第7話 九大探偵行方不明事件 ~Shoot to Thrill~

静かな剣戟のプレリュード






 風切音が響く。

 地下ホールには血の匂いが立ち込め、鮮血と臓物が散らばっている。

 鋭利な刃で切断されたように端麗な断面図を見せる七人の死体は、すでに色を失い冷たくなり始めていた。

 彼らは皆、怪盗エルメシアを捕縛するために集まった一騎当千の探偵達。

 数百万$は下らないとされる宝石『ラゥジュトレーヌの血』を怪盗の手から守るため、金に糸目をつけずかき集められた精鋭。

 しかし、彼らは実力を発揮することなくあっさり血肉と化した。

 怪盗に全員始末されてしまったのか? それは正しい認識ではない。

 突如乱入した殺人鬼に殺されたのか? それはある意味では正しいが間違っている。

 現場で互いに殺し合いを始めたのか? それは正解に限りなく近いが、決定的に違う点が一つ。

 その人間業とは思えぬ犯行は、たった一人の探偵を名乗る男によるものだったのだ。




「ふわははは、どうした魔女探偵! 魔女というのは逃げるのが得手か!」


 男は両手に持った刀を振るう。相手を両断せしめんとするその刃は純粋な殺意に染まっていた。

 男が持つ刀は名の知れぬ無銘のものであったが、数多の肉を切り裂き研ぎ続けられてきたその刀は既に一端の業物と化していた。

 それがまた一部の隙もない光速で完璧な動作を伴った剛力で振るわれるのだから手に負えない。

 不衛生な髭面から迸ったときの声は、男の強靭な肉体と精神を強く表していた。

 手にした燭台杖を棍のように振るい刀を捌く魔女探偵ナヴィーニャの顔は、不愉快を全力で表していた。


「ちくしょー何でワタシがこんな、えっこンな、あっこんな。チャンチャンバラバラはさして趣味ではないノですけどっ」


「それとも長大な言の葉を紡がねば何も出来ぬか! まっこと脆弱よのう魔女という人種も!」


「あ!? 誰が人種だこの野郎、ソこまで言うなら魔女の底力見せちゃるけンねですよテルニュゼー・チェンジ!!」


 魔女が持つ杖の先端が花のように大きく開く。

 間も無く花の中心からは滑走路の様に長く伸びる二枚の板が飛び出し、モノトーンの光を放ち始める。

 やがてその光は収束し、稲妻と火花を纏った黒灼の刃を形成した。

 魔女は杖を振るい刃を煌かせる。黒灼の刃は男の振り回す刀と打ち合い、その刀身を融解させた。

 名を黒灼蛇の焔鉾マートギュクフト・テルニュゼー。地平を焼き切る黒灼矛という。


「不可思議な絡繰りを操りよる! けったいよのう、珍奇よのう。然らば我が妙手も御覧にいれねば不公平という物!」


 男は刃の溶け落ちた刀を捨てると、その場で座禅を組み瞳を閉じる。

 男は鈍灰色をしたオーラを纏い、姿勢を維持したまま空中に浮遊。

 そのまま大声で喝を入れると、男の服はビリビリと破け、背中が肉腫のように膨らんでいく。

 そして、その肉を食い破り現れたのは、先程まで使っていた代物とは全く異なる邪気を纏った刀。

 やがて伸びた肉腫は刀の柄をひっ掴むと、細く、けれども逞しく引き締まった腕の形を成した。

 六本の腕に、六本の刀。寸分違わぬ六つの刀剣は全て等しく紫色をしており、黒灼矛の光を反射して妖しげに輝いていた。

 変化を終えた男は残心すると憤怒の形相で矛を手にした魔女を睨む。

 阿修羅像のようなその姿こそ、探偵を名乗る男の武威の表し。

 自慢げに己の刀と筋肉を見せびらかす男の顔は、誇らしげな笑みで歪んでいた。


「え、何それ天津飯? 急に腕を生やして異人アピールとかtyotto hikuwaちょっとひくわ...」


「魔女が語る言葉ではないな。お主のその格好は単なる洒落か?」


「本当に洒落だったらどうすルんですかまったく。 乙女解剖で遊ぼウとか見下げ果てた趣味ですねえ。もソっと楽しい解剖しません? トリック解剖とか」


「面白うない事を抜かしよるな魔女探偵とやら。拙者こう見えて賢しい頭は持っておらぬ故、斯様な力任せの手しか知らぬ。『羅漢らかん探偵』の名は伊達ではないという事よ」


「羅漢曲解してんじゃねえ!」


 悪の代名詞である怪盗に対し、善の代名詞である探偵は、古来より好き勝手に自称されるものであった。

 この世に蔓延る悪と言えば遥か彼方の存在だった。思い当たる存在も決して華々しいものではなく、汚職や不祥事を起こす政治家や、名も知らぬ国のテロリストばかり。

