第4話 巨大猫支配階級化事件(前) ~鼠と魔女のゲーム~

 世界はあっけなく終わりを迎えた。

 地球の支配者たる人類は余さず猫の遺伝子をインストールされ、彼らの傀儡と成り果てる。

 都市の残骸をベッドにして横たわる藍鼠猫あいねずのねこは人類の貢ぎ物を一口で飲み込み、愉悦の表情で民衆を見下ろした。

 人類に抗う術はない。可視化された何時訪れるとも知らぬ災厄は、気ままな様子で微睡んでいる。

 わるいネコ、その名はマユクニト。

 藍鼠猫の悪戯によってすべてが猫になる。そして人間は誰もいなくなった。




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「よろしくニャいです。コレは大変よろしくにゃいデす」


 魔女探偵ナヴィーニャは藍鼠猫に対する反撃を企てていた。

 その姿は以前とはまるで別人。ちんまりとした砂色の耳を頭頂部から生やし、ローブの隙間から生やした尻尾を横に振っている。

 薄紅眼の白く濁った瞳孔は縦長に細まり、その様子はまるでつぶらな猫の瞳のよう。いや、猫の眼球そのものだった。

 ご丁寧に帽子には穴が開けられており、そこからちょこんと猫耳が飛び出している有様だ。そして顔の左右に位置するはずの耳は、数の帳尻を合わせるようにすっかりと掻き消えていた。


「人間ではもはやアレには太刀打ちできにゃいノです。とにゃれば我々が尽力するほかありマせんにゃ」


 魔女はキャットフードを貪りながら相席する女性に話しかける。

 彼女達が居座っているここは紛れもなく喫茶店であるはずだが、そのメニューには水とキャットフードしか並んでいない。仕方なしに魔女は手頃な値段の品を注文し、仕方なしに口を付けているのだ。決して思ったより美味いので夢中になっているなどという訳ではありませんので悪しからず。


 対する女性はそんな魔女を道端のミミズを見るように無感情な瞳で見つめていた。

 肩先に僅かに触れる長さの白銀の髪を黒いバンドで纏めた質素なヘアスタイル。

 程よく湿った白い肌はこの世の人間とは思えないほど眩く透き通っており、竜胆の花の髪飾りと金色に輝く眼のコントラストは、その美貌を更に際立たせている。

 空色をしたラフなYシャツと漆黒のジーンズに身を包んだ細身は男性的なシルエットを演出しているが、白銀の猫耳と細くしなやかな尻尾が隠しようのない可愛らしさを醸し出してしまうのだった。

 彼女の名はアーディマム・フベール。人の身から怪物となった後天性デミ女吸血鬼ドラキュリーナである。

 魔女の誇る数少ない大親友べんりなやつの一人であり、普段は辺境の国で自警団のような事をしている物好きだ。

 必至の形相で助けを求めに来た魔女にやれやれと呟きながら同伴した彼女は、早速魔女の誘いに乗ったことを後悔し始めていた。


「マジであーいうのとやる? お前らだけで頑張ればいいじゃん。それとも私に頼らにゃいと……どうにも出来んくらいに、魔女様は零落しちゃったのかしら」


 アーディマムは如何でもいいよと言わんばかりの適当な返事を返した。『にゃん』と鳴いてしまわないよう慎重に言葉を選びながら。

 人間の姿を模倣する者は例外なく猫の遺伝子に汚染されてしまっている。吸血鬼アーディマムや魔女探偵ナヴィーニャもその例には漏れず、外見どころか声帯まで猫の遺伝子に毒されているのだ。


「フフフフ図に乗っていると裸一貫ガンダーラでアーケード版ドルアーガの塔完全クリアまで飲まず食わずのスシ・トーチャリングの刑でスよ。 いえ、実は既に試したのですが、あの猫は元々我々のうちの一人でして。既に我々ではあの猫に干渉が出来にゃいようメタを貼られてしまッているのです」


