第7話 戯言

「何だ?説得でもする気か?」

ヒゲの男が嘲笑う。

「アホか。こうなった以上、アンタを止められるとも思ってねーよ。所詮はアカの他人だしな」

ヒゲの男にそう告げる。

そう、所詮自分はアカの他人。

ここで自分が目の前の男性に正論突きつけて説教垂れようが、同情して気持ちを理解しようが、きっと結果は変わらない。

ヒゲの男は既に目的を果たしているからだ。

身勝手だとしても、自分が認めた心の友の最後を見届けるという目的を。

すべてを失った男が最後に見た光は、つい数分前になくなったばかりなのだ。

あくまで、結果は変わらない。

そう仮定した上で、あがいてみよう。

野次馬の最後の悪あがきを。

健太はその場に腰を下ろし、男性の隣で倒れた犬に視線を送る。

「俺が通報しなくても、そのうち銃声を聞きつけた近所の人が通報するだろうし、出掛けているこの家の人も異変に気付くだろう。そうすりゃ、遅かれ早かれアンタはどの道捕まる筈だ」

「そんなことは分かってる。だから俺はもう....」

「ならよ」

男性の言葉を遮る。

男性の禿げた頭頂部に目をやる。

「それまでくらい、未来ある若造の話に耳傾けてくれてもいんじゃねーの?」

「自分で言うかソレ。あとどこ見て言ってんだ」

「未来ないじゃん、だって」

「せめて目を見て言え」

男性が呆れたような視線を送ってくる。

その目に語りかける。

「っても、どうせ死ぬ気なんだろ?なら最後に野次馬の戯言聞いて死んでもバチ当たんねーだろ」

「いや聞かずに死んでもバチ当たらないだろ」

「いちいち無駄口が減らねーな」

「野次馬にだけは言われたくない。そんなんだから無職なんだろお前。こんなとこで野次馬する前に就活してこい」

「殺人犯には言われたくねーよ」

「俺は人は殺してない。俺が犯したのは不法侵入だけだ」

「十分罪だろ」

「てかお前もだからな、不法侵入は。野次馬無職少年」

「あ、たしかに」

健太の間の抜けた言葉に男性が呆れたように表情を崩す。

「まったく、お前と話していると調子が狂う」

「リストラして殺人してる時点で、元々狂ってんだろ」

「無職に言われる気はない」

「いやアンタも無職だろーが」

他愛もない話。

残されたわずか数分であろう時間。

でも、きっと、これが.....

「やはり、お前には、もう少し早く会いたかった」

男性がポツリとこぼす。

「もう少し早く会っていたら、コイツと同じように心友になれていたかもしれない」

男性が赤く染まり横たわる犬の方に視線を向ける。

「今からでも遅くないだろ」

「アホか」

男性が立ち上がる。

「お迎えだ」

どこからかサイレンが聞こえる。

「!」

「俺はせめてコイツの隣で最期を迎えたい。だから....」

「また逃げる気かよ」

健太も立ち上がり、男性の正面に立つ。

「仕事からも家族からも心友からも、ずっと逃げてきたんだろ、アンタは。でも、人生変えたくて、こんなことしたんだろ。なら逃げるなよ!」

真っ直ぐに男性の曇った瞳を見据える。



「遅くなんかない。まだ手遅れなんかじゃない。俺はいる。アンタがアンタらしく生きる為に、俺は今、ココにいる」



「名前も何も知らない、今日会っただけだろう、俺たちは。何でそこまで.....」

「名前や時間なんて関係ないだろ。アンタとコイツがそうだったように」

ちらりと赤い犬の方に視線を送る。

「それに、もう心友だろ俺たちは?」

野次馬の戯言に過ぎないかもしれない。

でも、コレしかない。

光を失ったのなら、新しい光を示すのだ。

男性の曇った瞳に一瞬光が宿る。

「俺は....」

男性が話し出そうとしたそのとき、

「!?」

バタリとドアが開け放たれる。



振り返るとそこには、ひとりの少女が立っていた。




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