第5話 他人

銃を所持する男性の後ろに続き、家の中に入る。

玄関の先には数メートルほど廊下が続いていた。前方奥にドアが見えており、そこに向かって男性はズカズカと歩いていく。

男性は完全に背後を向いていた。隙だらけにもほどがある。だが、それは覚悟を決めた証拠だ。

この先に何が待っているのか。

健太も腹をくくることにした。

玄関からまっすぐ行った先にあるドアに男性が手をかける。おそらくこの先はリビングだろうか。

ドアノブを回そうとしたところで、男性の手が止まる。

「開けるぞ」

振り返らずに男性が問うてくる。

「あぁ」

短く答える。

健太の返答を確認し、男性はドアノブを回し、ゆっくりとドアを開ける。

ついに何があったのか分かる。

「!?」

ドアの向こうはリビングになっていた。ダイニングキッチンとでも言うのか。キッチンがリビングと繋がっている。

そのリビングの中央の床には血まみれの死体が"一匹"倒れていた。

正直度肝を抜かれる。

「い、犬.....?」

倒れていたのは、体長1m近い大型犬だった。

そして、なんとなく見覚えがある。

「コイツ、ハ◯ジに出てたよな?」

「セントバーナードだ。モデルにはなってるかもな」

さも当然のように淡々と男は答える。

正直この大きさの犬が血塗れで横たわる姿は中々に衝撃的だ。

さすがにコレは予想できない。

「病気だった」

男性がふとポツリと話す。

まるで、たまたま言葉が零れ落ちたかのように。

「病気?」

聞き返す。

「あぁ。気管虚脱っていう難病だった。気管が潰れて呼吸が出来なくなるんだとよ。原因不明、治療法も分からない。早期発見しておけば、まだ良かったらしいが遅かった」

「そっか.....」

「ずっとコイツは苦しんでいた。徐々に体は弱っていき、それでも懸命に日々を生きていた。ただ、俺はその姿を見ているのが辛かった」

黙ってヒゲの男の話に耳を傾ける。

ヒゲの男は大型犬の前に片膝をつき、その血濡れた体毛をそっと手でなぞる。

「せめて、苦しまずにあの世に連れて行ってやりたかった」

男の目から温かいものがポロポロと零れ落ちる。赤く染まった犬の肌を濡らしていく。

ヒゲの男の想いを伝えるように。

痩せ細ったその背中に語りかける。

「なるほど。だから殺したわけか。気持ちは確かに分からなくもない。苦しんで死ぬって分かってて、その姿を見てるのは辛いわな」

頭の中で言葉を練りながら、最適な言葉を捻り出す。

せめて、"ハッピーエンド"で最後は終われるように。

「でも、結局ソレはアンタのエゴだ」

「!」

「コイツが本当に死にたかったのかどうかは人間の俺らじゃ分からないし、もしかしたら最後まで本気で生きたかったかもしれない」

「......」

男性は黙って健太の話を聞いている。

頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしようか一瞬躊躇う。だが、言わなければ伝わらない。

「そして.....それは、他人のペットなら尚更だ」

「!?」

男性がばっと振り返る。

赤く滲んだその目は見開かれていた。

躊躇なく伝える。


「その犬、アンタのじゃないだろ?」



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