第33話 水面下の争い

「ストーカー.....?」

綺麗な店員さんの言葉を繰り返す。

ふと飲み屋での店員さんの冗談を思い出す。

先程の冗談が、まさか本当だったとは。

「えーっと、それは中々にお辛い状況ですね。警察にご相談されたりは?」

「相談はしました。ただ、まだ事件性がないから動くことは難しいと言われまして.....」

「なるほど。それは困りましたね」

店員さんの心情を察して、健太は慎重に言葉を選ぶ。

「なーんか、警察も頼りないね。事件にならないと動けないなんて」

深刻になる二人を他所に、優希は暢気だ。

そんな暢気な女に毒づく。

「よく言うよ、軽犯罪者の癖に」

「あら、なんのことかしら?」

「どの口が言ってんだお前」

優希といると、つい漫才になりかけるが、依頼人の前なので、ぐっと堪える。

「で、警察に頼れないから、助けてくれそうな俺たちに依頼してくれたってことですね?」

「はい」

店員さんが頷く。

なるほどね。さて、どーしたものか。

本来なら助けてあげたいところなのだが、正直『夢見屋』という事業目的とは少しズレているようにも思える。

あくまで夢を見せるのが事業目的だ。

何でも屋ではない。

依頼を受けるにしろ、金銭のやり取りが発生すると、書類上でややこしいことにならないだろうか。

内心そんな心配をする健太を他所に、あいかわらず暢気な軽犯罪者は、淡々と話を進めていく。

「ちなみに、いつ頃からストーカー被害に遭われてるんですか?」

いや勝手に進めんなよ。まだ引き受けるとも言ってないっつーの。

ジロリと横目で優希を見るが、気付いていないのか無視しているのか、こちらを見ようともしない。いや絶対後者だな、こいつの場合。

「ちょうど1ヶ月前くらいからだと思います。職場から家に帰る際に視線を感じるようになって」

店員さんの言葉を聞くと、優希は苦いものでも食べたかのように顔を歪めた。

「うわー、気持ち悪っ。白瀬と同じ人種じゃん」

「一緒にすんな。てか、どこが同じなんだよ」

「初対面のとき、私のこと追っかけ回したじゃん。このストーカー!」

「あれは全面的にお前が悪いだろ」

てかお前と話してると話が進まねぇよ。いや今は進めたくないけど。

頭の中でグルグルと思考を巡らせるが、なんだか面倒になってきた。

あー、もういいや。

とりあえず話だけでも聞こう。

「で、そのストーカーは直接危害を加えてきましたか?」

改めて店員さんに聞く。

「いえ、そーいうわけでは。遠くから見られているといった感じで.....」

「ストーカーの容姿は?」

「いつも仕事帰りの時間が多いので、暗くてあまりはっきりとは.....」

確かに、このレベルでは警察も動けないだろう。今の段階では、まったく実害が出ていないからだ。

「仕事帰りの時間ってことは、丁度この時間に尾けられてることが多いってことですか?」

「そうですね.....」

「てことは、こうやって、俺たちと話してるのはマズイのでは?」

「え?」

店員さんが驚いた表情になる。

「な、何でですか?」

「お姉さんが俺たちに助けを求めたっていう風に、ストーカーに捉えられるかもしれないんで」

「な、なるほど.....」

「今までは何も危害がなかったですけど、これを機にアクティブな動きをしてくるかもしれません」

「そ、そんな.....」

店員さんの顔色が目に見えて悪くなる。

ちょっと言いすぎたか。

「まー、別に素人意見なんでテキトーに聞き流してくださいよ」

「いやフォローになってないから」

優希がジロリと健太を見る。

そして、すぐさま、店員さんに向かって優しく微笑む。

「安心してください。今まで行動を起こさなかったってことは、そのストーカーは気が小さいんですよ。もしかしたら、アタシ達といることで、牽制にはなるかもしれません」

「た、たしかに....」

店員さんの表情がいくらか和らぐ。

優希が再度、ジロリと健太を見る。

そんな、女の敵みたいな目で見んなよ、まったく。お前の俺への罵倒の方がよっぽど、ヤベーからな。

しかし、いよいよ、この流れでは依頼を断るわけにはいかないようだ。何だか優希に乗せられたような気もするが。中身は酒飲みたいだけの奴なのに。

健太は小さく溜息を吐き、後頭部をポリポリと掻く。

「まー、とりあえず、依頼はお受けしますよ」

「あ、ありがとうございます」

「依頼内容としては、ストーカーを捕まえたい、またはストーカーを辞めさせたいって感じで良いですか?」

「はい」

「では、1つだけお聞かせ願いたいです」

「何でしょう?」




「あなたの夢は何ですか?」



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