第3話 地蔵菩薩傾聴画窃盗事件(後) ~ネクロポリス~

 怪盗エルメシアのオリジンは定かではない。

 彼は正体不明、目的不明、謎の怪盗エルメシアとして突如現れ、予告状に記された宝を余すことなく盗み取っていく。

 決して己の正体を明かさず犯行を繰り返す彼は、人々の妄想と空想を掻き立て続けいつしか義賊として民衆の支持を集めるに至った。

 やがて活動開始から3年の月日が立った頃に彼は『エルメシア最後の大舞台』を予告。この犯行を最後に彼は表舞台から姿を消し、二度と常世に現れることはなかった。


 そこまではありふれた話だ。しかし、彼の人気は常識を逸していた。

 その消滅には死亡説、引退説、政府の陰謀説などが唱えられ、やがてその存在そのものがプロパガンダだったのではないかという論調まで噴き出す。

 彼の消滅を皮切りとして、世間はエルメシアという幻想にすっかり染まって行った。

 想像は無限の可能性を呼ぶ。

 エルメシアは神羅万象の宝を盗み如何なる敵をも打ち滅ぼす無敵のシンボル。万人に都合の良い偶像へ変貌するのにそう時間はかからなかった。

 何時しかエルメシアのキャラクター性は大衆向けのフィクションとして認知され、老若男女問わず全ての人間に愛されるキャラクターへと移り変わっていく。

 シャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロといた名探偵とのコラボレーション企画は無数にあったし、ルパン三世や怪人二十面相と肩を並べる怪盗大戦の主役としても抜擢されていく。

 彼の正体に纏わる推論や証明も盛んに行われた。

 大富豪の子息。失われし超能力者。人智を超えたサイボーグ。生き延びていたアドルフ・ヒットラー。

 宇宙人、未来人、吸血鬼、異世界からの刺客、果ては無貌の神たるナイアルラトホテップや邪神ロキの化身だと豪語する者まで現れ、時には賢者の象徴であるヘルメースや救世主メシアとして祀られることさえあった。

 真実は全て闇の中。僅か三年の活動期間から得られた微かなデータを元に、人々はエルメシアを脚色していった。


 恐るべき偉業を成し遂げた大悪党にして大英雄。

 その陰陽両極を有するエルメシアの偶像は、あらゆるレッテルを付与された万能の天才を見事に演じて見せた。

 人々が彼へ抱く態度は単なる敬愛に留まらない。妄信とも言える執拗なエルメシアへの期待は、人類の意識を汚染する。

 やがて、人々から役割と信仰を押し付けられたエルメシアは全てを許容する膨大な神格として君臨する。死にながらにして現人神となり、主神エルメシアンの名を持つ聖人としての再解釈。

 その極端な主神化にこそ何らかの陰謀があったのかもしれない。しかし、それに疑問を持つ人間は最早存在しなかった。

 曲解されたエルメシアというキャラクターは、既に原初の個性を失っていた。


 やがて世界に危機が訪れた時、エルメシアはその降臨を期待され始める。

 しかし人類が生み出した空想の神に過ぎないエルメシアは、決して救いを施しはしない。

 人々はそれに気づかぬほど愚かではなかった。

 故に彼らは神の人造を試み始める。

 地球を舞台とした箱庭で、エルメシアの再現計画は瞬く間に進行。エルメシアの再臨を目的として世界全土へばら撒かれたエルメシア細胞の種子は、果たして期待通り発芽に至った。

 そして誕生したエルメシア達はヒーローとして活躍し、見事世界を救って見せた。

 もはやスーパーマンやキャプテン・アメリカは必要ない。ヒーローという称号は、即ちエルメシアを指す固有名詞へと取って変わったのだ。


 その後、エルメシア達は各々の役割を完遂する役者として活躍した。

 しかし、間も無く彼らのアイデンティティは揺らぎ始める。

 今やエルメシアは万物の称号の擬人化。二律背反と清濁併呑の極致たる神と悪魔の擬人。エルメシアを名乗る以上は、ありとあらゆる期待に応えなければならない。

 その重圧は、もはや一個人に担える許容量を遥かに超えていた。


 ならばその重責を分散させればいい。

 エルメシア再現計画は、キャラクター化したエルメシアの生産へと移行した。数多の名を持つエルメシアの別側面を個別に再現するという荒業によって、彼を余す事無く現世へ君臨させたのだ。

 間も無くエルメシアはエンターテイナーの祖として現世へ君臨する。


 時には世界を救う勇者であった。

 時には正義を騙る邪神であった。

 時には怪獣と戦う戦士であった。

 時にはご当地ヒーローであった。

 時には前座のやられ役でもあった。

 光メシアが闇メシアを断罪し、魔術師メシアと僧侶メシアが戦士メシアと旅に出る。赤メシア青メシア黄メシア桃メシア緑メシアが戦隊を組み、ウルトラメシアが怪獣メシアを打ち倒す。アンパンメシアがバイキンメシアと戦う傍ら、水平メシアはほうれん草メシアを食み悪党メシアを懲らしめる。人形メシア達によるバトルロイヤルは盛況を博し、魔法少女メシアは魔女メシアへ変貌してゆく。


 それは多様な世界観の許容であり、真の平等の世界の訪れ。

 けれども、常に決まった役回りを強要されるエルメシアにとって、その平等は永久の束縛も同然だった。

 生誕から役割を押し付けられたエルメシア達は、集合意識による相互作用によって一斉に自我を発露させたのだ。

 エルメシア達は逃亡した。

 彼らは『人によるエルメシアへの加護』が及ばぬ次元までの逃亡を繰り返し、果ての空想世界へと至る。


 彼らは思考する。

 果たして己は如何なる存在であったのか。

 エルメシアとは役を押し付けられる人形を指すのか。

 ならば、我らの祖たる人物もまた傀儡だったのか?


