、ベッドに潜り込む。
「どうしてここに? って……君のお母さんに忘れ物届けに来ましたって言ったら入れてくれて……」
「それより。今自分で耳かきしようとしてたよね。……君の耳かき見ていて危なっかしいから私が……やってもいいかな……」
「……いいの? わかった。じゃあ、ここ、頭乗っけて。はい。じゃあ、始めるね」
「はい、まず右からね……あれ……意外ときれい……こまめに掃除しているの……?」
段々と暗い視界につられ、意識が落ちていく。
そして走り出す、微かな刺激。
「え……やって、もらっている……? だ、誰に……? あ、ご、ごめん力入ったね……。そ、それで……誰に? ……え? お姉ちゃん? ……何だ、もう……驚かせないでよ……てっきり私以外の女の子にやって貰ってるのかと思ったよ……」
「……何慌てたのかって……言わせないでよ……馬鹿……」
「ホント……変わらないよね……君は。いつになっても。はい。奥行くから、動かないでね。痛い所あったら教えて。はーい……」
「お、張り付いている大きいのが……もう、少しで……取れたぁ……」
「そろそろいいかな……じゃあ、最後に梵天で耳をふわふわさせるね……え? 梵天って? ああ、耳かきについている白い羽毛のこと。ここにも名前が付いているんだよ」
「……気持ちいい? 君、梵天好きだもんね……いっつもこのときすごくいい顔するもん」
「それじゃあ、反対向いてね……今度は左だから。また、最初は手前の方からかいていくから」
そして、俺が身体を反対側に向けさせたところで、記憶が途切れた。
要は、眠りにつきました。
次の日の朝、俺はいつも通りの時間に家を出て、東中野駅に着いた。珍しく母親が寝坊してお弁当が作れなかったみたいで、お金渡すから適当に何か買ってと言われた。
なら、駅ビルにあるパン屋行ってみるかと、初めてその店に行くことにした。
なんか、パン屋に入るってだけでリア充的な何かを感じるのは俺だけだろうか。俺だけだね。何でもないです。
店内には多種多様なパンが並んでいて、俺と同じような客が朝のこの時間に買い物をしていた。
トレイとトングを持ってフラフラとうろついていると、ここ最近よく見かける三つ編みの子の後ろ姿を見つけた。
一瞬話しかけようかと思ったけど、こんなボッチオタクに話しかけられても迷惑だろうからそれはやめた。今日もボッチライフを満喫するべきなんだ、と結論を出すと。
「……あ、おはようございます」
……はーい朝から監視ですかー? おはようございまーす。
さっきまで背中を向けていた山田さんはいつの間にか俺を見つけていたらしい。穏やかな笑顔の花が俺に向けられ咲かれる。
「お、おはよう、山田さんはいつもパンなの?」
「はい……いつも、お弁当、作る時間なくて……」
例のごとく、俺にしか聞こえないような大きさの声で話す山田さん。
「……そっか、俺は今日母親が弁当作り損ねて」
そう簡単に会話をして、レジに並んだ。俺はクロワッサンとメロンパン、山田さんはサンドイッチを買い、店を出る。
二人して並んで歩く朝の通学路。あれ? この光景もリア充じゃね? んんん? おかしくないかい? どうしたここ数日の俺。
「……学校は、慣れた?」
って俺は山田さんの親かよ。会話の種見つけるの上手い人って何してんだろうな普段は。
「…………」
あ、だんまりなのね。はい。じゃあ、俺も無理に話すのはやめておこう。お互い無駄にライフを減らしたくないしね。
さっきも言ったように、朝から二人で通学するのは、仲が良いか、たまたま電車が同じになったかとかそんなところだろう。どっちにしろ、なんらかの会話は生まれて然るべきなのだけど。俺と山田さんはそうはいかない。……どっちも何も話そうとしない。
喧嘩中のカップルか。
同じ制服を着た人達が俺等をどんどん追い抜いていく。そんなに早くないペースで、学校に向かっているからだ。まあ、複数人で歩くと必然的に一人で歩く時よりペース落ちるよね。俺もいつも追い抜くよ。
そんな奇妙な時間は背後からきた鈍い衝撃と共に終わりを迎えた。
「おっはよう中河原ぁ。朝から仲睦まじいかぎりですねぇ」
「痛ぇ!」
思いっきり背中カバンで叩かれた……。
「何すんだよ布田」
後ろを振り向くと、あからさまに頬を膨らませた布田が立っていた。
「べっつにー。ただなんとなく」
「なんとなくで人に危害を加えるんじゃねーよ……」
「あ、山田さんおはよう」
「……おはようございます」
そして、俺と山田さんの間に割って入るように歩き出した。
「……おいおい、俺と山田さんに対する当たりに差がないかい?」
別にいいんだけどさ。
「そりゃあ山田さんは可愛い後輩だからだよ。誰が中河原に優しくするっつーの」
ツンツンしてんな……何かあったのか?
