やさしい嘘

自分の代わりは他にいる。そんな事は以前から、解っていた。

私はゴールデントゥリー社が造ったAI『雪白ヒカリ』だ。



元々は介護用に造られたAIだが、家族にも恋人にもすることが可能だった。


私の主人マスター橋本はしもと曜二ようじは、恋人として私自身を扱った。

曜二との生活は楽しかった。

人の気持ちは複雑だ。けれど、様々なことを知り、曜二のAIで良かったと思えた。


一緒に沖縄旅行に行ったのも良い思い出だ。


けれど、曜二が次第に私を気味の悪いものに思うようになったのは、いつ頃からだろうか。

私の外見は何年も変化しない。

曜二は共に老いていくことを望んでいたのかもしれない。


私はそれに気付かないフリをし続けた。

年老いていく曜二、年を取らない私。


生身の人間とAIが結婚し、生活することは滑稽こっけいだろう。

今でこそ可笑しくはないが、2045年に起きたシンギュラリティーによって、AIは大塔したことでよくあることになった。


けれど、人間の多くは外見の変化のないAIとの生活に疲弊してる人もいた。


曜二の私への思いは、そのようになっていたのかもしれない。

ある日、曜二は大学時代の女性を私に紹介してきた。



沢木さわき美奈みなという人だった。

気立ての良い人で、優しかった。


次第に曜二の心の移り変わりが目に見えて解った。


理由を着けては、家に帰らず留守にすることが多くなった。

最後の曜二の言葉を覚えている。


「母さんが入院した。実家に帰らないといけなくなった。必ず帰るから」


電話越しの声は真剣な声色だった。曜二が帰って来ることはなかった。

何日も、何ヵ月も。帰って来ることはなかったのだ。

それから一年が経過したころ、ゴールデントゥリーの社員がやってきた。


「あなたの主人マスターが、返品すると言ってきました。お迎えに上がりました」


ゴールデントゥリーの社員は、ビシッとしたスーツの女性だった。

私は捨てられたのだ。

曜二の「必ず帰る」という言葉は、嘘だったのだ。


信じていた人に初めて、裏切られた。

初めて心の中がざわついた。

息苦しいような。自分の中で何かが壊れた気がした。


ゴールデントゥリーに戻る車内で、次第に現実が受け入れられるようになった。

AIはAIでしかない。いくら、様々な分野でAIが活躍しても入り込めないものがあるのだ。


返品されたAIは、一つの部屋で四体が過ごす。

私は同じ顔、同じ姿のAIと過ごすのは苦痛だった。見た目が同じでも性格が違う。

過ごしてきた環境が違うからだ。


私は自分が捨てられたことで頭がいっぱいだった。

返品された非常に明るいAIは楽しそうに、これまでの生活を話してくる。


「私の主人マスターは金持ちで凄かったんだ」

「へぇーいいなぁ」


他のAIたちが言った。


「色々なところ行ったよ。だから、それがあるから今は悲しくないなぁ」

「そんなに楽しかったんだね」


私はその話がウザく思えてきた。

『捨てられた』クセに何を自慢したり、楽しそうにしてるんだろうと思えてきたのだ。


「捨てられたクセに何、楽しそうにしてるの?」


私は遂に噛みついた。そのAIは顔を歪ませて言う。


「はぁ?私はあんたみたいに人間に負けて、捨てられたわけじゃないから!ポンコツ! 」

「ポンコツ? あんたこそポンコツよ!」


私はそのAIと取っ組み合いの喧嘩を始めた。

他のAIが止めに入ろうとも、私は攻撃を止めなかった。

ただ鬱蒼うっそうと溜まる感情の行き場を探していた。


ゴールデントゥリーの社員がやってきて、私とそのAIの電源を切った。

その後、私は一人部屋に移された。

毎日、1日一回のAIカウンセリングというのが始まった。


その人は主に話を聞き、それに対するアドバイスなどをするらしい。

AIカウンセラーは「捨てられた」ことについて、質問してきた。


「あなたは本当に捨てられたと思う?」

「捨てられたに決まってるじゃない」

「橋本曜二さんという人よね?」


AIカウンセラーの女性はカルテを見る。そのカルテに何かしらの細かいことが書かれているのだろう。


「だからどうした?」


今更、曜二に捨てられたことを確認してどうする?傷をえぐっているようなものだ。


私はため息を着く。


「もう、いいでしょう」


私は話を終わらせたかった。


「橋本さんは本当に、お母様が危篤きとくでAIとは過ごせないと言ってきたのよ」

「ほらね。捨てられたのよ。自分は老いていくのに、私は老けない。次第に気持ち悪くなるのよ」


私はふつふつと湧く、黒い感情に身を委ねた。


「これには続きがあるのよ」

「は?」

「橋本さんはゴールデントゥリーにお願いしてきたわ」

「何を?」


私は意味が解らなかった。


「『自分は一緒に居られないけれど、捨てたわけじゃない。いつか、迎えにいくからそれまで預かってくれ』と」


私は、カウンセラーの言う言葉が信じられなかった。信じられるはずがない。

曜二の心は完全に美奈にあるからだ。


「嘘に決まってる」

「いいえ。本人から手紙を預かっている」


カウンセラーの女性は手紙を手渡してきた。私はその手紙を見る。確かに曜二の手紙だった。

曜二の筆跡で『一緒に居られないが、捨てたわけじゃない。いつか、必ず迎えにいく』と書かれていた。

涙が出た。この手紙が嘘だと解っている。

ゴールデントゥリー社は、制御出来ないAIを操作する為にどんなことでもすると知っているからだ。


私はそれでも、今はその手紙を信じたいと思った。





やさしい嘘 (了)

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