第1章(1) 二次元と三次元

「でさー昨日のカラオケであいつ何歌ったと思う?」

 世の中の人間は二つに分けることができる。

「えー? 何歌ったの?」

「アニソン」

「ウケるーマジで? あいつあのメンバーでアニソン歌ったの?」

 二次元と三次元だ。

 今教室でこんな会話をしているリア充共は勿論三次元。

「今日の部活筋トレだってさ……」

「えー? マジかよ……だりぃ……」

 今日の部活の話題を話している青春野郎も三次元。

 そして、朝っぱらからこんな冷めたこと考えている俺も、三次元だ。

 俺、中河原慧は都立東中野高校に通う二年生だ。因みに、俺は朝の八時から教室にいるが、八時二十三分現在、俺に話しかけた人は一人もいない。その間、俺はただ音楽プレイヤーで今期アニメの主題歌を聞きながらラノベを読んでいた。

 つまるところ、俺に友達はいない。いや、ほぼ、と言った方がいいだろうか。少なからず他のクラスにオタクの話題で盛り上がる知り合いはいる。まあ、文系理系別れてクラスが別になった今、あちらさんが俺を友達と思っているかどうかなんて知らないが。

 そんなことを思っていると、いきなり後頭部に衝撃が走った。

「痛っ」

「まーた朝からエッチな小説読んでるーそれに聞いているのもどうせアニソンでしょ? 中河原」

 どうやら俺はこいつにバックで頭を叩かれたみたいだ。

「……何の用だよ、布田」

 俺は声の主の名前を呼ぶ。でだ。俺が読んでいるのはエッチな小説ではない。ライトノベルだ。ま、言わないけど。

「何か用がないと話しかけちゃいけないの?」

 布田は黒髪ツインテールを揺らしながら少し怒気を含ませそんなことを言う。切れ長の目から少し刺すような視線が俺に入って来る。

「……いや、別に」

「……今日は部活行くから」

「ん」

 そして、布田は俺の隣の席に座り、カバンから教科書などを机の中にいれていく。

 このいきなり俺の後頭部に衝撃を与えたり、若干ツンが入った対応を見せたりするこの女は布田朋花。小中高と同じクラスで、なぜかいつも絡まれる。挙句の果てには俺と同じ部活に入っている。

 そして、俺が現在唯一関わっている女だ。母親を除いて。

 当たり前だが、こいつも三次元だ。

 そして、俺は布田が苦手、というか半分嫌いだ。

 というか、まあ、三次元の女なんて所詮嘘まみれだって思っているから布田だろうが何だろうが多分嫌いだ。

 俺には二次元の女の子さえいればいい。

 そんなポリシーを再確認して、俺は再び意識を手の中に収まっているライトノベルに戻した。


 そして、迎えた放課後。朝の布田との会話以外一度もコミュニケーションを取らなかった俺は、足取り早く自分の部室へと向かった。

 俺の通う東中野高校は、生徒に部活動への加入を義務付けている。正直早く家に帰ってアニメを消化したい俺にとっては面倒極まりない制度だ。でも、中学の奴がほとんどいなくて、しかも俺の頭でも入れる都立高校はここくらいしかなかった。

 でも、部活強制をしているだけあって、部活の種類は豊富だ。某「私気になります」さんがいる高校並に豊富だ。

 そんな俺が入っている部活は、「サブカルチャー研究部」だ。部員総数三名。一人は俺。もう一人はなぜかいる布田。そして最後の一人は幽霊部員。

 ま、要するに俺と布田の二人って訳。

 一般教室の集まる旧校舎から部室が集まる新校舎に移動する。それぞれ青春を謳歌している三次元を尻目に渡り廊下を歩いていく。ふと、廊下のある二階から一階のゴミ回収所に視線を移すと、一人の女子生徒がゴミ箱に入れてあるゴミを回収所に入れていた。靴の色からして、一年生か。

「…………」

 俺は三つ編みの髪の一年生から視線を戻し、部室棟の奥にあるサブカル研の部室へと歩を進めた。


「で、……そんなに退屈そうにするなら帰ればいいだろ、別に部活に入るのが強制なのであって出るのは自由なんだから」

 俺は部室で退屈そうにスマホをいじっている布田にそう言う。

「別に。私はここにいたいからいるだけだから」

 むすっとした顔で返してくる。

 このサブカル研。何をする部活かと言うと、表向きは「サブカルチャーと定義されているいわゆるオタク文化の研究を通じて現代日本の文化の変化を研究する」ということになっている。まあ、実際はただ部室で本読んだり今期のアニメについて語り合ったりするだけ。どのしろ、オタクじゃないといる意義が見当たらない部活だ。

 で、俺の目の前に座っている布田は、オタクではない。

「……なぁ、お前も知っているだろ? 同じ中学だったんだから、俺は三次元の女は嫌いだってこと。なのにどうしてわざわざ俺と同じ部活に入ってんだよ」

 今だってそうだ。普通の男子高校生なら、女子と同じ部活で二人っきりていう状況になったら、何かは意識するだろう。別にそうなることを否定する気はない。でも、俺は目の前にいる三次元の女よりも、その肩越しに見えるアニメキャラクターのタペストリーに意識が向く。本棚の上に飾っている二次元アイドルのフィギュアに視線が行く。

「……いいでしょ。私の勝手でしょ」

 再び不機嫌そうな声で布田は俺に返す。

「ならいいけど。でも明日は実験の日だからな。別に無理して来ること……」

「行くから、馬鹿」

 何か速攻で馬鹿って言われたんですけど。え? 何これ怖い。三次元怖い。

 そんなことはさておき。実験とは、サブカル研が月一で行っている活動のこと。一応生徒会に真面目に活動しているよということを示すために、歴代の部員たちは二次元のなかでよくある定番シチュエーションを実際に体験してみることをやってきた。これがさっきの表向きの活動と何に関係するのかピンとこないけど、これをこなしていれば生徒会から文句は言われないのだから楽な話だ。

 今月、四月の実験は、「ホースで水を撒く」だ。

 意味わかんないだろ? 俺も企画していて意味わからん。でも、実際やってみると結構楽しかったりする。ああ、俺、今あの作品のあいつと同じことやってる! っていう感覚になれるし。

 で、今月は校舎にある花壇に水をやるというボランティアのついでに実験をすることになった。ただ水撒くだけじゃ怒られるだけだし、漫画とかでも水撒くときに何か理由はあるから問題はない。

「……なら、明日は部室じゃなくて渡り廊下の花壇前に集合な」

 まあ、来ると言うなら事務連絡はしないといけない。

「わかった」

 そして、この日は下校時間になるまでそれから一度も俺と布田は会話をしなかった。

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