「馬鹿かよ」


「馬鹿でもにゃんデもいいですー。仕方にゃいじゃにゃいですか、コんにゃ事ににゃるにゃんて思っても見にゃかったんですから」


 魔女はにゃんにゃん言いながら頬を膨らませてわかりやすく拗ねた。

 事実、魔女探偵に取ってもこれはまったく予想外の事態だった。

 一発逆転大勝利しゅじんこうほせい超絶切札イヤボーンを後生大事に保管エリクサーし過ぎた結果、その後起こり得た予定調和はんどうは予想を遥かに上回った規模ぼうそうになってしまったのだ。

 スペクタクルな演出シナリオに拘り過ぎた魔女ライターは、一人歩きを始めた物語アドリブを制御できず見るも無残に敗北エターした。

 相手に理解されてしまった魔術師は弱い。魔女探偵は起源を同じくする魔女ねこを敵に回したことで、奇しくもその理論を証明してしまったのだ。


「というワケでにゃりふり構わず助けを募ったワケですよ。まあ応えてくれたの貴女だけにゃんですけド。アーディマムちゃんは本当に良いコですね。ワタシ嬉しくて涙ちょちょ切れマす」


「帰っていい?」


「良くにゃいです良くにゃいです。だって事実上のCK-シニャリオじゃにゃいですかこんにゃモノ。青い空がどうこうとかいうレベルじゃねえぞ。こう見えてワタシはプレーンにゃ人間が大好物、じゃにゃくテ大好きにゃんです。出来るにゃら今からデもちゃんとした形で世界を救いたいですよにぇ。読者だってカタルシスを求めているはズです」


「欺瞞だにゃあ」


 アーディマムは頬杖をついて心底哀れなものに対する憐憫を露わにした。魔女はもはや見る影もなく縮こまっている。

 怪盗まじゅつしの一番の天敵は怪盗まじゅつしである! などと大見得を切った矢先、まさか自分が同じ理屈で撃退されるとは夢にも思わなかっただろう。穴があったら入りたいと言わんばかりに頭を抱えている。もしかしたら単なる猫の本能かもしれないが。


 藍鼠猫が君臨してからというもの、この世の摂理は全て猫を中心としたものに変わってしまった。

 藍鼠眼の魔女マユクニトが媒介魔術によって変貌した姿である藍鼠猫は、かつて魂猫女帝フュレィトヵータと呼ばれた神格をその身に宿したことによって猫の思考を持ったまま膨大な権力を有してしまった。

 猫固有の我儘わがままっぷりによる強力な世界観の押し付けは、観測範囲の拡大に従って規定概念アカシックレコードに干渉する世界改変メタ能力にまで至る。

 それは[闇]【★SSR】怪盗エルメシア@エウリュディケー・白スーツコスが生み出した冥府の大河を否定する逆転の切り札として立派に機能したが、全力を振り絞ったマユクニトは間も無く正気を失い猫の思考回路に支配されてしまったのだ。

 結果、『人間は猫の下僕である』という与太話が史実に影響し、地球の支配者が本当に猫に成り代わってしまった。

 藍鼠猫の認識は世界観を塗り替え、40億年規模の時空改変が発生。人類と猫の関係性は激変し、常識は丸ごと入れ替わった。


 現在、この地球上で猫と呼ばれる生物は藍鼠猫を除いて存在しない。

 藍鼠猫が己以外の猫と人間を等しく下僕として認識した事で、両者の起源が同一視されその存在は見事にフュージョン。猫人類なるものに変化してしまったのだ。

 最悪な事に、人々の認識や関係性そのものは世界改変前と全く同一のままだった。

 ある日突然自分や親族に猫耳が生え、飼っていた猫は姿を消し、食料品は全てキャットフードに入れ替わって、トイレは猫砂で埋まっている。

 道徳や倫理感は人類のまま感性や生態が猫と同化する。それは人類のSAN値を奪い去るには十分な衝撃であった。世界経済は破綻し生命倫理は崩壊し獣の本能が人々を苛み黒猫は開けたふすまを閉めてにゃーと鳴く。

