第31話 飲み屋で
土地勘も大してない為、事務所近くにあった居酒屋に、とりあえず入ってみる。
暖簾には『島八』と書いてあった。店名だろうか。
店内は古き良き居酒屋といった雰囲気で、仕事帰りのサラリーマン達でごった返していた。
「お好きな席どうぞ〜」
店内を忙しなく動き回っている店員のおばさんに、そう言われたものの空いている席がそもそもない。
「うわっ、人多いね。場所変える?」
優希に聞かれる。
「え、何?昔騙した男でもいたわけ?」
「いや違うから。仕事の話するんなら、もっと落ち着いたとこの方がよくないのって意味」
たしかに一理あるが、健太の考えは違った。
「いや、これくらい酔っ払いが揃ってる方が、何か聞かれたところで明日には忘れてくれんだろ」
「そーかな〜?」
優希はやや不安気な様子だったが、かまわずに健太は唯一2人分空いていたカウンター席に歩みを進めた。
カウンターには料理を下膳して帰ってきた20代前半くらいの綺麗な女の子がいた。居酒屋の若い子って、何でこんなに綺麗なのだろうか。
「お姉さん、ここ座っても良い?」
「あ、いーですよ。お冷お持ちしますね!」
「どーもー」
軽く言葉を交わすと、綺麗な店員さんはすぐにお店の奥に引っ込んでしまった。この忙しいなか、よく丁寧に接客できるもんだ。
感心していると、優希が隣に座った。なぜか怒っている様子。
「ちょっと!勝手すぎるんだけど」
「ここしか席空いてねーだろ」
「いや、そーいうことじゃなくて。はー、もういいよ」
優希が諦めたように溜息を吐いた後、お店の奥から戻ってきた女の子に手を挙げる。
「お姉さーん!生一つ!」
「オッサンかよ」
「女には呑まなきゃ忘れられない夜があるのです」
フンっと優希が鼻を鳴らす。
「何だそれ?」
「あ、そーだ、今日は白瀬の奢りで良いんだよね、セ・ン・パ・イ?」
「お前性格悪いよな」
「白瀬には負けるよ」
「なわけあるか」
そうこう話してると、お冷が届いた。
「生もすぐお持ちしますので」
綺麗な女の子はにっこり微笑み去っていった。
「あーいう子雇いたかったよ」
「いやいや、あーいう子に限って性格ドブスだったりするんだよ。営業スマイルに騙されちゃダメだから」
「それお前が言っちゃう?」
男騙しまくってるよなお前?
「てか、白瀬は何か頼まないの?」
「いや俺、呑めないんだわ」
「何で居酒屋選んだの?」
「んなことより、メシ頼もうぜ。とりあえずチャンジャとタコワサいこう」
「呑まないのに、何で呑兵衛が頼むヤツ頼むの?あ、アタシ、イカの一夜干しね」
「オッサンじゃねーか」
「まーまー、今日は新しい門出なんだしさ。パァーッと行こうよ」
いつの間にやら、生ビールを手にして煽っている優希は、どことなく饒舌だ。
こいつ酒は好きでも、強くはないらしい。
「何かめでたいことでもあったんですか?」
ふと声を掛けられ、声の方を見ると綺麗な女の子がメモ片手に立っていた。注文を聞きに来てくれたようだ。
「えーっと、まー、一応ね」
健太がぼかして答えると、優希が口を挟む。
「いやいや、何テキトーに答えてんの。美女だからって、モジモジすんなよ童貞ー」
優希が健太の首に腕を回してこようとしたので、サッと避けた。
「お前酔うの早すぎだろ」
「お姉さーん、実はアタシ達、新しいビジネスを立ち上げたんですよ」
健太に避けられたことを気にも留めず、優希は話をしていく。
「ビジネスですか!すごいですね!」
綺麗な店員さんは大袈裟にリアクションする。優しい子だ。
その優しさに気づかない、引ったくり女改め呑んだくれ女は得意気に話を続ける。
「えへへ、それほどでも。でも、これがまた難しいやつで。他人に夢を見せるって事業なんですよ」
「へー、面白そうですね。映画制作とか、そーいったことですか?」
ま、普通はそう捉えるわな。
女の子の発言に対して、優希は人差し指を立てて、チッチッと言いながら振った。
いちいち勘に触る女だ。
二度と居酒屋には連れてこないでおこう。
「アタシ達がやるのは、夢見屋といって、夢を失った人に夢を見せる仕事なのです。なので、方法は特に決まっておりません。この男が考えるので」
そう言い、ポンと健太の肩を叩く。
都合いい奴だ。
「こー見えて、やる男なんですよ。強盗くらいなら簡単に倒しますから」
「夢見屋関係なくね?」
「えー!でも凄いですね!」
店員さんの顔がパァッと一層に明るくなる。
綺麗な女の子に手放しに褒められると、悪い気はしない。
「強盗が倒せるなら、ストーカーとかも余裕で倒せたりしちゃいますね」
「あーもう余裕のよっちゃん、たこ屋のたっちゃんですよ。この男の手に掛かれば、ね。あ、たこわさって、まだですか?」
「おい、絶対たこわさから、たっちゃん思い付いただろ。すいませんね、コイツ酔ってて」
店員さんに会釈しつつ、優希の手からジョッキを奪い取る。
「あー泥棒!」
「お前他人のこと言えねーだろ!」
オヤジから金むしり取ってんだろーが。
優希とジョッキを巡って、わちゃわちゃしていると、
「あの!」
綺麗な店員さんが、何か言おうとした。
店員さんの方を一度見る。
綺麗な店員さんは、少し照れ笑いを浮かべると、予想外の言葉を口にした。
「もし良かったら、アタシが夢見屋さん....?に依頼しても、いいでしょうか?」
「へ?」
店員さんの思わぬ発言に健太は固まったまま、空いた口が塞がらないのだった。
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