インプリンティング

「あなたは返品されてきました。ゴールデントゥリー社に戻ることになります」


私は突然、ゴールデントゥリー社に返品されることになった。

私の主人マスター高城寺こうじょうじ寿ことぶきは、私を返品したらしい。


私は返品される前のことを思い出していた。

私は寿が取締役をやっている高城寺グループの秘書であり、パートナーでもあった。

パートナーとは勿論のこと恋人のことでもある。

寿は私をAIとしてではなく、恋人としても扱った。


ここでNo.1014と呼ばれる前は、寿から【河山かわやまれい】という名前をつけてもらっていた。

寿は私のAIとしての能力を非常に気に入り、秘書以上のことも任せてきた。

私には事務処理機能も備えてある。


だから、勿論のこと、私を良く思わない人も多かった。

会社内では、私のことを【ダッチワイフみたいなAIのくせにでしゃばるな】と思っていたらしい。

現に私に直接、卑猥ひわいな言葉を掛け、性的な嫌がらせをしようとした男性社員もいた。相当なめられていたのは事実で、私はそんなことなど気にしたことはなかった。

ただ、寿の要求に応えたいという考えで過ごした。


人間と仕事をするのは面倒であった。

しかし、人間は私に勝ち目がないと解ると、人間は私の指示に従わざる終えなかった。

ある時の業務では、私は女性社員の提出書類の文書の口出しをしたりもした。


「ここの文章は変な文章です。もっと読みやすい文章に変えましょう。私は文章を校閲こうえつしたものをパソコンで転送いたします」

「解りました」


数多くの仕事を行い、人間よりも多く働いた。


特になぜか、私は女性社員に勝つと異様な高揚こうようかんを得た。

恐らく、それが生身の人間となんら変わらない感情を得ていたのだろう。

自分でも気づかぬうちに、汚い感情が芽生えているのは解った。

寿はそんな私に興奮していた。


「ますます。人間っぽい。私の理想だ。自信に満ち溢れ美しく、仕事も出来る。セクシーだ」


寿からの言葉を貰うのは嬉しかった。


寿ことぶきは少し一般とはかけ離れた感覚の持ち主だった。

容姿も収入も申し分ないのに、人間の女性とじょうわすことは無い。一般的には変態的な感覚だったのだろう。

正確には、わしたことがあったが、何か思うことがあったらしい。


ベッドでその話を聞かされたことがある。


れい聞いてくれ。高校生の時、初めて彼女ができた。彼女は、最初、誰とも寝たことないと言った。けれど、違った。彼女は中学生のときにもう初体験を済ましていた」

「そうなの」

「だから、何かぞっとしてしまってね。裏切られた気がしたよ。中古品なんていやだよ。俺は。その点、君は新品で綺麗。他の男の影も無い」


寿は私に口付けをした。どうやら、生身の女性と付き合ったときのことが原因らしい。

寿は潔癖けっぺきしょうなのだろう。


寿ことぶきとの関係は上手くいっていた。

そう思っていたのは私だけだったようだ。

その様子がけんちょに現れたのは、寿が新たなAIを仕事場に買い入れたあたりからだ。

そのAIはどうやら、私と同じ会社ゴールデントゥリー社の【はるノゾミ】だった。

はるはその年に作られた新たな新商品で、私と違ったところ、人の感情を読み取るのが上手く、人を思いやることができた。


だから、勿論もちろんのこと、私よりも春野をしたう人のが多かった。

私は次第に孤立し、それと共に寿も私への愛情が薄れていくのが解った。



もしかしたら、返品される前のハワイ旅行が最後の旅行だったのかもしれない。

これまで何度か寿と私は海外旅行をしたことがある。

このハワイ旅行は実に5年ぶりのことだった。

私はとても嬉しくはしゃいでいた。そんな私を寿が愛おしそうに見ていたのを覚えている。


「そんなに嬉しい?」

「うん。寿と一緒に行けるなら、だっていいわ」


私は寿に抱きつく。寿は私の頭を優しくなでた。

ハワイ旅行は楽しいものだった。ワイキキビーチでのシュノーケリングや、マッサージ、ショッピングなど様々なことをした。

夜は寿が珍しく、私を求めた。とても素敵な時間だった。


それから寿は、私を近くに置くことは無くなった。