 かくして人類はあっという間に世界滅亡秒読みの段階まで追い詰められてしまった。


「身内の不手際にヨって世界滅亡とか言う事態ににゃったら責任追及の眼からは逃れラれません。かくにゃる上はワタシ自身の手で解決を図らにゃければ」


「話を聞くにそれ全部お前のせいだよね? 身内じゃにゃくて自分の不手際だよね」


「にゃーん」


「にゃーんじゃねえだろこの畜生がっ。水でも被って反省しやがれ」


「んぎゃっフシャーッ」


 アーディマムは事も無げに近くの皿を放り投げて眼前の魔女へ水を引っ掛けた。

 猫は水を嫌う。世界の摂理であり自然の原理だ。ナヴィーニャは物理法則を無視して跳ね飛び、毛を逆立ててアーディマムを威嚇した。

 吸血鬼であるアーディマムは普通の猫以上に水が嫌いなはずだが、他人への嫌がらせに使う分にはまったく頓着しないらしい。なんて悪い娘でしょう。こういう頼りない若者が世の中を駄目にしていくのです。最早若輩者なんかに祖国を任せておけません。我らのような古い時代を育んできた偉大な世代による清き一票こそ未来へのしるべ。我々で美しい国日本を作っていこうではありませんか。


「自分の事棚に上げてんじゃねえ!!」


「まっ、どっちもどっち論を振りかザすだにゃんて野蛮!」


「お前が言えたことじゃにゃいだろうがえーっ!?」


「面白い事を言うにゃあこの蛆猫は。近年のゆとりはキレやすいというのハ魔女社会でも常識にゃんです。悔しいでしょうケど仕方にゃいんです」


 そう言うとアーディマムはキレた顔してなんか手のはしっこから青い光出してきた。しかし時既に時間切れ。下段ガードを固めた魔女に隙は無かった。タイム・アップを待つ必要もないので即座にウィッチ・カラテで撃退、終わる頃にはズタ・ズタにされた砂色髪の雑魚がいた。


「負けてるじゃねーか魔女!」


「フフフフさスがはアーディマムにゃ。その破壊力A精密動作性A射程距離Cのパワーはワタシの理想とする猫退治に大いに役立ってくれるコトでしょう、ひいテはワタシの遺志を継いで世界を……がくり」


「お前四六時中茶番やってて疲れねえ?」


「いやーソれが全然」


 倒れ伏したナヴィーニャを呆れ顔で見下ろすアーディマム。

 夜空に浮か黄金の月が、因果応報と呟いた気がした。




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 魔女が考え出した藍鼠猫撃退作戦はこうだ。

 己の思うがままに世界を改変して王として振る舞う藍鼠色とまともにやりあっても叶う訳ないので、まず物理的な戦いを挑むのは厳禁。

 そこで藍鼠色に『人間と猫の権利を盗む泥棒』というレッテルを貼りつけて怪盗属性を付与。

 具体的には匿名掲示板とかSNSで藍鼠猫=エルメシア論を展開し、さらにアフィリエイトブログや動画サイトを動員してPV数を増やす事で印象操作。藍鼠猫を徹底的に貶める。

 無論猫による妨害が予想されるので、その間は工作を気取られぬようアーディマムが猫のヘイト役となって注意を引き付ける。

 そして準備が完了したら藍鼠猫の正体を全世界へ向けて暴露。藍鼠眼の魔女マユクニトと唱えるだけの簡単なお仕事だ。

 この二段構えの攻撃によって藍鼠猫の定義は揺らぎ、世界改変の効果は消える。

 要するに、怪盗が利用する物理戦と推理戦の両面攻撃を展開するだけの事。

 探偵属性を有するナヴィーニャはこれだけの手順でこのような怪盗文脈を利用可能だ。

 なんて冷静で知的な判断力なんだ。

 これで間違いなく世界は救われる。

 かくして救世主魔女探偵ナヴィーニャは人々の絶大な支持を受け世界の頂点に君臨するだろう。


「そうはにゃらんやろ」


「にゃっとるやろがい」


 あーゆう規格外のなんだかよくわからないものを倒すのに正攻法を使えないのはわかるが、それにしたってもうちょっとこう理路整然とした方法を作れないもんだろうか。例えば、何だろう。あれだ。マタタビを振りかざすとか。

