第2章(1)三次元に興味ないから、

 大体のライトノベルはメインヒロインが主人公とエンカウントするとストーリーが動き始める。

 これは俺の経験則だけど、あれ? だとしたら幼馴染って負けヒロインしかあり得なくねーか? そんなことはあってはいけない。だから今の仮説はアウトだ。幼馴染ヒロインは正義だ。毎朝起こしに来てくれる子も正義だし、毎日お弁当を一緒に作ってくれる子も正義だ。何が言いたいかというと、幼馴染欲しい……。それに尽きる。ただし、二次元に限るが。

 俺の人生は別にライトノベルではないから、山田さんがサブカル研に入部したからといって何か特段大きな変化は起きないと思っていた。

 

 山田さんが入部届を持って部室に現れたとき、一番驚いていたのは布田だった。「誰なの? この子。中河原の知り合い? それとも何か弱みでも握って脅したの?」なんて問い詰められたのは忘れがたい記憶だ。

 まあ、弱みと言えば、弱みなのかな……。山田さんは動画投稿していることを学校では教えていないみたいだし、だからこその「どうして……その名前を?」っていう反応だと思う。

 それに、入部届を顧問に渡しに行くのに付き添ったとき。


 *


「……あ、あの……聞いて、くれているんですか……? 私の動画……?」

 旧校舎にある職員室に向かいながら山田さんはそう聞いてきた。俺は後ろを歩く彼女の方を向きながら答える。

「うん。チャンネル登録しているよ。いつも、睡眠のお供にさせてもらっている。みずな。さんの声で」

 一応すれ違いがないよう、ここでも名前を言っておく。その反応に照れたのか、顔を赤く染める。

「……あ、ありがとうございます……そ、それで……一つお願いがありまして……」

 耳に残る特徴的なアニメ声。俺が惚れた声の持ち主が、俺の後ろを歩いている。

「うん。何?」

「……その、勝手なお願いとはわかっているんですけど……」

 顔を少し朱に染めつつ話し始める山田さん。

 そして、職員室のドアの前にたどり着いた。

「……私が動画投稿していることは、誰にも言わないでもらえませんか……?」

 彼女の方を振り向き、顔を見つめる。

 まるで一世一代の告白でもした後のように顔は火が点いたかのように赤くなっている。

「……お願いします……」

 そして、彼女は俺に向かって頭を下げた。俺の視線に、ほんわか女子高校生のうなじが入って来る。あ、やべっ……一瞬ドキッとしちゃった……ってちょっと待て待て。

 何この状況? 何頭下げさせているの? 最低なの? 馬鹿なの? 爆発した方がいいんじゃない?

「あ、わ、わかった、誰にも言わないから頭上げて」

 俺が慌ててそう返すと、彼女はゆっくりと頭を上げて、言った。

「……ありがとう、ございます……」

 ふと、目と目が合う。優しい雰囲気のする垂れ目から、小さな微笑みが漏れ、背景にはただの学内の掲示板が貼られているだけのはずなのに、どこか緩やかな一面の花畑が広がっているような、そんな錯覚に襲われた。

 ……何、今の感覚……。

 しばらく呆けてから俺は気を取り直し職員室へと入った。

「失礼しまーす」

 顧問は……いるいる。

 俺は、山田さんを連れて、顧問の先生のデスクへ向かう。

「笹塚先生、入部希望の一年生が来たので、入部届を出しに来ました」

「おう、中河原か……お前、何か弱みでも握ってんの?」

 ……どうして俺の周りには俺が可愛い子と一緒にいるだけでそんなことを考える人しかいないのか。いや、わかっているよ、自分のせいだよね。はい。

 顧問の笹塚先生は、四十代の政治経済の先生だ。見た目はがっちりしているから第一印象は怖く感じるけど、話してみると面白い先生で、授業も面白い。まだ数回しか受けていないけど。