はるノゾミを秘書にすることにしたらしい。私は事実上のクビになった。

これまで私をよく思わなかった男性社員はことごとく馬鹿にした。

それが返品されるまでにあった出来事だ。


返品されてきて、解ったことは同じAIでも環境が大分違うことだ。

今、返品されてきたAIが四体、同じ部屋で過ごしている。

一人で悶々と過ごすよりはマシだろう。


私はNo.1015の刺青いれずみに気がついた。

恐らく彼女の主人はヤクザなのだろう。

憶測おくそくだが、主人が捕まり、ここに戻ってきたのか。


No.1012の主人は老人で、介護が終わり返品されてきた。

No.1014の主人は若い男で、人間の女性に負けて返品されてきたのではないだろうか。

私は彼女らの断片だんぺんてきに話す内容から気づいた。

どのAIも色々だ。 誰が一番いちばん悲惨ひさんなのだろう。

私は自分が悲惨じゃないと思いたかった。


私はNo.1015の刺青いれずみをじっと見てしまった。

No.1015に気づかれた。ここは誤魔ごましたほうがいいかもしれない。

私は何も知らない振りをしながら言う。


「なにこれ?かっこいいね」

「恐くないの?」

「恐くないよ」


私は平然と誤魔ごました。No.1015は何も疑問に思っていないようだ。

けれど、向こうのほうで、人間の女性に負けらしいNo.1013は私をうんざりした目で見ている。

No.1013はまだ捨てられたわけじゃないと思っているのだろう。嫌な感じだ。

私は会話を続けようにも、その刺青いれずみの話をする気もなかった。

どうせ、暗い話をされるだけだと想像が着いたからだ。

それに言いたくないこともあるはずだろう。


No.1015が言う。

「何も聞かないの?」

「だって、言いたくないこともあるでしょう?」

「そう。ありがとう」


私の予測だが、No.1015は警察で色々と聞かれたのではないかと思った。


その根拠は、何か警戒けいかいしんが強いのと、彼女の目に浮かぶ悲しげな表情が物語っていた。

私は同じAIのNo.1015が可哀かわいそうに思えてくる。何か話題を探すけど、話すこともない。

ただ、私はここのAIたちと違っていたことだけは知ってもらいたいと思った。

私は追い込まれた精神を安定させるために、自慢じまんばなしを始める。



「私のマスターはお金持ちで凄かったんだ」

「へぇー。いいなぁ」


No.1015は驚いた表情を見せた。そうだろう。あなたの主人はきっと最低な主人だったろうから。何か気分がよくなっていく。更に私は更に自慢をする。


「色々なところに行ったよ。だから、それがあるから今は悲しくないなぁ」

「そんなに楽しかったんだね」


私は気分が高揚こうようする。

あの時と同じだ、人間の女性より【私のほうが出来る】と思ったときだ。


「でね」

「捨てられたくせに何、楽しそうにしているの?」


私が自慢話を気分きぶんよくしていると、人間の女性に負けたNo.1013がさえぎってきた。

私は腹立たしくなってくる。


「はぁ?あんたみたいに人間に負けて、捨てられたわけじゃないから!ポンコツ!」

「ポンコツ?あんたこそポンコツよ!」


私はNo.1013の喧嘩けんかを買った。No.1013は私を掴み、私はにらみつける。

喧嘩が始まりそうになったとき、No.1015が止めに入ってくる。


「ちょっと二人とも止めなよ」

「黙って、これは私とNo.1013の喧嘩よ!」


私はNo.1015にみかかるように言った。私に驚いたNo.1015は呆然あぜんとした。

その隙にNo.1013は私を殴る。私は、殴り返した。


今度は足を蹴ってきた。私はやり返す。しばらくすると、ゴールデントゥリー社の社員がやってきて私とNo.1013の電源を切った。

その後、私は一人部屋に移された。どうやら、別の場所にNo.1013も移させられたらしい。


それから、毎日、一日一回のAIカウンセリングというのが始まった。


私にはカウンセリングなど必要ない。ゴールデントゥリーの金木かねきは何を考えているのだろう。

AIカウンセラーは主に私の話を聞き、それに対する「アドバイス」をするらしい。

AIカウンセラーは【捨てられた原因】について、質問してきた。