 何より救世主魔女探偵ナヴィーニャとかいうのが気に入らない。どうせなら救世主美人吸血鬼アーディマムの名も称えられるべきだ。

 二百五十六色の魔女とかいうのが総出で私の事を褒め称えてくれるならちょっとはやる気が出るんだけどなあ。

 などと取り留めのない事を考えてしまうのは、おそらく一種の現実逃避なのだろう。

 実際に藍鼠猫の巨躯を目にすると、あまりにもその存在が非現実的過ぎて到底対処できそうなビジョンが浮かんでこない。

 魔女と二人で貸し切り状態の展望台から巨大な猫を眺めている、という現状が既に非現実的だと言われれば返す言葉もないのだが。


 藍鼠猫を一望出来るクェラトー美術館は今や世界有数の観光スポットとなっている。

 怪盗エルメシアと魔女の激戦を唯一免れたこのタワーは、重要な観光資源として活躍しているようだ。

 とはいえ吹きさらしの窓に背の高い柵を付けただけの簡単な改修で展望台だと言い張っているのは不安が残る。地上80mだけあって風とかビュウビュウ吹き込んでくるし。

 都市の復興に予算が割り振られている今、窓ガラスを新調するほど予算の余裕すらないのだろう。とはいえその復興さえも満足にいっていない現状では責めるのも酷と言うものだ。

 何しろ街のど真ん中に巨大な猫が転がっているのだから。


 尻尾の一振りで車を跳ね飛ばすほどの巨大な猫は、丸まってすうすうと寝息を立てていた。

 猫への攻撃は二度か三度ほど行われたらしいが、いずれも十分な成果は出せていない。

 どんな弾薬でも藍鼠の毛皮にすっぽりと包まれれば無力化されてしまううえ、猫パンチ一つで最新鋭の戦闘機はあっさりと撃墜された。吐き出された毛玉はそれだけで地上戦力を蹂躙する大岩となるし、寝ぼけ眼の欠伸一つで電子機器は全て使用不能となる。

 キュートな猫の外見に相応しい気まぐれな残虐性は、質量の増加に伴って単純な暴力に変貌した。これで世界改変メタ能力まで行使するというのだからどうしようもない。

 世界中がその圧倒的な力に恐怖した。まるでゴジラだ。駆除なんて出来る訳がない。そりゃ世界に恐怖の記憶を刻みもするわ。

 最近では猫の駆除を願う団体によってエルメシア再臨の儀が催されているとかなんとか。いたちごっこにも程がある。

 魔女によれば、実際に正義感の強い騎士型や勇者型のエルメシアが我先にと猫に突貫しあっさり叩き潰されているそうだ。その撃墜スコアは38。下手な探偵よりよっぽど怪盗退治に貢献している。エルメシアホイホイとしては立派に機能しているらしい。

 そんな恐怖の化身である藍鼠猫でも、遠くから眺める分にはただの猫とまるで変わらない。宙を漂う雲にじゃれつく愛くるしい姿は人間からの寵愛を受けるには十分なパフォーマンスであったし、動物愛護団体も声高々に共存の意志を宣言している。己の縄張りだと認識しているのか、廃墟都市から大きく移動する様子もないのが彼らの論調に説得力を与えてしまっていた。どうでもいいけどああいうのって人類は愛護に含まないんだろうか。しかも今や猫人類なのに。

 世界の終焉を告げた邪猫の寝顔を眺めながらも、私は未だに現状を飲み込めないでいた。


「大丈夫ですよアーディマム。ワタシの言う通りにすれば全てが上手くいきます。ケッハモルタァと言いますしケッハモヌラタァとも言います。全てはダイジョーブ魔女たるワタシの導き通り。信じにゃさい……信じにゃさい……」


