第28話 名前
「だ〜か〜ら、アタシも手伝ってあげるって言ってるじゃん」
「犯罪者の手助けなんていらないんだよ」
引ったくり女から鍵を受け取った健太は事務所へ向かって歩いていた。
何故か、ひったくり女に付き纏われながら。
「聞いた話だと、事業やるのも初めてな訳でしょ?事務的なこととか分かるわけ?」
「なんとかなんだろ」
「いや、ならないから。その辺、ちゃんとやっとかないと、すぐ事業停止とかあり得るよ」
「え、マジで?」
「大マジ」
思わぬ落とし穴である。言われてみれば、そうだ。
マサムネは、コイツを引き入れることも想定してバイトに雇ったのだろうか。
だとしたら、逆に怖い。何者だよアイツ。
「あ、そーだ!」
引ったくり女が突然明るい声を出す。
「まだ自己紹介してなかったね」
「いーよ、もう知ってる。引ったくり女だろ?」
「いや何ソレ?」
「俺は10話以上、心の中でそう呼んでる」
もう読者もそっちの方が馴染みあんだろ。
「いや酷いよ。マジで酷い。頭おかしいよアンタ」
「オッサン相手に股開く女よりはマシだっつーの」
「アンタ、デリカシーって言葉知ってる?」
話していると、事務所の前に辿り着いた。
さて、ここからが大変だ。
手元にある大量の鍵を見る。
どれが正しいんだ?
試しに一つ差し込んでみるが鍵穴にすら入らない。
マジかよ。
手当たり次第差し込んでみるが、一向にドアは開かない。
「本当にあんのか、これ?」
「貸して」
引ったくり女に鍵を奪われる。
「おい、引ったくってんじゃねーぞ、引ったくり女だからって」
「引ったくってはないでしょ。貸してって言ったじゃん」
「いーよって言ってないから」
「ガキか」
引ったくり女は鍵の束を少し眺めた後、一つを手に取り鍵穴に差した。
カチャリ、と音を立てて鍵が開く。
「うわっ!嘘だろ!?凄いなお前」
健太が感嘆の声を漏らすと、引ったくり女は得意げな笑みを浮かべる。
「ま、ざっとこんなもんよ」
「お前引ったくりだけじゃなくて、空き巣もやってたんだな」
「いや、やってないから」
正確には引ったくりもやっていない。
「よし」
やっと前に進んだと思い入ろうとした健太の腕を、引ったくり女が掴んで止める。
「何だよ?」
引ったくり女の顔が健太の顔に近づく。間近で見ると、その容姿端麗さが際立つ。
そらオッサンも釣れるわな。
「
「は?」
引ったくり女の淡い藍色の瞳が自分を見つめる。
「アタシの名前。優希でいーよ」
「分かった。ゆきったくり女な」
「いや、引ったくりに引っ張られてるから。で、アンタは?」
「俺?」
「アンタの名前」
優希に見つめられて、一瞬答えに戸惑う。
その鮮やかで神秘的な水晶体の前では、嘘を言ってはいけないような気がしたから。
優希から目を逸らす。
「白瀬健太。健太でいーよ」
「分かった、白瀬だね」
「いや距離感」
こうして、夢見屋は始動した。
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