第16話 ガキ

「な、何でアンタがここに.....?」

目の前のひったくり犯の少女は驚いたように目を見開いていた。

「うっせぇ.....探したぞ、クソ。朝っぱらから手間取らせやがって.....」

健太は肩で息をしつつ、愚痴をこぼした。

ったく、久々にこんな走ったぞ。

心臓の鼓動はいつになく早い。

ここ数日で、かなり寿命縮んでるんじゃないのか?

こんなことに逐一関わっていたら寿命がもたない。早く終わらせよう。

「おら、早くあの汚いオッサンから奪ったもん出せ。じゃなきゃお前を先に出すとこに出すぞ」

「は?どっちも、やだ」

「ガキかよ」

冷たい目で睨み返してきた少女を同じく冷たい目で健太は見つめ返す。

言葉を続ける。

「良いから出せ。俺は自分にカンケーないことで、何回も警察にお世話になる気はねーんだよ」

「アンタも他人のこと言えないじゃん」

「俺は常に無実なんだよ。トラブルが常に迎えにくるだけだ」

「コ◯ンか」

少女は溜息を吐き、健太から視線を逸らした。ここをどう切り抜けるか思案しているのかもしれない。

彼女の表情には諦念の様相はない。

健太は小さく舌打ちした。

面倒だなこいつ。こーいう場面に慣れてそうだ。常習犯かよ。

「つーか逃げ切れると思ってんのか?俺に奇策は通じねーからな」

「あら、それはどーかしら?」

少女はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

何する気だコイツ?

少女は上目遣いに健太を見つめる。その表情はどこか色っぽい。鮮やかな黒髪ショートヘアとボーイッシュな服装も相まってか、その画は様になっている。

ふいに少女が健太との距離を詰める。

そして、白のブラウスの襟を引っ張り、上目遣いのまま、健太にさらに詰め寄る。健太が少し近付けばキス出来るのではないかというほどの距離まで。


「見逃してくれたら、するよって言ったら?」


わずかに少女の黒のブラがチラリと見える。

少し頬を赤らめながら言うその姿はとても可愛くて、美しかった。きっと、何人もの男が彼女の可愛さに魅了されてきたのだろう。

ただ、生憎自分はではなかった。

健太は迷わず少女のハーフパンツのポケットに手を突っ込んだ。

「ちょっ!」

少女が慌てて健太の手を掴むが成人男性と女性の力の差は大きい。簡単に振り払い、オッサンのものらしき財布を手中に収める。

「か、返して!」

「こっちのセリフだバカ」

マジで思った。

しかし、近づいてきてくれて助かった。お陰で簡単に財布を取り返すことが出来た。

少女は引き下がらない。

「とにかく返してよ!」

「何でだよ!お前のじゃねーだろ!」

「アタシの方が有効に使える!」

「そーいうのは自分で稼いでから言えっての!」

「どーせオッサンのキャバ代で消えるような金じゃん!」

「男にはそーいう時間が至福なの!」

少女は本気の形相で健太から財布を奪おうと少しの間、ジタバタしていたが、やがて諦めたように脱力した。

「はぁ。もういい。どーせ、はした金だったし」

「その、はした金に必死過ぎだろ。借金でもあんのか」

健太の冗談じみた言葉を聞くと、少女は健太をキッと睨んだ。

「.....そーよ。悪い?」

「知るか」

健太は短く返して、溜息を吐いた。

まったく、疲れた。

「じゃー、アタシのやることに口出ししないでくれる?」

「口は出してねーだろ。うるせー女だな」

「はぁ?アンタの方がうるさいから」

少女は明らかにイライラしている様子だった。

健太は退屈そうにそんな少女を見下ろして言う。



「つーか、他人が悪いって思ってたら悪いことなのかよ?良いも悪いも自分で決めるもんだろ」



健太の言葉に対して、少女は不機嫌そうな様子を見せる。

「は?何急に意味わかんない事言ってるわけ?」

「ガキには分かんねーだろうな」

「ガキじゃないから」

「ガキは決まって、そう言うんだよ」

手の中に収めた財布の中身を見る。中身は抜かれて無さそうだ。

「ま、今回は一応未遂に終わったわけだし、オッサンに財布返すだけで済ましてやるよ」

「何で偉そうなの?」

「俺の優しさが分からんお前は、やっぱガキだよ」

「.....っ。うまくいったと思ったのに」

少女が健太から視線を外して舌打ちする。

その不満そうな顔を見ながら、なんとなく素朴な疑問が浮かぶ。

「てか、何でこんなことやったんだよ?」

「言いたくない」

「警察に言うぞテメー」

ま、あのオッサンが既に通報している可能性もあるのだけど。

少女は少し考える素振りをした後、ポツリと答えた。

「お金が必要だったから」

「さっき言ってた借金か?」

少女がコクリと頷く。

「いくらだよ?」

「1000万」

「またアホみたいな額だな。何したんだよ?」

「言わない」

「また、それかよ」

健太がそう吐き捨てると、少女がポツリと呟く。


「アンタに分かるわけない、私のは」




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