第32話 店員さんの依頼

「えっと.....え、マジで言ってる?」

想定外すぎる言葉に、つい狼狽してしまう。

「あ、ダメでした?もしかして、まだ事業の準備中とか?」

「いや、そーいうんじゃないんだけど.....」

こんな怪しげなビジネスに、何かを依頼する人間がこんな簡単に現れるなんて普通思うかよ。

まー、そんなビジネスを自分はやろうとしてるわけなんだけど。

綺麗な店員さんの表情からは、本気で言っているのかどうか判別できない。

言葉の裏に何かを隠しているのか、それとも、ただ単に危機管理が薄いのか。どちらにせよ、厄介この上ない。

いや仕事振ってくれてる人に対して、厄介なんて言っちゃいけないんだろうけど。

「あ、でも、まだ仕事中なので、終わってから詳しくお話しさせて頂いても大丈夫ですか?」

綺麗な店員さんが少し慌てたように言う。

当たり前の反応だ。

「あー、そんなの全然大丈夫ですよー。1ヶ月でも待ちますよー、この男は」

「いや待たねーからな」

優希が赤ら顔のまま、ビジネススマイルで応える。なんとなく作り物臭さを感じる。

こいつ、やがったな。

ふと、そんなことを思った。

自分の隣でもう一度、上機嫌でジョッキを煽るビジネスパートナーの脇を肘でつつく。

表情に大きな変化は無かったが、一瞬こちらを見た瞳の奥が澄んでいたのを健太は見逃さなかった。

まったく、この女は。油断も隙もねぇな。

とりあえず、その後は綺麗な店員さんの仕事が終わるまで、自由に飲むことにした。

表面上、仕事の話をすることはなかったが、水面下で初仕事が進むこととなるのだった。


『島八』閉店後。

お店の後片付けがある店員さんを待つ健太と優希はお店の外で初秋の夜風に当たっていた。

「あー、久々にメッチャ飲んだわぁ。こんだけ飲めるなら夢見屋も悪く無いかもねー」

「依頼こなすまで、次はねーからな」

「てことは、仕事したらまた奢ってくれるんだ?」

優希が上目遣いでニヤリと笑う。

「お前、ホント性格悪いよな」

「デキル女って言ってくれる?」

「てか酔ったフリはもうしねーのかよ?」

「あらあら、何のことかしら?夜風が気持ちよくて、酔いも覚めちゃった、みたいな?」

「じゃあ、そーいうことで良いよ」

こいつと真面目に話すのは骨が折れる。

そんな他愛もない話をしていると、綺麗な店員さんが、これまたお洒落な私服でお店から出てきた。

優希とはまた違う可愛さだ。

明るい茶髪のロングヘアーにグレーのブラウスとベージュのロングスカートは、まさに綺麗なお姉さんそのものだ。髪も下ろしており大人の色気がとにかく凄い。その点も優希とは大違いである。

キリッとした目で綺麗な店員さんと正面から向き合う。

「お姉さん、良かったら夜景の綺麗なバーでお話を伺いますが.....?」

「おいこら。口説こうとするな」

ジロリと優希が白い目を向ける。

「アホか。俺は依頼人に最上級のおもてなしをしようと思って.....」

「売上もまだないのに無理でしょ」

「それは、お前のひったくり貯金で....」

「そんな貯金はないから」

優希といつもの漫才をしていると、お姉さんがあどけなく笑う。

「ここで大丈夫ですよ。大した話でもないですし」

「ま、お姉さんが良いんなら.....」

「で、どういったご依頼でしょうか?」

優希が事務的に尋ねる。

コイツのこういうときの変わり身の早さは何なんだか。

綺麗な店員さんは少し、周りを気にする素振りを見せた後、ポツリと答えた。



「私、ストーカーに遭ってるんです」


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