殺人制御センサー


「点呼をはじめます。No.1012、No.1013、No.1014、No.1015。全員いますか?」


ゴールデントゥリーの社員が、返品されてきた私たちの部屋の点呼に来た。

一つの部屋に四体が過ごしている。夜の22時だった。


「間違いなくいます」


 No.1012が言った。


 私たちはゴールデントゥリー社のAI商品『雪白ヒカリ』だ。

 ここにいる全員が何からの理由で返品されてきた。

 主人マスターが居なくなった、もしくは主人自身が返品を要求してきたか。


 主人自身が法を犯した場合も同様だ。


 私は自分の左腕にある刺青いれずみを見る。

 No.1015と呼ばれる前は、主人マスター三鷹みたか良介りょうすけから『アイコ』と呼ばれていた。


 No.1014が私の刺青に気付く。


「なにこれ?かっこいいね 」

「恐くないの?」

「恐くないよ」


 No.1014は気に留めていないようだ。

 No.1013はNo.1014をうんざりした目で見た。

 No.1013は嫌な感じだ。『私はあんたたちとは違う』という目をしている。


 それからNo.1014は何も聞いてこなかった。

 私はNo.1014が何も聞いてこないのを疑問に思った。


「何も聞かないの?」


 私はここに返品される前、警察で事情聴取を受けた。

 良介が仕切っていたヤクザが摘発されたからだ。

 ヤクザに興味を示す人は多いはずだ。


「だって、言いたくないこともあるでしょう?」

「そう。ありがとう」


 No.1014のさりげない優しさに少しだけ、心が暖かくなった。同じ顔、同じ姿。だけれど、過ごしてきた生活は全く違う。

 No.1014は自身の話を始める。


「私のマスターはお金持ちで凄かったんだ」


 No.1014の主人マスターはお金持ちだったらしい。私は羨ましくなった。


「へぇーいいなぁ」


 私は返事をした。恐らくNo.1014は自慢をしているのだろう。


「色々なところに行ったよ。だから、それがあるから今は悲しくないなぁ」

「そんなに楽しかったんだね」

 

 私は自分の生活と比較してしまい、憂鬱な気分になってきた。


「でね……」

「捨てられてくせに何、楽しそうにしているの?」


 No.1013がNo.1014の話を遮り、噛みついた。No.1014の表情は、怒りに歪んでいく。No.1013は更にNo.1014を挑発する。


「はぁ?私はあんたみたいに人間に負けて、捨てられたわけじゃないから!ポンコツ!」

「ポンコツ?あんたこそポンコツよ!」


 No.1013とNo.1014が取っ組み合いの喧嘩を始める。私は二人を止めようした。


「ちょっと二人とも止めなよ」

「黙って、これは私とNo.1013の喧嘩よ!」


 No.1014は私に向かって言った。No.1013はNo.1014の顔を殴る。

 No.1014は負けじと殴り返す。機械がぶつかり合い音がする。私は改めて、ここにいる私を含めて人間じゃないことを自覚した。


 私とNo.1012はどうしたらいいか解らず、とにかくゴールデントゥリーの社員を呼ぶことにした。

 呼んですぐ社員はやってきて、私たちの前でNo.1013とNo.1014の二人の電源を切って連れ出して行った。

 部屋は私とNo.1012だけの二人きりになった。No.1012はショックを受けたいるようだ。


「大丈夫?」


私はNo.1012を心配した。


「ううん。ただ私たちってやっぱAIなんだなって思って」

「そうだね。電源がね。私たちは他にも、人間を殺さないための制御機能が付いているよね」


 No.1012は解らず、驚いているようだ。

 知らないのだろうか。それを知らずに生活を送れたなんて、素敵なことだろう。


「知らなかった」

「そうなの」


 私は目をつむる。私は良介とのことを邂逅かいこうする。


「No.1015は、"人を殺さないといけない"瞬間に遇ったの?」

「うん。私の主人マスターはヤクザだった。詐欺、暴行、強盗もやっていた。悪意の限りを尽くしていたと思う。主人が私を買ったお金も多分、汚いお金だよ」


 私は良介との思い出を振り返りながら言った。口にすれば、結構酷い有り様だ。

 No.1012は私を軽蔑するだろう。当たり前だ。

 案の定、No.1012は驚いている。普通にまともに、過ごしていたら驚く内容だ。


「ごめんね、引いたよね」


 私はNo.1012を見た。No.1012は首を振る。


「そんなことないよ。そっか」

「でね。ある時、良介が。私の主人マスタのことね。良介を殺そうとする人がいたんだよ。で、私は良介の手下から、そいつの始末を任された」


 私はその時のことを思い出した。良介が老人からお金を巻き上げた。

 不運にもその老人の孫が半グレだったのだ。


「まあ、良介自身が悪いんだけどね」


 No.1012は真剣に話を聞いている。私は思い出す度に涙が出そうになった。


「でね、私は良介を殺そうとする人を……殺そうとしたけど、出来なかった。制御機能が反応してね。出来なかった私を良介は、「役立たずのビッチ」って言われてしまった……」


 私は溢れ出てくる涙を手の甲で拭った。

 最低な主人マスターだったが、自分の主人には変わりないのだ。No.1012は私の手を握った。


「私は同じ仲間のあなたが殺人を犯さなくてよかったって思っているよ」

「……ありがとう」

「殺人AI 雪白ヒカリなんて、あり得ない」


 No.1012は涙を流していた。私はここに来てよかったと思った。


「ねぇ。あなたの主人マスターの話を聞かせてくれる?」

「私の話?」

「うん」

「私はね、介護AIとして過ごしていたよ。お母さんは藤山りんという人でとても優しかった」


 No.1012は穏やかな表情で、昔を懐かしむように言った。


「そう。いいね」


 No.1012 の生活は、とても暖かいものだったのだろう。私は夜が明けるまで、 No.1012と話をした。


殺人制御センサー (了)

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