「それどう考えても駄目にゃやつじゃん。第一、怪盗って自分から名乗る肩書きとかじゃにゃかったっけ? 印象操作したところで何の効果があるってのさ」


 魔女は待ってましたと言わんばかりに耳と口をぴょこんと吊り上げた。なんだろう。あざとい外付けパーツをこれだけくっ付けて全然かわいくないのは逆に奇跡かもしれない。


「勿論その通りです。にゃのデ、奴には己が怪盗だという自己認識を与えれば世いのですよ。幸いにゃことに、あれはまだ世間様からは藍鼠猫としか呼ばれていにゃいので通称となる己の名を持っていまセん。そこで我々の手で『あいつの名前はエルメシアだ』という情報を流布してやるのです。猫が自らの名をエルメシアだと認識した瞬間、ソこに怪盗は産まれます」


「エルメシアって名前を付けられるだけで怪盗ににゃんの? 因果関係無茶苦茶じゃん?」


「無理を通せば道理は引っ込む! ソれがワタシの戦い方ですにゃっ」


 そもそもこいつのいう探偵と怪盗の文脈がよくわからん。

 怪盗の正体を暴く事が怪盗を零落させる事に繋がるのはいいとして、何でそれがすぐ死につながるんだろう。

 秘密の怪盗が秘密でなくなった瞬間に怪盗は社会的に抹殺される、という流れを過程をすっ飛ばして実施してるようなものだろうか。

 与太話と屁理屈に無理やりな整合性を接着して自分のワガママを押し付けているだけに見える。

 もし完璧に理論化するとしたら集合無意識とか自我次元とか地球霊魂とかイデアとかそういう方面になるのかなあ。


「いやいやその認識は大変正解に近いでスよ。魔術戦はワガママの押し付け合いですノで」


「……魔術師って面倒くさい職業にゃんだにゃー」


「ワガママを通した者が勝つのは格闘家グラップラーの世界でも魔術師の世界でも同一ですヨ。世の中は真が通ッていて押しの強い方が勝つと相場が決まっていルのです。フィクションだろうとノンフィクションだろうと違いまセん。あの藍鼠猫にゃんてワガママの強さだけで世界を改変しちャってますからね」


 やっぱ魔術師滅んだ方がいいんじゃないかな。

 連中の語る言葉は常に幻想じみていて子供っぽく理解の及ばない夢物語だ。

 それに憧れない気持ちがないと言えば嘘になる。しかし、それにまともに取り合ってやる気持ちは微塵もない。

 アーディマム・フベールの世界観に魔法の類は必要ないのだ。こちとら日々変化していく世界についていくのでもういっぱいいっぱいなんだよ。


 しかしこの探偵魔女はこちらを気に入っているのかやたらとこちらを重用してくる。

 確かに私は腕が立って綺麗で格好良くてスタイルの良い美人だから人に好かれるのも仕方ないが、それはそれとしてこの魔女に好かれるのは正直勘弁してほしい。

 何しろ魔女というのは殴る蹴るしたところで大して手応えのない幽霊みたいな代物だ。そのくせ実体が確かにある分、あらゆるものに干渉できるので幽霊よりも性質たちが悪い。

 魔女は衝動だけで行動する災厄の兵器。奴らは己の悦楽のためだけに振る舞い続ける。そんな輩と仲良くしたい奴がいるというのなら是非目の前に連れてきてほしいものだ。レオナルド・ダ・ヴィンチに匹敵するレベルのレアモノだろう。人間国宝として祀ってやってもいい。


「思考回路が超今風すぎませン? 今時人間国宝とか刺身のツマにもにゃりマせんよ」


「自然にあっちこっち喧嘩売ってんじゃねえよ。といか勝手に思考を読むんじゃない」


「ワタシはあくまで流れてクる地の文を読んでるだけですー」


 こいつたまにデッドプールみたいな事を言うな。

 狂人の演出かなんかだろうか。


「まあ、あまり文字数を稼ぐノもにゃんにゃので、さっクり猫退治に参りましょうかにゃ。アーディマムは手筈通りアレの挑発とか担当して貰うウで、でかい猫じゃらしとかあルと便利ですよ」


