第一章 燃える街・参

 びゅおん。強烈な薙ぎ払いの一撃が、目の前の群衆を襲った。


 豪快な一撃。醜人が手にしているのは太く固い広葉樹の幹。先ほどまで家屋の側にあったそれを、根ごと引き抜いていたのである。


 馬でさえも吹き飛ばす攻撃に、数人の男たちはゴム人形のように跳ね飛んでいった。


 同時に柱を二本へし折られた厩は倒壊し、呆けていた幾人かが下敷きとなる。


「ば、化け物だぁっ!」


 男が叫ぶ。醜人の言葉が耳に入ると、醜人は怒りに顔を強張らせ、二、三度飛び跳ねると周囲の大地を揺るがした。


 怯え逃げ惑う男たちは修道女を解放し、我先にと逃げ出そうとする。


 修道女もそのあまりにも凄惨な光景に立ち去りたい恐怖に駆られたが、すっかり腰を抜かしてしまいぺたりと座り込んでしまった。


「呪術生物の類・・・・・・ですの?」


 見開かれた修道女の瞳が醜人の視線に重なると、修道女は息をのむ。


 真っ赤に染まる瞳の奥に残る理性の光がちらついていた。


「一体あなたは誰なのです?」


 醜人は何も答えず、ただ次の手を思案していた。


「おい、何ビビってやがんだ。図体はでけぇが一人だ。こっちは二十人。数で押せば勝てる。しっかりしろ!」


 髭男がその場を一喝すると、愚かな戦士たちはよろめきながらも、彼を中心にして醜人を囲い込む姿勢をとった。


「投擲用意! 放てぇっ!」


 各々の腰に下げていたスリングで、石を打つ。


 醜人はとっさに顔をかばうが、下から降る石の雨は男の皮膚に食い込み破る。


 ぶつぶつと創傷が増え、醜人が痛みによろめくと、男たちの士気があがった。


「所詮はうすのろの怪物だな」


「人間様の力を思い知れ!」


 ついに男たちが剣を抜いた。今までの逃げ腰は一体どこへやら。


 煌めく刀身を向けながら、男たちは醜人へと突撃していく。


 だが、醜人はこの好機を逃すことはなかった。


「ウオオオオォォォォォンッ」


 男の抱える樹木が黄金色の光を孕む。


 その妖しい輝きを誰も気に留めない。


 なんだ。何か危険な感じがする。


 髭面の男がそれを判断した時には、遅すぎた。


 醜人は、勢いよく跳ねながらその幹の根を地中へと還す。


 同時に光が大地へと吸い込まれた、その刹那。


 無数の固い根が、地面を突き出して男たちの元へと伸びていた。


 勢いを殺すことのできない彼らは、自ら尖った根へと突進していく。


 その後すぐに響いてきたのは、身の毛もよだつ断末魔の合唱であった。


 血飛沫をあげて崩れ落ちる男たちを、醜人は最後までにらみつけていた。


「神の・・・・・・奇跡。一体どこで、祝福を受けたというのですかっ!」


 修道女は暗がりから覗く影に言葉を放つ。


「勘のいい修道女だ。お陰でボクがおとりにならずに済んだ。感謝するよ」


 出てきたのは日中、あの色鮮やかな炎を吹き上げる藁束を渡した商人だった。


「目が見えないのは嘘でしょう? 私、嘘の臭いには敏感なんですの」


「なるほど。これは一本取られたね」


 商人が包帯をずらすと、虹色に輝く瞳をこっそりとさらけ出した。


「さぁ、ここにおはしますは神の奇跡を授かった使徒にございます。このお方は事情を話せと仰せだ。どうせ皆起きているんだろう? そうでなければ、屋根を剥がして確認しようか」


 ぞろぞろと、あちこちから村人が湧いて出てくる。


 その中には、厩を提供した夫妻の姿もあった。


「事情を説明してくれるかい?」


 中央に出てきたのは、頭髪のない妙齢の男だった。


「もはやこの村が滅ぶのは時間の問題なのです。火の街は山の木々をすべて切り倒してしまった後、周辺の村を襲うようになりました」


 男は語る、この襲撃事件の本当の理由を。


「火の神は今、人間を娶ることにご執心なのです。この村で一人差し出さねば私の娘が・・・・・・。先ほどの戦い、様子を伺っておりました。縋れるのであれば、もはやあくまでも構わない。お願いします、この村をお救いください」


 額を擦り付け、救いを乞う。醜人を見て小さく悲鳴を上げていた村人たちも、やがてゆっくりと頭を下げた。


 醜人も商人も、何も答えない。


 夜明けを告げる小鳥の鳴き声が、彼らの答えであった。

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