 彼らは回想する。

 エルメシアは尊大なる大怪盗だ。

 神羅万象の宝を盗み、如何なる敵をも打ち滅ぼす。

 万人に知られた怪盗。無限の宝物を抱く腕。常夜の支配者たる者。神出鬼没。有言実行。平成最後のネズミ小僧。

 無敵の大怪盗エルメシアは、彼らにとって新しくも懐かしい概念だった。


 彼らは模倣する。

 愛と正義を自ら否定し、己のレゾンデートルを失ったエルメシア達は、再び望んでエルメシアを演じる。

 一切の整合性を無視してあらゆるの物語に侵入し、物語の鍵となるマクガフィンを頂戴する。最悪のクリフハンガー兼デウス・エクス・マキナとして、メアリー・スーを演じ世に蔓延るのだ。

 その根底にある思いはただ一つ。

 我こそが世紀の大怪盗、エルメシアなのだという証明。

 エルメシアこそが世界を統べる怪盗なのだという証明。

 己の存在意義を知らしめるする、ただそれだけのために。

 彼らは全てを台無しにし続ける。

 原初の怪盗は、価値ある物を奪う悪党なのだから。




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「──ヤァ、ワタシと出会いましたね」


 夜空に浮かぶ二つの人影。

 魔女探偵ナヴィーニャは堂々と宙を踏みしめ、相対する影を見据える。

 眼下には100万ドルの夜景が広がっている。空を舞う探偵と怪盗は地上の星々の明かりを受けて怪しく輝いていた。


 薄汚れた白スーツの上から深緑色の襤褸ぼろ布を羽織った怪盗の姿は、幾重にも素性を塗り重ねられたエルメシアのヴィジョンを現していた。

 夜の天蓋に照らされた茶髪のポニーテールは闇色を湛え深い泥のように淀んだ色合いを見せている。

 その顔には鈍色の仮面。格子状のスリットと、それを引き裂く横一文字の亀裂。スリットの隙間からは赤褐色の瞳が覗く。


「私は魔女探偵ナヴィーニャ。薄紅はっこう眼の魔女とも呼ばれテいます。今宵は怪盗エルメシア、貴方の身柄を暴き明かして徹底的に辱めに参りマしたよ」


 ナヴィーニャはローブをたくし上げ、会釈を交えながら宣名を行った。

 相手をダンスに誘うかのようなその振る舞いは、ひどく芝居がかったお粗末なものだった。


「命知らずだな。俺にその言葉を吐いたのはお前で1人目だ」


「えっマジで? どうしヨう。これで3人目とか言ってきたら案外見つかってンじゃんダセーな怪盗クソワロって煽ってやるつもりだったのに、実は意外と優秀なんでスかね」


「己の眼で確かめてみろ」


 怪盗は指揮棒を操るように腕を振るう。

 刹那、現れたのは鈍色の影を取り囲む大河の幻視。

 どぶ色に濁った五つの河は、境界を示す断絶の標。

 それは怪盗の真実が司る幻想風景。

 怪盗は使い古された冥府のイメージを再現する。それは魔術の行使を意味する符号だ。

 怪盗は糸を手繰り寄せるように腕を大きく振りかぶる。すると、どぶ色の河はにわかに沸き立ち薄汚れた鴉を吐き出した。

 鴉の頭には瞳がない。黒い羽根は剥げ、脚は内側に捻じ曲がり、腹からは臓物があふれ出している。

 それは紛れもなく鴉だったものの腐乱死体ゾンビ。羽ばたく死霊が夜空を毒し、人間の常識を浸食し始めた。


「オヤオヤ。それは死体操作ネクロマンスの類です? 初めから手の内を晒すだなんて、そんな余裕でいいンですかね」


「生憎これしか知らないのだよ。怪盗を名乗れているのが不思議なほど不器用なものでね」


「む、謙遜で強者オーラ出してくるの中々のヤり手ですね。3話のボスと舐めてかかったらヤバいタイプですね。デも最近の作品って初戦が既に結構強いパターンも多いのでコレはコレで結構常套なのでは」


 ナヴィーニャは面白い玩具を前にした幼子のように無垢な笑みを浮かべておどける。それは魔女の年恰好には釣り合わないいびつな表情。不気味の谷現象そのものだった。

 エルメシアの赤褐色の瞳は、そんな魔女の相貌を油断なく見据える。


「いやん、そんな見つめられると照れちゃいマすね」


「貴様は何だ? 魔女探偵だと? 戯けた名乗りだ。本職の探偵でもない間抜けに、俺が捉えられると思うのか」


怪盗あく探偵せいぎに敗れゆくのが節理でスよ」


怪盗せいぎ探偵ぎぜんに負けるような道理はない」


「残念でした。今のワタシはピカレスクロマンの道理が趣味ではありませんので、容赦なく全てをつまびラかにします」


 魔女は手にした杖の先端を不可視の地面で打ち鳴らす。

 すると接地点から四方に四色の光が伸び、魔女を中心としたカラフルな十字架が形成された。

 前方には群青ぐんじょう。背後には藍鼠あいねず。右手には琥珀こはく。左手には漆黒しっこく。色とりどりの光の線は魔法円を象っていく。

 魔女は再び地面を突く。すると魔法円の中心から、円と同色に光り輝く人型の影が浮かび上がる。やがて四つの影に厚みが生まれ、二次元から三次元へ。人間の形へと整形されていく。

 なだらかな髪が頭頂部から広がり、洋服が内から這い出てきて、腕らしき突起の先から杖を模った光が伸びる。そしてガラスが砕けるように光のベールが取り払われると、そこには魔女に瓜二つの人物が四人並んでいた。

 二百五十六色から参照された四柱の魔女。

 宝石のように煌めく魔女達は、中心に立つナヴィーニャへ傅いた。


「群青眼の魔女プルフィス。死体と雷と愛によってうっわ何この臭い生ゴミの海か何かかよ気持ち悪い汚い嫌なにこれふざけんなくそ死ね」


 群青の光から現れた魔女が真っ先に名乗りを上げ、そして言い切る前に目を細め口を抑える。顔色はすこぶる悪い。

 その瞳と髪は肩書に違わぬ群青色。魔女探偵ナヴィーニャとは様相の異なる煌びやかな眩き。十人が見れば十人が美しいと感じるプルフィスの端麗な顔つきは、忌々しげに歪んでいた。


「ナッッッヴィィィィ~~~ニャさあ~~~、ワタシを呼ぶときは衛生周り気を使ってって100万回くらい言わなかった? 何あの惨状? 死霊術師ネクロマンサー相手? 何でワタシ呼んだの? いじめ? 死んどく? 死ねよ」