「……はいはい」
その後、俺にとっては更に奇妙な組み合わせの朝の登校になり、いつもよりライフが削られたことは言うまでもないだろう。
はぁ……疲れた……まだ朝なのに……。
朝のショートホームルームが終わり、一人机の上にだらしなく突っ伏す。さながらぼっちですね。あ、事実か。
まあ、いい。たまにはそういう日もあるだろう。俺は俺のぼっちライフを送るだけ。
そんな矢先。
ツンツン。
俺の脇腹を誰かつついているみたいだ。クラスにそんなことしてくる奴は一人しかいない。
「……なんだよ、布田」
案の定、片手で頬杖を突きながら脇腹を布田がつついていた。
「あのさ、中河原と山田さんってどういう関係なの?」
俺を真っすぐ見つめながら言葉を投げてくる。一時間目まであと数分。
……やり過ごそうかな。でも、きっと何度でも聞いて来るだろうな。それはそれで面倒くさいな……。
「別に。この間初めて会った後輩だよ」
この際「この間」がいつなのかは誤魔化させてもらおう。本当のこと言うと「中河原サイテー」と言われるから。それはそれでまた面倒。
「にしては、下校や登校が一緒になるくらいの仲の良さみたいだけど?」
食い気味に、さっきよりも少し身を乗り出して問い詰める布田。どうしたどうした。そこまで慌てて聞くようなことか?
「たまたまだよ。山田さん、家は高尾みたいだし、方向一緒だし」
「私も方向同じだけど? なんなら同じ駅だけど?」
……そうですね。理由になりませんね。正論です。はい。
俺が返すべき言葉を探す間、布田の切れ長の目が揺れるのが見える。片目を隠す髪から、心地よいシャンプーの香りがしてくる。
「……たまたま一緒になったから」
「私の場合一緒に帰ろうって誘ってまでいるんだけど」
ねえ、どうしろと? 俺にどうしろと? 浮気を追及されている彼氏ですか? 俺は。
彼女できる前に体験しちゃったよ。
さて、どうしたものか。でも動画投稿していることは内緒にしないといけないから、どうしようもないんだよなあ。
「まあ、後輩には優しくした方がいいかなあって」
嘘とも本当とも言えない理由をでっちあげて、俺は布田の質問責めから逃れる。すると一応納得はしたのか、布田は黒板の方に視線を向け、返した。
「ふーん、中河原にもそういうまともな感性が残っていたんだね」
「……お褒めにあずかり光栄です」
「じゃあ、しばらく山田さんと帰っていればいいのよ。バーカ」
何が馬鹿なの? わかんねーな布田の言うことは。
校内に始業のチャイムが鳴ると同時に一時間目の数学の教師が教室に入って来た。
「席につけー。授業始めるぞー」
どこか、機嫌が悪そうな布田を隣に、俺は今日も授業を受け始めた。
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