「……別にそういうわけじゃ。僕が可愛い子連れて来ちゃダメなんですか?」

 先生は持っていたマグカップを置いて入部届を山田さんから受け取る。

 マグカップ、その見た目でヌスーピーかよ……。

「いやーだってあからさまにリアルの女には興味ありません、って雰囲気授業中から漂わせていればなあ」

 ハハハと笑いながら先生は山田さんの方を一瞥する。

「あ、サブカルチャー研究会の顧問、笹塚ささづかです。ほぼ部活には顔を出さないから、言ってみれば名ばかり顧問って奴だ。まあ、よろしく」

「……は、はい……よろしくおねがいします……」

 基本静かな職員室でも聞こえるか怪しいような、そんな消え入る大きさの声で彼女はそう返事した。

「で、布田とは仲良くやってんのか? 中河原」

「ボチボチですけど」

「まあ、布田もかわいそうにな、こんな可愛い後輩入部しちゃって、気の毒に」

 先生は、俺にしか聞こえないように、というか、聞かせないように呟いた。

「……じゃあ、出しましたから、もう失礼します」

「ああ。じゃあな。明日の授業、中河原当てるから」

「それ、職権乱用ですよ」

「まあまあそう言うなって」

 そうして、俺と山田さんは職員室を後にした。

「あんな感じだけど、悪い先生じゃないから」

「は、はい……」

 しばらく無言で歩き、部室へと歩を進める。

 外から夕陽差し込む渡り廊下。オレンジ色に着色された道は、少し幻想的で。

 あいのかわらず聞こえてくる部活動の音。

 ん? このシチュエーション……どっかで……。

「あ、遅いから先帰る所だったよ、中河原」

 突然なだれ込んで来た新しい声。新校舎側から聞こえてきた声の主は、布田だった。

「遅かったのは、何か山田さんとしていたからなのかな?」

 最初に部室に入った段階で自己紹介は済ませている。布田は少し笑い飛ばすように続きを繋げた。

「なーんて、二次元しか興味ない中河原がそんな意味ありげなことするわけないか」

 ったく、どいつもこいつも。はいはい。わかっているよ。俺のせいだね。

 それに、事実だし。

「わーったわーった。俺も部室戻ったら帰るから。じゃあまた明日な」

 俺はそれだけ言い残し、布田の横を通りぬけた。


 部室に戻り、置いていた荷物を持つ。

「俺はもう帰るけど、山田さんはどうする?」

「わ、私も……帰ります」

「わかった。じゃあ、鍵は俺が職員室に返しにいくから、先帰っていていいよ」

 俺はそう言い、窓や電気その他諸々の確認をする。その間に山田さんには帰ってもらおうと思ったのだけど。

「……あれ? 帰らないの?」

 俺が全ての確認を終えても、山田さんはカバンを持ったままドアの前に立っていた。

「…………」

 あーはい。わかりました。見張りですね。はいはい。

「見張りなんかしなくても、山田さんのこと話す友達、俺いないし大丈夫だよ」

 と、一応先輩の威厳(?)を見せるためにもそう言っておいた。

 それでも立ち止まったままの山田さん。

「……うん、わかった。一緒に帰ろうか」

 まあ、二・五次元だから……浮気ではない。うん。何気にみずな。さんと一緒に下校するって相当なシチュだぞ。一部界隈からは殺されそうな。

 そうして二人一緒に部室を出て、職員室に部室の鍵を返してから、生徒玄関に向かったのだが。

「……どうしてお前がここにいる」

「あ、遅いよ。中河原。部室戻ったらすぐ帰るって言ってたじゃない」

 そこには、玄関前で立っている布田の姿がいた。

「っ、それに……山田さんも一緒なんだね」

 一瞬布田が言葉に詰まった。俺の背中からひょこっと顔を出した山田さんの姿を見たからだろうか。

「へー、私と帰るのは嫌がるくせに山田さんとは帰るんだーそっかそっかぁ」

 あれ……なんかこういう子見たことあるぞ……これ、怒っているパターンか?

「なら、私は先帰るから。どうぞ二人で仲良く帰って下さい。じゃあね」

 もう怒ってるじゃん……。まあ、布田が俺に何か怒るのは日常茶飯事だからいっか。

 そして、布田はプリプリと怒りながら、それでいてどこか寂しそうな背中を見せながら学校の敷地を出た。

「……帰ろっか」

 後ろに隠れるように立っている山田さんに言い、俺等も家路についた。


 *

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