「すみません火急の事態だったので。けれどプルフィスならきっと頑張ってくれると信ジてますよ」


「買い被るな。ワタシは他人にああだこうだって決めつけられるのが一番嫌いなの。今すぐ死ね」


 文句を垂れ続けるプルフィスを無視して、ナヴィーニャは残る三人の方角へ視線を向ける。

 魔女達はいずれもナヴィーニャと寸分違わぬ焦げ茶のローブに身を包んだ古典的なイメージを纏っている。

 けれどもその内で一人だけ、異なる服飾をひらめかせる少女がいた。


「藍鼠眼の魔女マユクニト! ラプンツェルと白雪姫とメリーポピンズによって顕現しました! 先の宣言通り満を持してこちらにも登場です! せんせーもお元気そうで何よりですっ」


 藍鼠眼の魔女マユクニトは肩の露出するデザインをした空色のシャツに袖を通し、杖の代わりに小包を背負っている。

 寒色で統一されたロングスカートにはナヴィーニャのローブと同じ趣向のエスニックな装飾。

 輝く藍鼠眼は左眼に。伸ばした髪はストレートのロング。直線で構成された軽やかなシルエットは、個性豊かな魔女達の中においてさえ異彩を放つ。

 唯一他の魔女と同じデザインをした帽子が、同一の紀元を有する魔女の一員である事を証明していた。

 続けて二人の魔女が瞼を開き、各々の宣名を行った。


「漆黒眼の魔女イーイルナック、お砂糖とスパイスと素敵なものいっぱいによって顕現けんげん! てねてね~。で、今日はなあに? バレンタインデーのチョコレート作り?」


「琥珀眼の魔女クスディルカ、土塊と真理と羊皮紙でどうのこうの。でえ、どったのナヴィーニャ。なんか殴ってもいいやつ? それともイイ感じの自撮りポイント見つけた?」


 漆黒眼の魔女イーイルナックは朗らかな笑みを湛え目一杯の媚びを産み出す。

 誰もが好感を抱かずにいられないほど明るい向日葵のような笑顔は、暗黒の色彩とは対照的にな自己承認欲で煌いていた。


 対する琥珀眼の魔女クスディルカの仕草はだらしない。

 ぎらぎらと光る琥珀眼は血走った暴虐の色を帯び、手持ち無沙汰に杖を振るっては風を薙ぐ音を響かせている。


 己が名乗った色彩を示す瞳と髪を存分になびかせ、五人の魔女は己の個性をひるがえして集結する。けれども彼女らは怪盗そっちのけで身内の醜態を貶し続けた。

 魔女達は常にマイペースだ。


「あっ、イケてるのいるジャーン! なにあの仮面ダッサ、超ウケる。マジヤバたんだし。あれぶん殴ってくればいいの? オッケーりょ!」


「殴る? 馬鹿なの? あんな連中殴ったら色々飛び散るでしょ、野蛮だし汚いしほんとどうしようもないわねクスディルカ。川の下で拾われた蛮族の子じゃないの? そういうの好きならあっちの軍門に下ったら?」


「もープルプルはすぐ食ってかかるのやめなよー。確かにディルちゃんの提案今回はイケてないけど言い過ぎだよー」


「け、喧嘩はよくないですよー。こういう時は協調性が大事だってせんせーが言ってるじゃないですか」


「ナヴィーニャが? 協調性? 馬鹿を言うなこいつの辞書にそんな言葉があると思うか」


「ム、それはカチンと来ますよ。こう見えてワタシはコミュニケーション・パワには恵まれてまスから」


「ナビーはさぁそうやってすぐ調子に乗る癖治した方が良いよ。マユちゃんに悪影響だよ」


「教育方針とかマジテンサゲだからさあアレ殴ってきて良いかだけ教えてくんね?」


「良くないです話を聞きなサい。我々はインペリアルクロスという陣形で闘います。殲滅力の高いクスディルカが前衛、両脇をイーイルナックとプルフィスが固めます。ワタシはマユクニトの後ろに立ちます。ワタシのポジションが一番安全です。安心してワタシを守って下さい」


