第1章(4)二・五次元
みずな。さんに出会ってしまった俺は、しばらく呆けていた。二次元で描かれれば、口から「プシュー」と何かが漏れ出すような、そんな感じ。
……みずな。さんが、俺と同じ高校に通っている……? そんな偶然あり得るのか? ラノベの読み過ぎで妄想が入っているんじゃないのかとすら思った。
でも、俺が聞いたあの声は、間違いなくみずな。さんのそれだった。
あの特徴的な甘いアニメ声。どこか妹的・後輩的な何かを感じさせるような、保護欲を掻き立てるような声。
それに……結構可愛かったな……一瞬しか顔見られていないけど、ふんわりほんわかした雰囲気が漂う穏やかな表情。
あれ……? 俺、二・五次元とかはいける口なのか? 舞台とかはまあ面白いと言われれば見るくらいのレベル。別に毛嫌いしているわけではない。でも。
……彼女は、三次元のはずなのに……どうして嫌悪感が湧かない。
もう、声を聞いた段階で彼女=みずな。さんの方程式が成り立ってしまったのだろうか。だから。
……中河原っちょっと、中河原っ。
「中河原!」
「お、おお?」
布田に大声で呼ばれて我に返る。
「どうするの? 帰るの?」
蛇口からホースを外している辺り、もう水撒きは終わったようだ。
特にこれといった片付けは必要ないので、帰ろうと思えばもう帰れる。
「……別にやりたいこともないし、帰るよ、俺は」
そして、俺は花壇横にあるベンチに置いてあったカバンを持ち、正門に向かって歩き出した。
すると、俺の後を布田がついてきた。
「……何」
「別に、どうせ帰る方向同じだからついて行ってもいいでしょ」
……帰る方向が同じも何も、布田の最寄りも八王子駅だ。同じ中学校通っていたんだから。
「何よ、何か不満?」
きっと内心思っていた気持ちが表情に出たんだろう。「面倒くせー」って。
「……好きにしろ」
そう毒づき、俺は校門を出てここから五分の所にある東中野駅を目指した。
左手に中央線の線路を背負いながら、右にはなぜかついて来る布田を連れて(いや、正確にはただついているだけなのだが)、ビルが立ち並ぶ道を歩いていく。少し歩くと山手通りと呼ばれる大通りに出る。その通りを横断すると、東中野駅西口に入る。西口の駅ビルには本屋やスーパー、そして朝の登校の時間から営業しているパン屋などで賑わってる。放課後、リア充三次元共はここに寄ったり新宿に出て遊びにいったりするのかもしれないけど、俺は構わず家に向かう電車に乗り込む。
ぴったりついてきた布田はおもむろにこんなことを聞いてきた。
「中河原って、放課後どこか遊びに行ったりとかって……」
当たり前のように俺の隣のつり革につかまった布田が尋ねて来る。視線を手持ちのラノベに向けたまま俺はすぐ返す。
「俺がそういうことするような人間に見えるか?」
「ごめん……そうだね」
「謝るな、切なくなるだろ」
「あ、ならこれから中野で何か寄り道していくとかは?」
電車が隣の中野駅に到着する瞬間、布田は何かいいことを思いついたというような声色で提案してきた。
「は? なんで」
「……いや、別にたまには中河原と寄り道してもいっかなーって」
「……布田が良くても俺は良くない。俺は二次元に生きると決めたから三次元と寄り道とか背信行為だ。んなことできるわけないだろ」
ドアが開き、ホームに降りる。当然、改札に向かうわけはなく、そのまま快速のホームに移り、乗り換える。そこにピッタリ布田はついてきた。
ああ、しつこいな。
「……寄り道したいなら布田だけでも行けばいいだろ」
すると、布田は言葉に詰まりつつ、片足で地面を蹴りながらどこか恥ずかしそうに言った。
「……それじゃあ意味ないじゃない」
「……デレても俺はついて行かないからな」
しっかり布田が建てたフラグを折り、俺は構わず止まっている快速電車に乗り込み空いている座席に座る。
これがツンデレのデレであることくらい俺にはわかる。普段当たりがそこそこ強いのにこういうときは素直になる。間違いなくデレだ。でもな。
三次元のツンデレとか迷惑以外の何物でもないし。
「なら……帰る」
「……そうですか」
そして、俺の隣に座り、スマホをいじり始めた。スマホを見つめる大きな瞳は少し冷めていて、肩に零れている長い黒髪が表情を少し隠す。
「……明日は友達と遊びに行くから部活は行けない」
「そっか、わかった」
まあ、布田は友達が多いから、こうして放課後遊びに行くと言い部活を休むこともある。別に構わないけど。
それに、布田にとっても俺みたいなカースト底辺にいる奴よりも、自分の友達と関わる方がよっぽど生産的だ。
こんな、本しか読まないで人と関わらないような奴と関わるより。
俺と関わると布田も何を言われるかわかったものじゃない。布田のことは嫌いだが、本人の意図と関係ない所で布田に変な言いがかりをつけられるのはいい気がしない。なら、初めっから関わらなければいい。
隣同士座っている俺と布田だが、そこに会話は生じない。
そう、それでいい。それでいいんだ。
俺は意識を再び持っているラノベに向ける。
本を読んで過ごす帰りの電車は、あっという間に過ぎていった。
「……じゃあ、また明日」
東中野駅とは一変、不機嫌そうな顔をしつつ布田はそう言い別れた。髪で少し隠れているのにわかるのは相当なんだろう。布田は駅で買い物して帰るそうだ。その際、俺を誘わなかったのはいい傾向と言えるだろう。
もっとも、地元で「中学時代浮いていた」俺を誘って寄り道できる奴なんてそうそういないだろう。というかいない。言っていて悲しくなるけど。
取り敢えず、これで俺は晴れて一人になることができた。
隣に誰もいないのは、妙に安心する。
こんな奴の隣に、人はいらない。
家に帰り、いつも通り録画したアニメを見始める。
部屋のモニターには画面いっぱいに美少女が映りこむ。
「ああ、今日も可愛いな……」
もし、こんな子と一緒に過ごせたら、どんなに幸せだろうか。
叶わないと分かっていても、そんなことを考えてしまう。
それをある意味妥協したのが二・五次元なわけで。
で、今日のあの子は言ってみれば二・五次元なわけで。
あの子に感じた印象と今俺が画面に写っている子に感じている印象、何が違うのだろうか。
あの子なら……。
なんて、そんな都合のいいことを考えてしまう。
が、俺はすぐに首を大きく振り、そんな思いを断ち切る。
二・五次元とは言え、彼女は三次元。ということは嘘があるということだ。
でも……もしかしたら。
ま、いいや。また会うことはないだろうし、みずな。さんも、たまたま視聴者にあったくらいで付きまとわれたら迷惑でしかないだろう。
うん、とりあえず俺から接触するのは控えよう。
そう結論づけ、俺は再び画面の中の女の子を見て「可愛いー」と呟いていた。
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