 狭い日本で正義を尊ぼうとすれば必然的に手段は狭まる。

 そこで探偵という役柄は、自称正義を名乗る気違いによって占拠される事となったのだ。

 かの羅漢探偵はその正義の法悦に身を委ね、ついには頭を狂わせた者。

 彼の名は『羅漢探偵』調絶ちょうぜつつよし

 怪盗、宝、探偵、目撃者。その全てを一刀の元に切り捨てることで、怪盗が存在したという事実そのものを闇に葬り去る本末転倒の探偵である。


「仏陀探偵、忍者探偵、探偵怪人ジャロック、介錯探偵、毒蜘蛛探偵、†狂イ踊リテ朽チ果ツル天津ヲ奏デシ虚無ノ探偵†、閃の探偵……いずれも口ほどにもない腑抜け共であった。我を含む九人の探偵とエルメシアの祭典にしては、実に品位に欠けるというもの。然らば魔女探偵、最後に残ったお主の双肩に今宵の宿命がかかっていると心するが良い」


「いやそーゆうのはいいです。今夜はバトロワの気分でもないんデ。今宵のエルメシアはゲーム型らしいからインベーダーゲームで対戦して帰ろっかなと思ってたんでスけど」


「意味の通らぬ言葉を喋りよる。魔女の妙技を騙る狂言か? 怖気づいたと言うのであれば我と相対する意義も無し。その身を刻んで鴉の餌にしてくれよう」


「ワタシ話通じない人と話すの苦手なんですよ全然ツッコミしてくれナいからー。こういうのはケテリアックとかの担当なんでスけど。なんでこんな時に限ってこういうの引いチゃうかな」


 先日の星猫騒動の際、48時間の再召喚間隔リキャストタイムを無視して魔女軍勢を召喚したナヴィーニャはその反動に苛まれていた。

 具体的には魔女の再召喚に128時間の間隔を必要とする程度のペナルティ。

 その間じっと待つのも暇なので物見遊山気分でエルメシア案件に手を出したナヴィーニャは、ここに至って手のかかる自称探偵と鉢合わせてしまう。

 現在のナヴィーニャに二百五十六色の魔女を呼び寄せる手立てはなく、厄介事を押し付けられる人並みの知性を持った相手が居ないが故に彼女は難儀しているのだった、というのが事の顛末である。

 彼女の手には紅色の宝石『ラゥジュトレーヌの血』が握られていた。こと探偵役を務めることに関してだけは生真面目な魔女は、悪魔で依頼品の守護を徹底しているのだ。

 別に壊れても修復すればいいだろうとは思っているが、それはそれとして怪盗でもない奴に壊されるのもムカつくなあと思っているのでこうして保護しているワケである。

 う~ん、どっちつかず。こういう一貫しない姿勢が、理解不能のスパイラルに人を陥れていくんですよねえ。シミジミ。


「いやそれはそれとして本当にメンドクサイんですよね。エルメシア降臨の1時間前からガチバトルとかちょっと。でもせっかくエルメシアが来てくれるのに約束を反故にして逃げるのも失礼だし、どーしヨうかなあ」


「臆したか魔女探偵。ならば我が手で切り刻んでくれよう、八人目の死体となるが良い──キエェェェェェェェイッッッ!!!!!」


 奇声を発しながら飛び掛かる羅漢探偵。魔女は咄嗟に六本の腕を生やしそれぞれに黒灼矛を握って相手の刀と打ち合った。


「どうでもいいけどバラバラ死体の数がヤたら多いと占星術殺人事件とか思い出してちょっとステキですよね、これが怪盗とか殺人犯の妙手だったら感心モノなんですけどただの殺人鬼にやられても魔女的にモ探偵的にも困ンたれぶーっていうか──オヤ?」


 羅漢探偵の持つ紫の刀が、黒灼矛と鍔迫り合いを繰り広げている。

 100000℃を誇る黒灼矛の熱刃は、およそ地球の物質であれば融かせぬものはない。

 ならば、彼が持つこの刀は一体何だというのか。


「──獨与竜鱗刀ダビトゥル・ドラゴンソードとは驚きましたね。どうやってそんなの手に入れたンです? 今だとブクレシュティで召喚儀式でもしないとそもそもエンカウントすら出来ない奴だと思いますが」


「知らぬ。小人ドヴェルグ探偵と名乗る風太郎から頂戴した。実に良い刀だ。良い刀なので、拙者は更に人を切り刻む」


「え、コレそういうジャンルになってイくんですか? 本気で冥王ハデス探偵とか雷神トール探偵とかそういうのの路線に行くツもりじゃないですよねちょっと、仏陀探偵とか使い潰しておいて。イヤですよワタシ割と真っ当な探偵がやりたいんデすから」


「ぴいちくぱあちくと喧しいな、魔女! それともそれが詠唱たる物か!?