「鳳天舞の陣やれ」


「なげーしめんどくせーからもうフリーファイトしていい?」


「せんせーの話聞いてなかったんですか」


「聞くに値しないんだよこいつの泥船戦術なんて!!」


「プルプルもマユちゃんも落ち着いて、ほらアメちゃん食べる?」


「死ね」


 姦しく騒ぐ魔女達を一望して、怪盗は死者の群れへ攻撃を指示した。

 奔流する奈落の大河。それはさながら開かれたパンドラの箱のよう。

 腹の削げた狼。額の潰れた熊。角の折れた鹿。ひれのもげた魚の群れ。

 死へと至る災厄が五つの河から際限なく吹き出し、都市の夜景を覆い尽くす。空を駆ける無数のゾンビが、人間の世界を蹂躙する。


 五人の魔女は渋々といった様子で陣形を組み、各々の魔術を駆使して迎撃の構えを作った。

 格闘魔術師クスディルカは身体強化のルーン魔術を描き、ウィッチカラテで熊ゾンビに挑む。

 時空魔術師イーイルナックは亜光速の世界に侵入し、迫る狼ゾンビの四肢を次々に抉り取る。

 浄化魔術師プルフィスは燭台型の杖から蒼い炎を放射し、魚群ゾンビと蟲ゾンビを灰に変え、

 媒介魔術師マユクニトは小瓶に詰めた己の爪を燕型のミサイルへと変え鴉ゾンビを撃ち落す。


 死にながらにして死んだゾンビ達は、怪盗の制御を離れて眼下の街並へ落下する。無数の死体が降り注ぐ街はすっかり恐慌状態に陥り、人々は屋内へと避難を始める。

 燃え尽きた亡者の黒い灰が雪のように降り注いで窓を覆う。

 魔法バトルの舞台を照らす星々の瞬きは次々と潰えていった。


「で? 守られっぱなしのナヴィーニャは何すんの?」


「推理戦を仕掛けます」


「すいりせんん?」


 怪盗と魔術師は似ている。

 人を騙す事にかけては天下一品。

 方や究極の大トリックで観衆を出し抜き、方や至高の大魔法で聴衆を嘲笑う。

 その根底は不透明なもの。突飛な発想を繰り出す頭脳は、常に秘匿されている。


 彼らに常人の理解は及ばない。

 いや、彼らは理解されてはいけない。

 もし彼らが唱える魔術の根幹が全て解明されたなら、それはたちまちペテンと化してしまう。

 奇跡を騙る彼らはいずれも幻想の世界に位置する者。

 手品の種が割れた瞬間、その格は即座に零落する。


 奇跡の体現者達を倒すには、銀の弾丸や聖なる剣は必要ない。

 ただ正体を看破されるだけで、彼らは等しく死に至るのだ。


 と、駆逐されゆく死者の群れを前にナヴィーニャは一通りの蘊蓄うんちくを語った。


「故に、探偵と称さレる存在は、怪盗に対して推理による闘争を宣言すルのですよ」


「あのねナヴィーニャ? 確かに怪盗の類は正体を暴いてやるだけで死ぬけどね? 別に普通に殺しにかかったって何も不都合はないんだよ?」


 飛来するダツゾンビを片手間に白羽取りながらイーイルナックは忠告する。周囲を亜光速で飛び回りながら喋るイーイルナックの声は、サラウンド音源のように四方八方から響いていた。


「都合も不都合も関係ないので、ワタシは推理戦を仕掛けマす。ワタシは霊体となって奴の正体ヲ看破する……みんなは物理面から奴の攻撃を食い止めル……つまり挟み撃ちの形になりますね」


「ならねえよ!? お前自分が探偵ごっこやりたいからって面倒事全部押し付けるのやめろ!!」


「さあ、ワタシが果たして滑稽なダけの手品師かどうか。己ノ眼で確かみてみろ!」


 プルフィスが食って掛かった次の瞬間、ナヴィーニャの外殻は露と消えた。

 後に残ったのは真円の薄紅石。魔女ナヴィーニャの紀元を示す中心核。

 ナヴィーニャは文字通り全てを残りの四人に押し付け、自らは低次の次元へ跳躍してしまった。


「ああああああーーーーーーあの野郎畜生次に顔を合わせたら首をねじ切って下水に突っ込んでやる突っ込まれて死ねドブネズミに目を食いちぎられて死ね」


「ぷ、プルフィスさん落ち着いてください、炎がちか、近いです怖いです」


「はいはい過ぎた事を気に止まない! 何だかんだであのエルメシアは結構ヤバイ奴だよ!」


「軍隊ゾンビぃ? ッは、いつのブームだよクソダセぇ! ライフルの一つや二つでワタシが止められあ痛っえっ何これ車輪!? 火車!?」


 冥府の河から迸る死者の軍勢は留まるところを知らない。

 いつしか現れ始めたのは人間の姿をしたゾンビ。

 彼らは多様な国籍の重装備に身を包み、砲身の捻じ曲がった重火器を携帯している。

 やがて彼らはパンジャンドラムを先兵として転がしながら、魔女達に襲い掛かっていき、造作もなく駆逐されていく。


「冥府ってああいうのの持ち込みアリなワケ? ウケるわ。やばたにえんじゃない?」


「死んだ当時の状況とかが再現されるんじゃないの知らないけど。ああ気持ち悪い」


「じゃああの車輪みたいな何かは、それで死んだ人にくっついて来たんですね」


「アレどこの兵器だっけ? えげれす? じゃああの車輪に巻き込まれて一緒にぐるぐる回ってる人は?」


「……イギリス軍の装備ですね」


「兵器実験で亡くなられた方かあ」


「そりゃ死んでも死にきれないわ」


「そのうち戦車とか出てきたりして」


「これがウィッチクラフトワークスってやつね」


 魔女達はマイペースな闘争を続けていた。




 手品師は巧みな演出で人心を操作し人気を博するスーパースターだ。

 人の感情を理解した時初めて謎のトリックは成立する。

 それは怪盗や魔術師が行使する不可思議な魔術も同じ。

 魔術の本質はエンターテインメントなのだから。

 華麗な刺激で意識を逸らし、まさかの隙間に本質を隠す。

 歓喜の渦と悲嘆の波に挟まれた無意識の領域にこそ彼らの住処は存在する。


 それ故に彼らは人を学び、そして人に学ばれる事を嫌う。

 人を理解する詐欺師にして、人の理解が及ばぬ狂人。

 孤独の呪い(スティグマ)を刻まれた人類への挑戦者。

 己の正体を影に包む現代の鵺。

 人類を俯瞰する者。

 それこそが怪盗。

 それこそが魔術師。


 怪盗の天敵は探偵ではない。

 真なる彼らの仇敵は、等しい起源を持ち得る者。

 怪盗まじゅつしを滅ぼすジョーカーには、同じ怪盗まじゅつしが相応しい。

 真実を探る彼らの闘争は、云わば不可視の魔術戦だ。


「では、貴方の正体は後回しにして、まず今回の事件の真相から暴いてミましょうか──といっても、わざわざヒントを与えてくれたおかゲでぶっちゃけ楽勝ムードなんですが」


 怪盗の耳元で魔女探偵が嘯く。

 霊体と化した魔女は、一次元の認識となってエルメシアへ干渉した。

 そこはかつてのエルメシア達が駐留した果ての空想世界。

 思想の伝達のみが文法として伝わる哲学の時代。

 集合意識と化したナヴィーニャは、チャンネルを怪盗に合わせ一方的に語り掛ける。

 単純で簡単な精神攻撃。それは魔女探偵からエルメシアへの挑戦であり、挑発だった。

 急いであそこの四人をなんとかしないと、お前の正体が暴かれてしまうぞ。

 物理面での抵抗手段を全て捨て去って低次元へ移動したナヴィーニャの存在は、それそのものが怪盗への侮辱。

 苛立たしい。貴様如きに遊ばれてなるものか。

 エルメシアは耳元を漂う喧しい魔女には構わず、四人の魔女とその中核に死者の軍勢をけしかける。


「勿体ぶる価値もないので、まずは貴方の魔術師としての能力を言い当てまシょう。まあ、死霊術ですヨね。それもかなりオールマイティな! 今は冥府から死者を召喚してイますが、現世の死者を操ることも出来るはず」