「私が用意すんのかよ。あるわけねーだろそんにゃ物。 ──それともにゃにか? あっちの生首ちゃんが役に立ってくれる訳?」


 背後では帽子を被った魔女の生首がルンバの上に乗っかってひっきりなしに動き回っていた。

 漆黒の髪と瞳を煌かせたボブカットの魔女。あれは確か漆黒眼の魔女イーイルナックとかいうのじゃなかったか。

 イーイルナックの生首はこちらの言葉が聞こえているのかいないのか、自由気ままに展望フロアを散策している。

 というかアレはルンバに拉致されてるんじゃないか。明らかに進行方向を操作できていないようだし。

 あちらこちらを散々右往左往して、たっぷり2分ほど待った辺りでやっとイーイルナックはこちらに合流した。


「ちびナックだよ! よろしくね!」


「きもいわ」


 イーイルナック……もとい、ちびナックは頭だけの状態で朗らかに笑いかけてきた。んだと思う。

 帽子を被ってるうえに目線がこちらの足元にしかないせいで全く表情が見えないので推測になるのは仕方がない。

 そして申し訳ないけど普通にきもい。饅頭みたいにデフォルメされている訳でもないので見た目は打ち首そのものだ。

 それがルンバに乗って颯爽と移動しながら話しかけてくるのだから、まるで悪趣味な玩具のよう……ってまたルンバごとどっか行ってるぞ。いいのかあれ。


「にゃんで……どうして首だけ? あからさまに不便っぽいけど」


「猫の遺伝子が適用される範囲は人型の生物だけにゃのではにゃいか、と思い至りましてネ。試しに首から下を未参照のままで召喚してみたのです。そしてコレが見事にビンゴだったのでこのようにゃ姿を保っているワケですにゃ」


「いやビンゴはいいんだけどさ。あれ自分で動けにゃいよね? 人型の方がいいんじゃ?」


「だって、いちイち言葉ににゃーにゃー混じるようでは正確にゃ詠唱が出来にゃいジゃにゃいですか」


 要するにちびナックは猫の声帯に邪魔されず正常に呪文を唱えるためにこの首だけの姿を保っているのだ。

 なんて冷静で知的な解決力……いやそれはもういい。どこまでが人型と認定されるのか確かめる実験とかしたんだろうか。その光景を想像しようとしてすぐにやめた。あまりに建設的でない。

 正直頭から上しかないのに喋れるほうが不思議なんだけど、これも我儘がどうのこうので解決してるんだろうなあ。


「たしかにあの猫は強敵だけど、所詮行動速度はリアル猫よりちょっと凄い程度のもの。ワタシの詠唱サポートで亜光速に侵入できればまったく怖いものではないよ! ゆっくり煽っていってね!」


 いつの間にか再び戻ってきたちびナックが口を挟む。

 漆黒眼の魔女イーイルナックのあざなは時空魔術師。文字通り時空間を操る彼女にとって、時間操作はお手の物と聞く。

 なるほど完璧な作戦っスね。あいつが世界改変メタ能力を有しているという点を覗けば。

 魔女相手にはメタを張っているとかいう話だったはずだが、こいつはその点大丈夫なのだろうか。

 しかしこいつ鬱陶しい。もしかして自分をマスコット系のサポートキャラか何かだと思ってるのかな。ただの生首にしちゃ生意気すぎる展望だぞ。だって見た目が妖怪そのものだし。せめてこう、自分で飛び跳ねるくらいのムーブとかできないもんだろうか。


「えー、つまり私はちびニャックを連れてあいつの周りを飛び回ればいいわけ? いやニャックじゃにゃくてニャックでだにゃ……ああもうややこしいにゃ!」


 自分の声がにゃーにゃーうるさい。思った以上に凶悪な遺伝子だぞこれ。

 どうにかNaの発音をしないよう気を付けていたのに人名で引っかかってしまうなんて思わなかった。

 このままだと渡辺性とか中村性が絶滅する。数か月でNaの発音が世界から消えてしまいそうだ。


「いいよ別にそんなの気にしなくても。ちびイーイルとか呼びづらいじゃん。この際ナックでもニャックでもいいよ。それにニャックって呼び方も結構かわいいじゃん? ニョッキみたいでっ☆」


