第3章 『はじめての依頼編』

第29話 事務所

事務所の中は、驚くほどに普通の事務所だった。

窓際にデスクが3つあり、入り口側に来客応対用のソファ2つが向かい合わせに並べられており、その間には机が置かれている。入って右側の壁には書類などが少し並べられている棚が1つ置いてあった。

あと、左側には小さな冷蔵庫と流しもあった。

来客から見えるとこに、そんなもんあって良いのかよ。絶対パーテーションとかいるだろ。

事務所全体としては、比較的綺麗ではあった。というか、部屋の広さの割に物が少ないから掃除しやすかったのかもしれない。広さとしては、10畳ほどだろうか。

「悪くないじゃん」

優希が部屋を見渡しながら言う。

「かもな」

短く答えつつ、窓際のデスクに歩み寄る。

引き出しを引っ張ってみるが開かない。

小さく舌打ちする。

引き出しには鍵が掛かっているようだった。

「そーいうことかよ」

鍵の束をポケットから取り出す。

「まーた、この作業か」

事務所内の引き出しや棚を見てみると、いずれにも鍵穴が存在した。

この鍵の束の意味をようやく理解した。

なんて厳重な。

逆に何が入ってるというのだろうか。

優希を呼び、鍵を一つ一つ開けてもらう。その鍵一つ一つに、どこの鍵だったか付箋を貼り付けていく。

「よく付箋とか持ってたね」

「社会人の必需品だろ、これぐらい」

「あたしサラリーマンやったことないから分からないんだよね」

「今回は真面目に働けよ」

「あ、仲間って認めてくれるんだ?」

「新しい事務員雇うまでだけだよ。苦渋の決断ってやつさ」

「うわー、ひどい」

話しながら、あることが頭に浮かぶ。

「てか、お前こんなことやってて良いのかよ?金いるんだろ?だったら、他のことやった方が早く稼げんじゃねーの?それこそ、見た目良いんだから、水商売とかなら儲かるだろ」

「あら、可愛いって言ってくれてるの?」

「見た目はな。性格はブス一択」

「素直じゃないねー」

優希がニヤリと笑う。

「てか、あくまで手伝うだけだよ。他の仕事だって、やってるし。それに....」

優希は何か言葉を続けようとしていたが辞めた。

「なんでもない」

「何だよ」

「なんでもないから。しつこい男は嫌われるよ?」

「好きな女1人に好かれてたら、男はそれで幸せなんだよ」

「うわっ、いちいち腹立つ。何でそんなに舌回るわけ?営業とかしてたの?」

「してねーよ」

話を逸らされてしまった。

まー、いいか。コイツがいた方が確かに仕事としては助かる。

「てかさー、事業するって言ったってさ、まずは営業かけないことには、仕事もこないよね?」

「あー、確かに」

こんな胡散臭そうな会社に相談しにくる奴などいるのだろうか?

少なくとも自分は相談になんて来ない。

話しつつ引き出しを漁っていると、雇用契約書やら労働規約やら、なんとなく会社っぽいものが出てくる。

一応、ちゃんとした会社なんだな。

「?」

ふと、ある引き出しを開けたところで、健太はピタッと手が止まった。

中にあったものに驚いてしまったから。

優希を呼ぶ。

「おい、cherry」

「誰がcherryだ」

ツッコミつつ、優希が歩み寄ってきた。

そして、その物を見せる。

優希も驚いたように目を丸くする。

「これって....」


そこにあったものは、一冊のファイル。

そのファイルには『顧客リスト』と書かれていた。

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