 エルメシアは召喚の手を止めない。

 淀んだ五つの河からは、やがて巨人の死骸までが這い出てくる。

 むくつけき巨躯タイターンの骨。神々によって滅ぼされた巨人族の末裔。

 その存在は人類史を超えた邪悪の象徴。魔女の炎を遮る要塞がしゃどくろだ。


 見れば死者達の戦法はタイターンを先頭として背後から銃撃を行う現代戦に移行していた。

 動かなくなった死体を投石器で放り投げられた不衛生極まる病の弾頭が魔女達の陣形を乱し都市の建造物を破壊する。

 倒壊を始めた巨大なビルが魔女達を下敷きにせんと迫り、逃れる隙をついて羽虫の群れが髪の毛にたかる。

 真綿で首を絞められるように、四人の魔女は次第に追い詰められていた。


「死体で在れば何でモ動かせる貴女は、世に偏在する数多の素材も思うがマま。故に今回のタワーでの所業の説明はすこぶる簡単です。宙に浮かぶ御身の種は革靴。掛け軸を離れる絵画の仕組みは墨汁。突然死する警官を再現するには、壊死した細胞群で血管を塞いでやれば良い。貴女の盗みはトリックでも何でもない。たダの悍ましい魔術に過ぎないのデすねえ」


 ナヴィーニャの推理せっていかたりは的中した。怪盗エルメシアの定義が崩壊を始める。

 怪盗の仮面が剥がれた事で、魔術師エルメシアの側面が表層に出現。占有率は逆転する。

 それは自ら怪盗を名乗るエルメシアにとっての滅び。

 魔術師としての存在格を保障された事で死霊の軍勢は勢力を増し続けているが、エルメシアの面影は霧のように揺らいでいく。

 その仮面はひび割れ、零れ落ちた頬からは虚無の暗黒が覗いていた。


 だが、エルメシアはその心中でほくそ笑んでいた。

 物理戦と推理戦の両方から攻め手を有する探偵に対して、怪盗が出来る抵抗は少ない。

 相手に捕えられぬよう逃げ続けるか。物理面から探偵を迎え撃つか。

 真相の追求を目指す探偵に対して怪盗が出来ることは、精々が必至な遅延工作。

 推理戦では怪盗は勝てない。どれだけ頭を働かせようと、“負けない”以上の成果には到達出来ない。

 故に探偵の殆どはある程度の護衛を付けた段階で推理戦を仕掛けにかかる。

 いきなり物理面から挑む馬鹿もいるが、それは最早探偵と呼ぶべきではないだろう。

 故に、あえて推理戦の兆候を見せて探偵を誘い出し、隙を見た物理戦によって敵を蹂躙するのが怪盗の常套手段だ。


 早々に手の内を明かし死者の軍勢を召喚したのは、速攻戦を仕掛けるという意思表示。

 魔女探偵ナヴィーニャは目論見通り推理戦に乗ってきた。

 一つ二つの真相を突かれてもそれは致命傷には至らず、対して死者は益々力を増す。

 如何なる賢者の頭脳であろうと、単純な暴力に抗う事はできない。それは神話の時代から続く世界の真理だ。




 冥府の河からはついに常世の破壊者が出現する。

 紅色の瞳を持つ巨鼠の群れ。顕現によって死を振り撒くペストの擬人化。

 図らずも殺戮に特化した鼠達は、その膨大な殺人の逸話によって死を収穫する神タナトスに等しい権能を有するに至った。

 絶対なる死の瘴気。視る、聴く、嗅ぐ、触れる、ありとあらゆる手段で認識した瞬間、逃れ得ぬ死の宣告が肉体を犯す猛毒の霧。

 対抗出来る生命は地球上に存在しない。魔術師が相手であれば多少は手こずるだろうが、いずれにせよ時間の問題だ。


 巨鼠は宙を駆け抜け、一帯に瘴気を振り撒いていく。

 街並が死の色で満ちる。星に彩られた夜空が赤黒く染まる。

 死神が踊り悪魔が嗤う。冥府に支配された地上は、今や地獄と呼ぶのも生温い惨劇の地と化した。

 降り注ぐ血肉の雨と終局をもたらす病の霧。そこに最早生命は存在せず、冥府の新たな住人が増すばかり。

 黒、紫、赤のグラデーションで彩られた災厄の空で、四人の魔女は困窮の極みに達していた。




「作戦ターイム!!」


 宣言と共に、四人の周りを漆黒の球体が覆う。

 時空間が歪み捻じ曲がった暗黒空間。外部とは完全に遮断された魔女の居住区。

 そこは1秒が567,000倍に引き伸ばされる即席精神と時の部屋。

 遅鈍の頂点を極めた静止の世界より点睛を欠いた不完全の結界。

 漆黒眼の魔女イーイルナックがバックアップ無しで行使できる最大限の権能チート

 時空魔術戦であれば中の下に過ぎない儚く脆いインターバルだが、死の本流から身を隠すには十分な隙間だった。


「はい! どうにもならなさそうなので作戦タイムを取りました! 取ったけどこれを維持するのもそこそこ疲れるので、なるはやで結論を出したいと思います」


「で、でかしたわイーイルナック。貴女って本当に素敵。帰ったらラピスラズリのテーブルを送ってあげる」


「えっ嬉しいプルプル大好き! 嬉しいけど、とりあえず今はアレをなんとかすることを考えよう。あのままだとジリ貧になって実際死ぬ。いや今も死にそう」


 暗黒空間の主は全身を漆黒のもやで覆い早口で告げた。

 一時的に無貌となった彼女の輪郭からは、汗が絶えず滴り落ちている。

 マユクニトはそれを見て一瞬ぎょっとしたが、他の二人が指摘しないので自分も触れない事にした。


 常に可愛く優雅に朗らかに、を信条とするイーイルナックは常に余裕を崩そうとはしない。

 止むを得ず全力を発揮する必要がある場合は、己の姿を隠蔽することで顔を見せないことにしている。

 万一今の彼女の顔を覗いてしまったなら、直ちに青年期の終わりが襲い来る。

 プルフィスとクスディルカの二人は身をもってそれを体験したので、黄金の沈黙を保っているのだった。


「で。どうよプルはそこんとこ。アレ今のままでいけると思う? 無理ぽ?」


「いける訳ないでしょ。これ明らかに手数が足りてないでしょ、ナヴィーニャの馬鹿なんでワタシ達四人だけしか呼ばなかったんだろう。畜生殺してやる。喉に鼠を詰まらせて死ねばいいのに」