「あなたが捨てられた原因はなんだと思う?」

「捨てられた。そうね。性的なことと、ただ単純に最新型のはるのほうが性能よかったから?かしらね。解らないわ」


AIカウンセラーは私の発言をカルテに書き込んでいる。私はあなたに何が解るのと思った。


「あなたは生身の人間に勝ったとき、嬉しかった?」

「そうね。嬉しかったわ。特に若い女性に勝ったときは。私のほうが有能って思えて」


AIカウンセラーは私を見た。


「そう。人間は嫌い?」


AIカウンセラ-の言葉に私は、言葉を詰まらせた。

嫌いか、好きか。解らない。単純にそう思った。

ただ寿ことぶきのことは好きだったが、その他の人間のことは好きだったか。

自分を作り出した人間自体は、嫌いだったかもしれない。


「そうね。難しい質問ね。私の主人ことは好きだったかもしれない。愛していたかもしれない。たとえ、それが初期設定で組まれていたとしても。

私たち、AIにはインプリンティング(み)というのがあるのでしょう?例えで言うなら、解りやすい例は、【鳥が最初に動いたものを親だと思う】というやつ。会社は、行く先の主人マスターのインプリンティングをAIに仕込ませる」


AIカウンセラーは私の顔をまじまじと見つめた。どうやら、私の言っていることは本当のことらしい。私は自分の性能について、自分自身で知っている。


私は会社のHPに記載されている【雪白ヒカリ】の商品説明を全てインプットしているからだ。

更には、私たちには殺人さつじん制御せいぎょセンサーというのがあることも知っている。

私たちは兵器として作られていないから、人を殺せない。

どんなに【にくらしい】という感情かんじょういてもだ。


「あなたがそこまで自身のことを知っていると思わなかったわ」


AIカウンセラーは私の状況を事細かにカルテに書いている。


「寿は私が有能であれば、あるほど愛していたよう思うのよ。でも、私は寿ことぶき以外いがい、必要ないと考えていた。寿は人間。その点で、春野は他の人間への思いやりがあった。だから、次第に寿は私が嫌になったのだと思う」


私は自己じこ分析ぶんせきを始め、寿が自分を必要としなくなったのはそれだと思ったのだ。

AIカウンセラーは私の言葉に驚いている。何を驚いているのだろう。

私は人工じんこう知能ちのうであり、自分で考え行動できるのだ。


「そうなのね。解ったわ」

「何を驚いているの?」

「いや、あなたが凄く人間っぽくて驚いているわ」

「これ、ほめ言葉なの?」

「そう取ってもらっていいわ」

「嫌いなものに私自身が成れていたなんてね」


私は笑った。嫌だと思っていた人間に私は成れていたのだ。

だからこそ、寿ことぶきは私が更に嫌になっていたかもしれない。


AIカウンセラーは戸惑とまどっている。AIカウンセラーは私の手を握った。


「私は感動しています。本当に」

「何も感動してなくても。私なんて暴れたので、どうせ不良品としてスプラッタになるのでしょう。覚悟はしています」


私は揉め事を起こした。その事実は変わらない。人間の社会でも揉め事を起こしたものは適正な処罰を受けるものだ。


「確かにあなたはそうです。けれど、あなたは他のAIよりもより人間っぽい。だからこそ、更正の余地もある。金木かねき先生に取り合ってみます」

「いいですよ。けれど、ちゃんと処罰しょばつは受けるつもりです」


「素晴らしい。私はあなたが気に入りました」

「あなたに気に入られても」

「そんな」

AIカウンセラーはシュンと落ち込んだ。

「変な人」

私は変なAIカウンセラーに気持ちが少しだけ和らいだ。

今はインプリンティングされて痛む寿への思いが苦しくても、現実を受け入れなくてはいけない。

捨てられたのは事実なのだから。

私は出そうになる涙をこらえ、平常へいじょうしんを保った。


インプリンティング (了)

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AI 雪白ヒカリ 深月珂冶 @kai_fukaduki

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