 羅漢探偵の六本の腕が刀を振り上げる。

 稲妻が如き速度で振るわれる六の刀は正に悪鬼羅刹の域。魔女は黒灼矛を用いて刀を打ち据えるが、羅漢探偵は構わずに黒灼矛をも切り裂いていった。

 間も無く全ての黒灼矛の刃は切り払われ、杖そのものと共に呆気なく我楽多と化した。

 その光景が見えた時には既に魔女の腕も余さず切断されている。一拍を置いてぼとぼとと床に落ちる魔女の黒ずんだ腕からは、血が噴き出る様子はない。


「まこと珍妙よな魔女という物は! しかし是までよな。その身を刀の錆にしてくれる! 今日の私は、阿修羅すら凌駕する──」


「ボディがガラ空きだぜ──と」


 羅漢探偵は腕を振り下ろし、魔女を解体せんと刀を振るう。

 刹那、その刀を無数の黒い触手が受け止めた。

 愕然とする羅漢探偵が正面を見ると、魔女の焦茶色をしたローブがはだけ、中から無数の腕がひらめいていた。

 魔女の肩から上は紛れもない人間の相貌。しかし、ローブに包まれていたその下の身体は全てが見通せぬ漆黒の色をしていた。

 それはまるで影のような、いや、影でさえ此処まで黒くはない。一切の光を通さぬ虚無の暗黒がそこに在った。

 影は無数の腕と化して羅漢探偵を縛り付け、竜鱗の刀をその指から剥ぎ取ると影の中に容易く取り込んでいく。


「きっ、貴様! 返せ! それは拙者の、」


「驚きました。如何なるビックリドッキリ存在かと思えば純粋な人間なんデすね? 刀そのものは、単なる逸品のようですが。ちょい気になるので、しっかりインタビューをさせて頂くとしまシょう」


 もがく羅漢探偵を取り囲むように千の拳が浮かぶ。程なくそれは手刀の構えを取り、羅漢探偵の全身を刺し貫いた。


「ウィッチカラテ超霊魂浮動の拳──グラゲニュア・シャバット」


「ぐ、が、あ」


 影の腕に取り囲まれた羅漢探偵はそのまま意識を手放した。

 魔女の黒い影は、その巨大な躯をもずぶずぶと飲み込んでいく。


 魔女がローブを被りなおした後、そこには人間は誰一人として残ってはいなかった。




---------------------------------




 その後、エルメシア(正体はロードランナーのガワをエルメシアに変えただけのお粗末なゲームの主人公だった)と適当に小競り合いをして見事勝負を制した魔女は、再びホールへと舞い戻っていた。

 そこには七人の探偵の死体。依頼人がこの場にいない以上は、いずれこの殺人事件は公のものとなるだろう。

 事件でも何でもない殺人鬼による饗宴。魔女はそれに価値を見出すことはない。故に余計な脚色はしないことにした。

 『ラゥジュトレーヌの血』を元の位置に戻すと、魔女はふわりと掻き消え、後には無惨な血の海だけが残る。

 これは後に死亡七名及び行方不明者二名の怪事件として話題になるが、それは魔女とは特に関係のない話だった。


「さて参りまシた。基本的に探偵を名乗るのは(ワタシを覗いて)ヘンなのばっかりですが、基本的には大した度胸もないので人畜無害なモノ。けれど武器商人的な輩が現れたとなると話は変わりますね。変に力を持った存在が如何なる手段に出るかわかッたもんじゃない。これは早いウチに手掛かりくらいは掴まんと、えらいこっちゃなりますネえ」


 魔女は暗黒の空間の中で頬杖を突きながら思案する。

 どこか憂鬱そうなその顔を観測する者はいない。薄紅の魔女の瞳の中で、白く濁った瞳孔が輝いていた。




「それはそうとトラブルを持ち込まないと話を進めらレないの、重大な欠陥ではなイでしょうか? せっかくワタシというキャラクターが不気味な喪黒福造的ポジションだと言うのに、まるで普通の主人公みたいな位置に置クのキャラクターの無駄遣いというか。え? ちょっと待って、閉じないで。まだ愚痴りたいコトがいっぱいあルんですよちょっとコラ! え? なぜなにコーナー無し? 何で!? あれは何!? あれは敵!? あれは何~ですか!? えっ生産性を高めたいから? 質問が思いつかナいからの間違いでなくて? ちょ待てよ! ぉ--ぃ...」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る