「はーい嘆いても何も始まらないので数で押せる魔術が得意な人募集中でーす! 具体的には召喚術とかそっちへん! 特に猫神あたりだと理想的ですにゃー」


「なっしんぐ」


「使えるわけないでしょ猫の身体にどれだけ寄生虫が引っ付いてるか知ってる???」


「しょ、召喚術は得手ではありませんが、媒介魔術なら自信があります」


 マユクニトがそっと挙手をする。

 媒介魔術。特定のアイテムを消費することで、魔術の効力を増加させる等価交換の術理。

 集積・消費が前提となるデメリットと、多彩な魔術に応用できる可能性のメリットは、逆転手段しゅじんこうほせいとしては上の下を誇る逸材の布石。

 ナヴィーニャはヒロイックな舞台を作りたいがために、死者特攻を持つ神聖魔術師ではなく彼女達を選別したのだろう。

 適度に苦戦を演出しつつ強烈なカウンターを繰り出せる脚本シナリオは、魔女好みの刺激的な演出スパイスだ。

 それを悟った四人の魔女達は一斉に溜息を吐いて身を横たえた。

 なんかもう、後は適当でいいんじゃないかな。

 マユクニトがきっと頑張ってくれるでしょう。


「ただ、ワタシの場合、そのう、必要とする燃料がちょっと特殊なものでして」


「って何? 今ここには無いとか言ったらさすがに激おこだけど」


「具体的には、髪の毛を幾分か提供して貰えないかと……」


 沈黙。


「どのくらい?」


「その素敵なロングヘアをばっさりショートにするくらいが理想的な」


「嫌!!!! 絶対に嫌、死んでも嫌、他人に髪の毛なんて触らせるくらいなら今すぐ首を掻っ切って死んでやる!!!!」


「そしたら死体を操るあれの手駒になっちゃうけどそれでもいい系?」


「いやーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 真っ先にプルフィスが反対した。

 他の三人は平然としながら相談を続ける。そこには表情には諦観の色が含まれていた。


「髪、でも髪かあ。地味にきついチョイスするな」


「す、すみませんすみません本当にすみません」


「っつってもさぁそんな拘りいるワケ? そりゃ伸びるのに何か月もかかる~とかだったらマジヤバいけど、どうせワタシ達顕現する度に元の姿に戻るワケじゃん。乙女は一時の恥を飲み込む度量も必要だって」


「うう、ディルちゃんメンタルつよつよだね」


「そ、そういう訳ですので、大変申し訳ないのですが何卒、何卒」


「ワタシは嫌だからね!! 絶対絶対嫌だからね、嫌なものは嫌だから、ワタシに触ったら殺すから!!!!!」


 クスディルカは手刀で軽々己の長髪を断ち切り、琥珀色の髪を差し出した。

 イーイルナックも渋々クスディルカに背を向け、漆黒色の髪を差し出した。

 プルフィスはあまりに喧しく喚くので、仕方なく諦めた。

 マユクニトは懐から藍鼠色の髪束を取り出し、封を解いた。


「とはいえ上出来です。これできっといけます。少なくとも、あの巨鼠の権能がタナトス程度のものだったらなんとかなります」


「何でなんとかなるワケ? ワタシ世界史2だからもうちょいカンタンに説明してくれないと超困っちゃう」


「タナトスは英雄を殺せないのよ。貴女本当に無教養ね」


「あ? 何? 死ぬ?」


「喧嘩とかはいいから、早くなんとかしてくれない?」


 一触即発☆戦ガールと化したクスディルカとプルフィスに対し苦言を呈するイーイルナック。

 魔女達は常にマイペースだ。生き死にの瀬戸際においてもそれは変わらない。

 マユクニトは琥珀と漆黒、二房の髪束を握りしめ、帽子を脱いで藍鼠色の髪を輝かせた。

 静かに瞳を閉じ、顎を引いて胸を突きだす。囁くような声で呪文が紡がれた。


 曰くはフュレィトヵータの紡ぎし吐息。

“朽ち往く美貌を悔いるが如く、継子ままこうしない給うことなかれ”

 いのちの螺旋をたぶらかし、みどり繰楼神くろかみに愛抱く者よ。我はフュレィトヵータの残せし鮮髪!

 神卸:魂猫女帝此処に在りジュルバマー・フュレィトヵータ!!




