第30話 物色

「顧客リストってことは、今までの依頼人がまとめられてるってことか?」

「だろうね」

ファイルを開けようとしたが、例によって鍵がかかっていた。ファイルにまで鍵をかけるとは。オッサンの癖に意外と細かい奴だ。

「開けてみよ」

優希が先ほどよりも鍵の少なくなった鍵束を手に取り、ファイルを開けようと鍵を試す。

「ダメ、合う鍵がないみたい」

「ホントかよ?」

「嘘ついても意味ないって。アンタもやってみたら?」

試しにやってみるが、合う鍵はなかった。

俺らに見せる気がないってことは、相当な機密情報の筈だ。だとしたら、そんなものココに置いとくなって話だけど。

優希が大袈裟にため息を吐く。

「あーあ、これ見れたら、依頼人に再営業かけれたのになー。依頼を受けたその後はどうですかって」

「うわっ、性格悪っ」

「ビジネスやる上なら常識だよ、これくらい」

「金の亡者だよな、お前って」

「資本主義社会で生きてんだから、仕方ないって。いつの時代も生存競争は激しいのよ」

「何だそれ」

他愛のない話をしながら、部屋の中を一通り物色する。大方が書類や事務用品ばかりだった。

一応、事業は運営できる体制ではあるらしい。規約を読んでいると、この事業所の家賃等は、マサムネが支払う形になっていた。

ただ、賃金形態は出来高制であり、依頼料の8割を健太含めた従業員で山分けするとのことだった。そして、その決定権は健太にあると記載されていた。

「てことは、お前は俺に逆らえない訳だな」

健太は優希を見てニヤッと笑った。

「給与決定の権限は俺にある」

「手伝うの辞めよっか?」

「とりあえず給与は折半するか」

そんなこんなで日は暮れていった。

あらかたの物色が終わり、健太は一息つくことにした。来客用のソファに腰掛ける。

電気や水は通ってはいるが、あまり使い過ぎたくはない。売り上げが出ていないのに、無駄な出費は避けたいからだ。

薄暗くなったオフィスで、未だ書類に目を通している優希に声をかける。

「お前、この後、時間あるか?」

「え、もしかしてアタシのこと誘ってる?」

「アホか。今後の戦略立てるんだよ。飯行こうぜ」

「とかいって、口説こうとしてるんでしょ?」

「自分の胸見てから言え」

「うわ、セクハラだ」

「勝手に言ってろ」

いちいち面倒な女だ。軽口を叩きやすいのは有難いが、距離感には気を付けないと。

「で、行くのかよ?」

「ま、仕方ないから行ってあげる。同僚のメンタルケアもキャリアウーマンの務めだからね」

「引ったくり犯が何言ってんだ」

「引ったくりはしてないから。バカな男を騙しただけ」

「より罪重いだろ」

色々と話しつつ、事務所を後にすることに。

鍵束は一箇所にまとめて保管することにした。その為、普段は鍵束を保管している引き出しの鍵と事務所の鍵のみ持ち歩くことになった。幸い、事務所の鍵はスペアが2つあった。

仲間増やすのが前提みたいな用意の仕方だな。考えすぎか?

そんなことを考えつつ、優希と並んで事務所から出て雑居ビルから出る。

もう辺りは暗くなっていた。

気付けば、季節は晩秋に差し掛かっている。

早いものだ。

子供の頃は時間が永遠にあるような気がしていた。つまらない大人になんてならないと決めていたのに、気付けばそんな大人に自分がなっていた。

先のことなんて考えたくない。でも、今のことも考えたくはない。浮かんでくるのは、いつだって、過去のことばかり。

いつか現実と向き合える日が来るのだろうか。

日が沈むと心まで沈んでいくような気分になる。

ふと肩をポンと叩かれる。優希だ。

「なんだよ貧乳」

「アタシ別に貧乳キャラじゃないんだけど」

「いや違う、今のは韓国の知る人ぞ知る女優、ヒン・ニュウと言おうとしただけだ」

「何その寒い言い訳。早く行こうよ」

淡い藍色の瞳が自分を見つめる。

暗闇の中でも、その輝きは褪せることはなかった。

なぜこの瞳が気になるのか分からない。自分の忘れてしまった過去に関係があるのか、それとも、ただの思い過ごしか。

どちらにせよ、進む以外に道はない。

肩に置かれた手をどける。

「俺に指図してんじゃねーよ。言っとくけど、俺の方が先輩だから」

「うわ、みみっちい男」


明かりのない夜道を、明かりを探して2人は歩き始めるのだった。

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