第25話 溢れたナイフ
「信念?」
タカが聞き返してくる。
「何の話だ?」
その質問に健太は淡々と答える。
「別に。自分の前で人殺しなんてされた日にゃ、目覚めが悪いってだけだよ」
「俺には関係のない話だ」
「アンタのコイツを殺したいっていう気持ちだって、俺には関係のないことだ。殺したいなら他所でやれよ」
「うるさい。部外者は引っ込んでろ」
「アンタも俺からしたら部外者だって、さっき言ったよな?何回も言わせんなよ」
「こんな女を庇う気か?」
「庇うとかじゃねーよ。俺は俺の前で二度と誰も死なせないと決めてるだけだ」
タカは今にも健太を刺しそうな勢いで睨んでいる。
だが、健太も引くことはなかった。
凍りつくような冷たい視線をタカに浴びせる。
「どれだけ他人に傷付けられようと、それが他人を傷付けていい理由にはならない」
「綺麗事だ」
「どれだけ他人を恨もうと、失った時間は返ってこない」
「詭弁だ」
「どれだけ相手が最低な奴でも、理解する心を忘れちゃいけない」
「理想論だ」
タカは吐き捨てるように言う。
その心に届くように言葉を選ぶ。
「綺麗事も詭弁も理想論も、人が幸せを願った先にあるものだ。アンタは幸せを願っちゃいないのかよ?」
「そんなもので幸せになる奴は、のほほんと生きてる平和ボケ野郎だけだ。大多数の人間は幸せになんてなれない。誰かを恨むことでしか前に進めない。そーいうもんだろ?」
「いーや、アンタは前になんて進めない。アンタは過去しか見ていないから」
「誰もが前向いて生きれる訳じゃないんだよ。何度も過去を振り返って後悔して、それでも時間は止まってくれないから苦しみながらでも生きてるんだよ」
「でも、前を向いて生きていたいとは思うだろ?」
気付いたら、タカの顔に自分の顔を近づけていた。
タカの目が大きく見開かれているのがわかる。
言葉を続ける。
「前を向いて生きることを諦めんなよ。過去に答えなんてないんだよ。今を生きろよ。今どう生きたいのかだけ考えろよ。アンタは、このまま人生が終わって、自分の人生に納得できるのかよ」
「できねぇよ.....!!できないから、こんなことになってんだろーが」
「なら、コイツを刺せば納得できるのか?自分を誇れるのか?後悔はないのか?結局アンタは行き場のない想いをコイツになすり付けてるだけじゃないのか?元はといえば、アンタの下心が原因なんじゃないのか?アンタが今やってるのは、ただの八つ当たりだろ?」
タカの刃物を持つ手がぷるぷると震えている。
「コイツを殺したところで、アンタは報われはしない。そうだろ?」
自分の想いが届いたのかは分からない。
ただ、健太の言葉を受けて、タカは刃物を持つ手をゆっくり緩めた。
「......チクショー」
絞り出すように溢れた言葉と共に、彼の手から刃物は溢れ落ちるのだった。
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