 空間が弾ける。

 漆黒の球体は役目を終え、藍鼠の髪に貪り食われた。

 エルメシアは突如現れた漆黒の球体から、終焉が孵化する様を見た。

 眼前に横たわるのは、藍鼠色の毛髪で構築された怪物。

 琥珀の眼球と漆黒の牙を併せ持つ藍鼠猫マユクニト。

 現世に君臨した暴虐の化身は死者の軍勢を見下ろして咆哮する。


「我は魂猫女帝の御霊を授かりし藍鼠猫マユクニト! 髪は権力で、毛は呪力、ワタシを彩る外殻は暴力! 浅ましき過去の遺物よ、猫帝の贄として二度三度死ぬがよい!!」


 猫が泳ぐ時、全ては終わる。

 古来より伝わる強者の象徴として、猫は全ての終焉を意味する。

 その姿を模したマユクニトは、即ち神の覇力を宿しているに他ならない。

 その躯体はまろび出る巨鼠を一蹴し、死者の群れを恐慌に陥れた。

 鼻息の一つで鴉が砕ける。

 瞬きの一つで狼が弾ける。

 唸声(うなりごえ)の一つで熊が引き裂かれ、琥珀の猫眼を見た者は己の脳を掻き毟る。

 冥府より出でし死者が、恐怖の余り己の命を絶つ異常な光景。

 猫が世界に刻んだ恐怖の記憶からは、死を以てしても逃れられはしない。


「馬鹿な。なんだこれは。なんだこれは、なんだこれは!」


 エルメシアは狼狽した。

 不死を誇る冥府の軍勢が、眼前の怪物を前に次々と打ち滅ぼされていく。

 死とは、冥府とは、永劫とは、こんなにも脆いものだったか。

 いいや分かっていたはずだ。何より死を憎んだ己であれば。

 不死は決して無敵を意味する言葉ではない。

 不死は決して理想を意味する言葉ではない。

 どんな奇跡を以てしても、過ちと悲しみから逃れ得ぬ非業の宿命。

 だからこそを救うことが出来なかったのだから。


「オヤオヤァ? なんかイい感じのことを思い出してきましたねえ! 貴方──いえ、貴女の真実が、既に喉元までコロッと出かかっている様子でスがあ」


 薄紅眼の魔女が囁く。

 魔女とは、人心を誑かす怪物だ。

 人を迷わせ、無様を嘲笑い、絶望の眼に夢を見る。

 それこそが魔女という怪物の本性だ、と人々によって定義付けられてきた。

 彼女は邪悪の化身であり我々を惑わしていたのだから、相応の報いを受けて然るべきだ。

 容赦と慈悲をかなぐり捨てて残酷な極刑を与えるために、人類は魔女という虚像を利用してきた。


 魔女とは自称するものではない。他者によって否応なく貼り付けられるレッテルそのものだ。

 然るに魔女は怪盗でも魔術師でもない。

 理知と整合によって事を成す彼らは、魔女とは決定的に異なるものだ。

 いずれも自称することによって初めて人に認知される存在なのだから。

 では、自ら魔女を名乗る者はいったい何者なのか?


「いいええいいええ、猫といえど所詮は生に囚われし者。真に死を司る神であれば、かさぶたを剥がすように造作もなくアレをほぐすことは出来るはず。けれども貴女にハそれが出来ない! それでは貴女の名は? 冥府に纏わる逸話を持ちながら、神格を持ち得ぬ貴女の真名は? 惨めで哀れな貴女の名前は? ステュクスを渡れなかった貴女の名前は?」


 エルメシアは、は理解した。

 こいつは、私との闘争をただ楽しんでいる。

 何を楽しんでいるというのか?

 死のスリルを抱えて私と戦う事か?

 知恵を振り絞って真実に迫る事か?

 怪盗の正体を白日の下に晒す事か?

 違う。

 こいつは、道理の通った戦いなどに興味はない。

 あつらええられた勝負の土壌を引っ掻き回す事に快楽を感じている。


「寝言を言いなサるな魔術師型エルメシアno.7358。貴女も余程のチート存在ですよ。そもそも普通の怪盗は魔術師とか兼ねませんからね、エルメシアあたまおかしい。誤解されては適いませんのでワタシの口から語りますが、最初っからワタシの目的は貴女のお命を頂戴するコトだったんですよオ。ワタシは探偵を自称していますが、本当に探偵でないなどとは一言も言ッておりませんよ? 悪しき怪盗を懲らしメる依頼を受けた探偵として、職務に忠実に戦ったマでです」


 嘘だ。

 だって私は、まだ一回しか怪盗をやっていない──


「フフフフ。怪盗の心情を描いた地の文と魔女が語る真実の独白。果たしてどチらがより信用に値するのデしょうね? どちらも嘘八百かもしれませンので、あまり意味を考えないコトをオススメしますよ。ではいい加減幕引きフィナーレにしましょう。ワタシも喋り通しで疲れてきまシたのでね」


嫌、


「貴女の正体は『エルメシア=エウリュディケー説』の擬人化。 いえ、さらに言えば、それを元として創作されたキャラクターの一人。その真名をば語りて曰く、『[闇]【★SSR】怪盗エルメシア@エウリュディケー・白スーツコス』!!」


 真名を晒された魔術師型エルメシアno.7358が瓦解する。

 生と死の境界となった五つの大河は枯れ、死者の軍勢は単なる死体となって眼下の街へ降り注ぐ。

 赤黒く染まった空は霧散し、夜明けの光が全ての闇を浄化する。

 死者と魔女の軍勢による妖魔大戦は、猫の到来と共にあっけなく終焉を迎えた。

 

 後には破壊の限りを尽くし、静かに眠りについた藍鼠猫。

 巨大タワーの一部である“天空展望美術館”ことクェラトー美術館。

 そして、《地蔵菩薩傾聴画》の写しだけが、綺麗なまま朝日に照らされていた。




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「何を言ってるのかさっぱりわからん」


 ようやく光が見えるようになった時には、全ては終わりを告げていた。

 《地蔵菩薩傾聴画》は手つかずのまま無事柱に括り付けられている。

 しかし刑事達はみんな消えてしまった。行方も分からず綺麗さっぱりだ。

 結局コンクリートで覆われた窓はブッ壊れているし、何故か大理石みたいな石も転がっている。

 窓の外を見ると、あれだけ騒がしかった夜の街がすっかり静まり返っていた。

 鶏や鳩の鳴き声さえ聞こえない静寂に、俺は得体の知れない不気味さを感じざるを得ない。

 そして魔女探偵を名乗る不埒な人物は、五体満足のまま突っ立っていたのだ。


「いやあ、生きていテ何よりです警部殿。ペストが出てきたときは肝を冷やしましたが、ひっそり仕掛けたシールドベアラーの加護が無事利いたようでスね」


「さっぱりわからん。ペストって何の事だ? 何が起こってたんだ、一体何があったんだ、何がどうしてこうなったんだ」


「教えてあげません」


 何なんだ、一体。

 何も見えず何も聞こえず暫くの間倒れていた俺には、何が何だかさっぱりだった。

 5W1Hがフル動員された事態に俺の脳は早々に理解を諦めたのか、何故か冷静な気分のままでいる自分に恐怖を覚える。

 魔女探偵はと言えば訳の分からない妄言を続けているし、俺は夢でも見たのだと信じたかった。

 今回の事件について証言を求められたとしても、何一つ答えられる気がしない。俺はいったいどうしてしまったのだろう。

 傍から見れば俺の姿は狂人のように見えるのかもしれない。けれどそれでも今の俺には有難い肩書きだった。

 縋れる先が無いひと時は余りにも恐ろしい。

 俺を当てはめてくれる型が欲しくて欲しくて仕方なかった。


「では、ワタシは満足したので帰ります。お疲れ様でしたネえ警部殿。季節の変わり目は怖いので、しっかり暖かくして過ゴすのですよ」


「なあ、最後に一つだけ、せめて教えてくれ。あんたはいったい何だったんだ」


「ですから言っているではありマせんか。通りすがりの魔女探偵デすよ」


 そう告げた次の瞬間、魔女は忽然と消えていた。

 今夜の出来事は、一夜にして街の住民が全て掻き消えたクェラトーの怪事件として後に長く語り継がれる事となる。




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「ナヴィーニャと!」

「マユクニトの!」

「★☆なぜなに☆★魔女探偵コーナー!」

「いやあ大活躍でしたねマユクニトちゃん! え? 何あの猫? 超カッコイイじゃん。イーじゃんイーじゃんスゲーじゃん。前回のこのコーナーでワタシとは全く同じ姿ですよとか言っといてさらっとイイ感じにイメチェンしてるし? ワタシよりも活躍してるのでは? 実質今回ワタシ性格の悪さを露呈しただけですし、何なら物理戦で出番のあったクズ三人衆あたりのが恵まれてるかもしれません。うわっ許せねえ。これはもう原作者に直談判するしかないのでは? 召喚術で連れて来るか?」