 ちびナックはこちらに後頭部を向けたまま、向日葵ひまわりのような笑顔(たぶん)で全てを肯定した。こいつ人生楽しそうだなあ。

 ナヴィーニャもまたいつも通りのニコニコ笑顔を湛えているし、藍鼠猫は実に幸せそうに夢の世界を揺蕩っている。

 魔女共はいつでも楽しそうだ。連中を見ていると世の中の問題が全部こいつらのせいなんじゃないかと疑いたくなってくる。

 というか、この状況で頭を抱えているのはもしかして私だけなんだろうか。そりゃそうだよな登場人物が全員魔女なんだから。


「うわっ誰今ワタシの靴踏んだのお!! 名乗り出なさいよ殺してやるからディスプレイに頭突っ込ませて殺してやるから」


「ワタシじゃねーし。絡まれても困るしマジウザいし、服引っ張んにゃいでマジやめてくんない!?」


「あ、あわわわ、だめだよぅ、けんかはだめだってあいまーぎゅたせんせいもいってるよう」


「フォッククィノは黙って!!」


 にわかに周囲が騒がしくなる。

 気づくとナヴィーニャの背後に色とりどりの魔女が次々と舞い降りていた。冗談だろ。


「誹謗中傷部隊の動員です。大丈夫でスよ。直接猫と相対するワケではにゃいのでどうにでもにゃりマす。ワタシを信じれば120%勝てまス! 勝てるので正しい! 正しいから死なない!!」


 何言ってんだこいつ。

 既に百を超える人数で惨状した魔女達は皆が皆心底楽しそうに笑っている。こんな連中に囲まれてセンチになるのも癪だが、ちょっとした疎外感と孤独感に包まれてしまった。

 ちびナックが足元で何やら元気づけようとしてくれているが、お前も正直かなり相手にしたくない部類なんだからな。

 世界が滅ぶかどうかの瀬戸際という状態で姦しく喧しく笑い続ける魔女達の声が、酷い不協和音のように聞こえる。

 魔女はあらゆる事態を楽しんでいる。いや、楽しむ才能に満ち溢れていると言った方が正しいのか。

 あるいは、楽しめるような事態を自ら引き起こしていると言った方が正しいのか。

 ナヴィーニャはつぶらな猫眼を湛えてとぼけるように首を傾げた。

 展望台に光る星々の士気はこの上なく高まっていた。




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「ナヴィーニャと!」

「アーディマムの」

「★☆なぜなに☆★魔女探偵コーナー!」

「……え? ここってあんたとマユクニトちゃんが師弟漫才するとこじゃなかったの?」

「何が漫才か。崇高にして最高な至高の討論会デすよ。ここで行われる最高に知的な問答の応酬を糧として魔女は皆成熟してイくのです」

「やな成熟だな……」

幼児性愛者ロリコンの魔の手から逃すタめにも将来有望な娘は早めに将来に追いやっておかネばなりません!」

「魔女の成長曲線どうなってんだよ」

「ソレはソレとして! ココは読者の皆様からの各種質問を受け付けるコーナーでもあります。難解な質問に頭を抱えのたう千まわるな愉快な皆々様にワタシのてんっさい魔女学者的観点から解答を行う超絶コーナー! それがココ、★☆なぜなに☆★魔女探偵コーナーなのです! すゴいでしょ? 最高でしょ? てんっさいでしょ?」

「ハイハイスゴイスゴイ。え? コレお便り? 質問私が読むの? えーと、さっそく質問が来ているようです岡山県のオカ・マー博士から」

「お前クソみてえなコーナーだからってなんでも適当にやっていいって訳じゃねえんだぞ。何がオカマーだオバキュームのバキュームを何に使おうってんだ言ってみろ。イヤ! 言わなくていい」

