第6話 心友

見開かれたヒゲの男の顔を正面から受け止める。

「俺の推測が正しいなら、この犬はアンタの犬じゃない」

「何でそう思う?」

赤く充血したその瞳には、先程とは違い、はっきりと敵意が映っていた。

あー、ヤバいかも。

頭はそう思ったが、心はそうはいかなかった。脳科学か何かの本で読んだが、人間の行動とは意識の数秒前に決まっているらしい。

きっと、自分の未来も銃声を聞いた瞬間から決まっていた。

「この家がアンタの家じゃないから」

躊躇なく答える。

もう止まれない。

「それに、俺は聞いてたんだよ。アンタが誰かと口論の末に引き金を引いたことを」

「!」

「家族間でのことってことも考えられるが、車がないことから、この家の主は少なくとも居ない。アンタがどこかに移動させた可能性もあるが、アンタの様子を見る限り、そんな計画的なことができるとは思えない。銃は前もって準備したんだろうけど、おそらく今日の行動はかなり短絡的に思える。違うか?」

「だとしたら何だ?自分の推理が合っていて嬉しいのか?」

銃こそ構えてないものの、その身に纏う敵意は先程の比ではない。

「別に。ただ、俺はあくまでアンタを乏したいわけじゃない。さっきも言った通り、俺はただアンタの身の丈話をアンタが捕まる前に聞きたかっただけだ。野次馬だからな」

「何が目的だ?」

「理由なんてねーよ。んなことより、俺がいる間に心の整理しちまえよ。全部吐いた方が楽だっつったろ?」

ヒゲの男の黒目がウロウロする。

分かりやすく動揺しているようだ。

「....だった」

「?」

ポツリと呟く男性の言葉が聞き取れない。

「え、何て?」

男性は再び倒れる犬の赤く染まった毛皮を手でなぞる。

「コイツは俺の、心の友だった」

「!」

そこから、ヒゲの男の身の丈話が始まる。

「ちょうど一年前だった。俺は会社をリストラされた。こんな時代だから、すぐに就職先も見つからなくて、程なくして妻と子にも逃げられ、住んでたアパートも追われた。そこから河川敷の架橋下のホームレスの溜まり場に出入りするようになって、日銭を稼ぐ日々が始まった。まともな暮らしとはかけ離れた暮らしだった。死んだ方がマシだと思っていた頃、コイツにあった」

倒れた犬を見る男性の目は温かく、それはまさに友を思う仲間のソレだった。

その姿はどこか羨ましくもあった。

自分にはそこまで大切に思える相手はいないから。

「きっと散歩の途中だったんだろう。ただ飼い主とはぐれたようで、コイツは1人だった。

別に犬になんて興味はなかった。ただ真っ直ぐに見つめてくるその瞳を見て、俺は放っておけなかった。放っておいてはいけないと思った」

いや、と男性が言葉を続ける。

「俺はただ、そう思いたいだけだったのかもしれない。妻も子も会社の同僚も、みんな俺の前から居なくなった。俺はただ、孤独が辛かった。1人になりたくなかった。それだけだったのかもしれない」

男性の言葉尻は弱く震えており、その言葉が男性の本音なのだと考えなくても分かった。

無言でじっと男性の話に耳を傾ける。

「程なくして飼い主は現れて、コイツとはすぐに別れた。でも、俺はコイツのことがどこか忘れられなかった。だからか、散歩する姿をいつも遠目ながら見るのがいつのまにか日課になっていた。でも、それだけで俺は満足だった。自分を見てくれる奴が同じ空の下で生きているだけで。ただ、ある日を境に、コイツは散歩に現れなくなった」

男性のトーンがワントーン下がる。

「近所の奴らの噂話で、コイツが難病だと知った。俺はいてもたってもいられなくなった。なんとしても助けたい。側にいてあげたい。でも、それは叶わない。俺はコイツの飼い主ではないから。そう最初は思っていた。でも、アイツらの言葉を聞いてから、アイツらにコイツを任せてられないと思った」

「アイツら?」

分かってはいたが、聞かない訳にもいかなかった。

「コイツの飼い主であるこの家に住んでる奴らだよ。思えば散歩ですらロクにしてあげられないロクでもない奴らだった。コイツに対して何て言ってたと思う?ただ無駄に医療費を払わせるだけのデクの棒だとよ。殺してやりたかった。俺がコイツを引き取りたかった。でも、今の俺じゃコイツを育てる金もなければ家もない。だから.....こうするしかなかった」

男性はそっと犬の毛皮を撫でている。少しでも長く一緒にいたいのだろうか。

「なるほどね.....」

「俺の話は以上だ。これで満足か?分かったら、俺の前から立ち去ることだ。俺は捕まるまでに少しでも長くコイツの隣にいたい」

「で、捕まる直前になったら、その銃で一緒に死ぬ気か?」

「!.....何でそう思う?」

「この犬がアンタの生きる理由だからだよ。会えなくなったら、アンタすることねーだろ?」

「.....お前、本当に何者だ?」

「だけど、アンタを死なせる気はない」

男性の言葉を無視して続ける。



「今度は俺の話を聞いてくれよ」




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