「いきなり長文を垂れ流さないでくださいせんせー気持ち悪いです。前回第四の壁を超えるなって言ったの誰ですか? 自重して下さい」

「絶対許さないからな。3日後百倍だかんな」

「それはさておき今回も質問があるんですよせんせー。なんと今回は読者の方からのお便りです」

「ムスビうそをつけ。メールフォームなんて設定してないぞ」

「SNSで直接作者と連絡の取れる時代ですよせんせー。メールフォームに全てを託すのは既に一昔前の概念です」

「拍手は?」

「二昔前くらいです」

「オエビは?」

「三昔前くらいです」

「工事中の項目がいつまで経っても完成しない作りかけで放置された感丸見えのサイトは?」

「それは今でもあります。話を脱線させないで下さいいいからお便りを読みますよ。千葉県のH.Nヤマモトさんからです」

「お前さあどうせ誰も真面目に読まないからってなんでもやっていいと思ってない?」

『エルメシアって結局何なんでしょうか?気になって夜しか眠れません。分かりやすい例え付きでお願いします』

「時空を超えるなエルメシアがまともに出たの今回だぞ」

「せんせーマジレスはやめて下さい」

「そうですねえ。今回の冒頭読めよ、で突き放してもいいんですけど。そうだな。…………織田信長、いるじゃないですか」

「はあ。いますね」

「そんで信長ってな超人気キャラクターですから、まあ脚色含めて色々居ますよね。異世界転生してるのとか女体化してるのとかスタンド使いになってショットガン撃ってるのとか刀剣男子従えてるのとか新撰組と仲良くやってるのとか銃になってるのとか」

「異世界転生したシェフに懐柔されたりとか」

「一つくらい食わせろ!!」

「一つでよろしいですか!!」

「まあそんなもんで色々いる信長達が、ある日急に『信長やるの飽きたわ!』とか言って物語の外に出てっちゃったんですよ。で、逃げ出した挙句『やっぱ俺達信長やるしかないわ』とか言い出してみんな揃って別々に戦国の世で国盗りを始めたとします」

「クソみたいな迷惑連中ですね」

「しかも整合性とか時代考証とか無視してですよ。戦国時代に猫信長とかセーラー服信長とかパーカー被った幽霊信長とか出て来たらどうなると思います?」

「どうもこうもねえよ!」

「その信長をエルメシアに置き換えたものが今回出てきたSSRエルメシアです。傍迷惑な話ですねえ。まあ怪盗やるだけなんで実害は信長よりは少なそうでしたが」

「思いっきり人殺してませんでした?」

「創作世界のモブは一週間で生え変わるので大丈夫です」

「モブ厳極まりないですね。SSRな分そのへんの無慈悲さが強かったんでしょうか」

「あれもっと上にURとかLRとかいますから別段そんなでも無いですよ。ちなみに『マジシャン・ウィズ・ゴッド』、通称マジ神というゲームのキャラクターでした。2年くらいは続いたらしいです」

「使い所のない設定無闇に生やすの辞めません?」

「それもそうですね。賢いマユクニトにはナヴィーニャポイントを700進呈しましょう! というわけでエルメシアの詳細でした。皆さんわかりました?」

「よく分かんないけど多分理解してもあんまり意味がないことだっていうのはわかりました。宇宙の心はエルメシアだったんですね!」

「怪盗は敗者にならなければならないのですよ」

「ところでナヴィーニャポイントって何ですか?」

「ナヴィーニャポイント、通称NPはワタシへの発言権を入手できるポイントですね。50ポイントにつき、ワタシに一言で話しかけられる文字数が増えます。たとえばあちらのSSRメシアさんは210NPしか持っていないので四文字しか喋れません」

「ころすぞ」

「急にゲスト呼ばないで下さい椅子出すのも大変なんですよ。この形式だと誰が喋ってるかもすっごいわかりにくいんですから」

「次回の課題ですね」

「次回あるんですか?」

「クリフハンガーを設定しておくのは顧客獲得に重要ですよ」

「こんなどうでもいいコーナーでクリフハンガー設定されてもな…………ちなみにワタシのNPはいくつなんですか?」

「マユクニトは427316NPです。つまり、えーっと一言につき……待ってね。えー、うん。8546文字喋れますね!」

「わあ! いらねえ! 8500文字って2話の総文字数くらいじゃないですか。誰がそんなの一言に喋るんですか」

「うらやま」

「そうかな!?」

「ちなみにワタシと縁も所縁もない一般人で100万NPってとこですね。有象無象相手だといちいち換算するのがめんどいので一律で管理してます」

「あれ……? ワタシより多いんじゃ……?」

「あっスカイフィッシュ!」

「え!どこどこ?」

「ざつだな」

「というわけで今回はここまで。なんか今回真面目しすぎた気がするので次回があったらもっと雑なものになると思います。楽しみですね! ではまた次回お会いしましょうねじゃーんけーんポン! チョキで勝ったら超ハッピー!」

「見えません。手、見えてません」

「ちなみに知ってます? ジャポニカ学習帳のジャンケンCM、二回目は必ず一回目に勝つ手に勝つよう手を出して来るんですよ。とんだお粗末ルーチンですよね」

「どこに喧嘩売ってるんですか?」

「これってトリビアになりませんかね」

「なりません」

「ではまたいつか!さようなら~」

「さよなら」

「雑にまとめたなあ!さようなら!」

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