「何言ってんだお前…… 気持ち悪い奴だな……」

「やめてくれアーディマムその罵倒はワタシに効く。ガチの軽蔑の眼で見ラれるとナヴィーニャは簡単にブロークンハートするぞ。」

『魔女の皆さんは軽々しく増えますが、あれはどういう原理があるのですか? 気になって夜も作業が出来ません。もうすぐ30日になって生命維持装置のバッテリーが尽きてしまいそうです。なるはやでお願いします』

「博士じゃネえだろそれ。宇宙飛行士だろ」

「要するに二百五十六色の魔女とかいうのの話だろ? すごいサラッと増えるからビックリするよね。どういうわけ?」

「フフフお答えしましょう。それはですね、」

「そこから先は……ワタシが話そう!」

「オ前は……! 琥珀眼の魔女クスディルカ!」

「なあ前回誰が喋ってるか分かりづらいからゲスト止めようって話してなかったっけ?」

「昨日? そんな先のコトはわからない。」

「前だよ」

琥「こうすればいーじゃん。サイキョーじゃん。グリーンじゃん」

薄「エ~~~~っ嫌でスよこんな表記。小説界の虹色創英角ポップ体じゃないですか。ダサ旨ダサ吉ダサ之介ですよ」

ア「お前らの名前表記そこが先頭なの?」

琥「被りづらいしいーじゃん。それにこれで誰が喋ってんのかは分かりやすくなったジャン。マジぱない発想でしょ」

ア「いや……ありがち」

琥「んじゃお答えタイムね。ワタシらはナヴィーニャのバックアップっつーか別個体なワケ。要するに、起点は同じまま異なるスキルツリーを育てていった別次元のナヴィーニャってカンジ。わかる?」

薄「アレですよ。DQ7とか、最初は同じ存在でも、習得する職業とか特技にヨって出来るコトって変わって来るでしょう? ニューゲームの度に全く異なるアルスになるワケですよ。その様々なアルスを分身めいて自由に呼び出せるのが、二百五十六色の魔女というワケですねえ!」

ア「アルスって言うな」

琥「ワタシが解説するって言ったじゃん!」

薄「そこはDQ7ダと全部アルテマソードに行き付いちゃウだろって突っ込めよお前ら。まあ、つまりワタシはワタシは全ての原点にして頂点。云わば魔女のボスであるわけデすねえ! フフフフフフ」

ア「お山の大将って言葉が真っ先に浮かんだわ」

琥「ナビー言っちゃえば器用貧乏の癖して無駄にエラソーなん」

薄「は? こう見えてコミュニケーション・パワとかではワタシが最強ですから」

ア「そりゃ良かったな。給料いくらだ」

薄「月収15000ギタンくらい」

ア「結構いいじゃん……」

薄「ガマゴンも一撃で倒せマすよ」

ア「威力過剰じゃない?」

薄「見せてやるよ黄金の夢ッてやつをアタックは相手の体力に左右さレない即死攻撃なのです」

ア「お前それギャザーの前でも同じ事言えんの?」

薄「ナんですか劇中でにゃんにゃん鳴いていたくセに生意気ですね。復唱しなさい! にゃにゃめにゃにゃじゅうにゃにゃどのにゃらびでにゃくにゃくいにゃにゃくにゃにゃはんにゃにゃだいにゃんにゃくにゃらべてにゃがにゃがめ!」

ア「なんっで変換後の方を要求するの!? 言わねえよ!!」

薄「アーディマム突っ込みが段々小野妹子みたいににゃっテきてにゃい?」

ア「なってねえよ!? 何あんたコントやりたいの!?」

薄「宣言したでしょう、最高に知的な問答の応酬こそこの場で繰り広げられる事態なのデす!」

ア「知的の矢の字もねーだろこれ、既にどうしようもねーだろこれ」

琥「ワタシもう帰っていい?」

ア「何しに来たんだお前は!?」

薄「ええいなンかもう収集つかないので今回はここまでですプンプン! それでは次回のウィッチファイトに、レディ・ゴーッ!!」

ア「お前下手!! 事態を纏めるの致命的に下手!!!」

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