第26話 バイト

その場にいた者達の図らいで、タカを警察に通報することはなかった。

オッサン達が帰った後、お店に引ったくり女と2人で残される。

「アンタは帰んないの?」

スプリンクラーの作動により濡れた店内を雑巾で拭きながら、引ったくり女が尋ねる。

健太は濡れていないカウンターに座り、ボーッと宙を眺めていた。

「アホか。お前には聞きたいことが山ほどある」

「アタシは話すことないんだけど」

こんな状態では営業もままならない為、お店は閉店しており、ゆったりとした時間が流れている。

「てか、何で助けてくれたわけ?」

「話すことないんじゃねーのかよ」

「どうせ聞かれるなら、先に話したいだけだから」

「ツンデレか」

引ったくり女は、健太の方を見ようともしない。店内の清掃作業にテキパキと勤しみつつ、言葉だけを投げかけてくる。

「俺は俺のポリシーを守りたかっただけだよ」

「何ソレ?」

「ガキには、分からんだろうな」

「ガキじゃないから」

「ガキは決まって、そう言うんだよ」

「意味分かんない」

分かんなくて良いよ。

心の中で思った。

誰にだって、誰にも理解されない譲れない想いがあるものだ。今日はたまたま、それが良い方向に役立っただけだ。

「てか、助けてなんて、誰も頼んで無かったんだけど?」

「素直に感謝の言葉も言えないのかよ。やっぱガキだな」

「アレぐらい、1人でなんとか出来たから」

「嘘つけ。刃物にめっさビビってたじゃねーか。泳ぎたくってたぞ、可愛いお目目が」

「うっさい」

ふてくれされたように、引ったくり女は頬を膨らませる。

素直じゃねーの。

「てか、何で戻ってきたんだお前?あのまま警察に通報だけして、トンズラこいときゃ安全だったのに」

「うわっ、アタシの優しさが分からなかったとかガキだね」

いつかの仕返しのつもりなのだろうか。

一応、コイツなりの優しさだったらしい。

それで、コイツのオヤジ狩りのイメージが消える訳でもないが。

「はいはい、ガキで悪かったな、まったく。つーか、コレに懲りたら、もうオヤジ狩りなんて止めろよな。不幸しか生んでねーんだから」

「好きでやってるわけじゃないから。金がいるだけだし」

「お前ココで真っ当に働いてるじゃん。足りないのかよ?」

「足りてるなら、オッサン相手に股開いたりしないから」

それもそうか。

よく考えたら、知らないオッサンから金を騙し取るって、相当な覚悟がないと出来ない。

「それに出来ることは、もうやり尽くしたの。胡散臭いバイトとかも一杯やったし。このカフェのバイトだって、人少なくて時給高いからやってるだけだし」

そーいえば、カフェにも関わらず、コイツ以外の店員を見ていない。普通ならあり得ないシフトだ。

レジで悪事について問い詰めた際に、焦ってなかったのは、こーいうことか。定職に就く気が無かったから、バレても問題なかったのだ。

「ま、でもコレは良いバイトかもね」

そう言って、引ったくり女はポケットから鍵を取り出した。ジャラジャラと多種多様な鍵が付いている。先程見たものだ。

「1週間鍵持ってるだけで、15万は楽すぎ」

「へー、そんなバイトもあんのか」

「うん。最初は胡散臭いと思ったけど、悪くないね。あの、汚いホームレスのオジサン何者だったんだろ」

引ったくり女の最後の言葉にビクッとなる。

なんとなく身に覚えのあるワードだ。てか絶対にそーだ。

「そいつ、もしかしてマサムネとか名乗ってなかった?」

「そうそう。よく知ってるね。あれ、意外とここらじゃ有名なのかな」

引ったくり女は、のんびりとした口調で答える。命を助けて貰ったからか、健太に対して警戒が緩んでいるのかもしれない。

偶然とは思えない。

「おい、その鍵見せてくんね?」

「え、ダメだから。見せるためには条件が....」

条件。

その瞬間、ある考えが閃いた。

そーいうことかよ。

「だから、これを見せるわけには....」

鍵をしまおうとする引ったくり女に向かって言う。



「cherry」



健太は引ったくり女の目を見て言った。


「cherryだろ。条件は、この合言葉を知っているかどうか」

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