第二章『夢見屋始動編』
第15話 安達優希
夢見屋があるとされる事務所に辿り着く。
事務所のある雑居ビル自体が決して新しいとは言えない。壁紙は所々剥がれているし、床や階段も埃っぽい。
本当にこんなとこにあんのか?
あの浮浪者に騙されたのだろうか。
そんな考えもチラついたが、ここまで来てしまったら、入って確かめるしかない。
事務所には、何の張り紙もない。試しにドアを捻ってみるが閉まっていた。小窓とかから中を覗けないかと思い探すが、それもない。
参ったな。
ドア横のポストを見ると、何やら紙切れが一枚入っていた。
「何だコレ?」
見ると、『合鍵はcherry』と書いてあった。
意味が分からない。
cherryという場所があるのか。それとも、cherryという人物が持っているのか。流石にさくらんぼという意味ではない筈。
それとも、さくらんぼに関係する何かだったりするのか?
そもそも、悪戯の可能性すらある。
でも、こんな手のこんだ悪戯ってあるか?
考えあぐねていると、どこかで怒鳴り声がした。
なんだよ、朝っぱらから。
時刻は午前9時。朝7時に家を出てから2時間かけて、ここまで来たのだ。正直朝は弱いので、小さいことでもイライラしてしまう。
ギシギシなる階段を降りて、道路を見渡すと、健太から100mほど離れたところで禿げたスーツ姿のオッサンが怒鳴り声を上げているのが見えた。
「ひったくりだぁぁぁぁ!!!誰か捕まえてくれぇぇ!!」
うるせぇな、自分でなんとかしろよ。
綺麗な女の子ならいざ知らず、オッサンの助けなんてしてられるか。
そう思ったものの、自分の方に向かって走ってくるフードを被った奴がいた為、健太は足を止めた。
「めんどくせぇな....まったく」
でも、丁度いいのかもしれない。自分は今日から夢見屋。他人に夢を見せるのが仕事だ。
「ハゲたオッサンにも夢と希望を見せてやんねーと、てか」
ポツリと呟き、健太はフードのひったくり犯を待ち構えた。
「おら、観念して捕ま.....」
健太が言うが早いか、突然視界が暗くなったと同時に何かが覆いかぶさってくる。
「!?」
いや違う。ひったくり犯がフードのついた上着を脱いで、健太に目眩しをしたのだ。
なんて小賢しい奴!てかドラマの見過ぎだろ!
頭に被さった上着を剥ぎ取り、ひったくり犯の方を見る。もう既に10mほど離されていた。いや足早っ!
しかし、遠のいていくフードを脱いだ犯人の後ろ姿を見て、健太は驚愕した。突飛な容姿だったとかじゃない。
その後ろ姿は華奢で女性そのものだったのだ。
性別で差別する気はないが、なんとなく女性に出し抜かれたのは、気に食わなかった。
「逃すかよ......!」
健太はひったくり犯を追いかけて駆け出した。
安達優希は、バクバクと鳴り止む心臓を抑えながら天を仰いだ。
路地裏でペタリと腰を下ろし、呼吸を整える。
危なかった。でも、なんとか今回も逃げ切った。
先程、男から奪った財布をポケットから取り出して、中身を見る。
「......ち、これだけか」
財布の中に現金は千円札が数枚ほどしか入っていなかった。
羽振り良いから、もう少し持ってると思ったのに。
にしても、さっきは危なかった。まさか、あんな汚いオッサンを助けようとする通行人がいたとは。凄い人相悪かったけど。
「アイツに見つかる前に、行くか.....」
そう呟き、立ち上がろうとしたとき、
「見つけた」
隣で声がした。
驚いて横を見ると、
先程の通行人が優希を見下ろしていた。
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