第一章 燃える街・壱
「やぁやぁそこのお姉さん! 藁の村へ行くのかい?」
道端に胡坐をかいて問いかける商人だが、その風貌は異様だった。
短く刈り揃えた髪に、煤けた丈の短い股袴。
しっかりとさらしを巻いて潰してある胸が商人を女であると認識できる唯一の肉部位で、その上には毛皮を羽織るのみ。
そして顔面は、口を残して全て包帯で巻かれていた。
「あぁ、そんなに警戒しないでおくれ。人攫いは専門外でね。ただ、ちょっと気になっただけさ」
「いえ、どうして私が女性であることがわかったのでしょう?」
きょとんとした声を上げたのは修道女。豊かすぎる金色の髪は、ヴェールからも零れ落ちるほどであった。
「まず足音の間隔が違う。男はゆったりうるさく歩くからな。それから臭いだな。男女の体臭は違うからはっきりわかるんだが・・・・・。もしや貴族のお嬢さんかな?」
「ふふ、不正解です。私は貧民教会で育った、巡礼中の者ですよ」
「ありゃ、鼻づまりでも起こしたかなぁ」
鼻をこすりながら、商人はずた袋から藁束を一つ取り出すと、修道女に差し出した。
「寄付なんざできねぇから代わりにこれやるよ、野垂れ死にされても夢見が悪いからな」
「ありがとうございま・・・・・・」
修道女の細腕を、反対の腕で強くひき、商人は耳元で囁いた。
「村には滞在するな。火に気をつけろ」
商人が忠告をしているのも関わらず、修道女は平然と藁束を受け取っていた。
「神はいつも見ています。あなたが今、ここでこうして物売りをするに至った理由まで、全て」
「なっ・・・・・・!」
「きっと上手くいきますよ」
商人は何も言わず、慌てて煙草をふかしていた。
修道女が地平線から消えるまで、彼女は視線を反らすことが出来なかった。
※
「もし、もし? この村に祭殿はございますでしょうか? お祈りをさせて頂きたいのです」
曇り一つない、不自然に陽気な青空だった。
その影響だろうか、巡礼中の修道女が訪れた村の大地は、痩せ衰えているような気がした。
いや、実際に痩せているのだ。散らばる煤の跡が、略奪を受けた後であることを示している。
「祭壇ならここより北側の、井戸の側にある建物ですが・・・・・・」
まばらに並んだ家屋群に、それぞれ幾重にも端切れ板を打ち付けられた歪な扉。
重々しくそれを開いてて現れたのは、黒ずんだ目元を携えた痩せぎすの女性だった。
陰気な影を落とすこの村は、どうやら見えざる恐怖に怯えているらしい。
数秒の沈黙の後、おい、とやや太く響く声と同時に、顔を土焼けさせた褐色の男が姿を現す。
農夫特有の厳めしい雰囲気はなく、女性同様にひょろりと縦に長い印象の男性。
彼は修道女を一瞥すると、長い溜息を一度吐いて口を開く。
「どちらの信仰で?」
「豊穣の神です」
「あぁ、それで村を」
豊穣の神はまだこの大地に顕現していないとされている。
彼女はのどかな畑を好むため、信徒の者は耕作をする村を巡礼するのだ。
「すまないが食料も路銀も提供できないんだ」
「えぇ、構いませんとも。無きものを奪うべからず、ですわ。ただ、今晩の雨露を凌げる場所の提供だけは、お願いしたいのです」
おそらく夫婦であろう二人は、顔を見合わせた。
やがて意を決したように頷くと、やけに明るい声を出す。
「それなら丁度使っていない厩があった。藁に布を敷いておこう」
「お手数おかけして申し訳ございません」
「いやいや、何もできないんだ。これくらいのことはお安い御用さ」
気前よく笑う男に修道女は礼節を持った微笑みで返すと、村の向こう側へと目を細めた。
「この日照りは、あの禿げた山と関係があるのでしょうか?」
空気が、凍った。しっとりと汗ばむほどの気候であるはずなのに、心臓に氷をあてがわれたかのような青い表情で夫婦は立ち尽くしていた。
「きっと雨は降りますよ」
修道女は振り返り、祭壇を目指して歩き出す。
「傲慢な火の神を屠れば、ね」
修道女は、恐ろしく整った歯を覗かせて笑った。
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