第21話 戦いの輪舞曲①
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翼竜たちは、予定通り夕方には目的の場所へとたどり着いた。
騎士団によって封鎖された街道には、人影は見えない。
視界を遮るものはなく、見晴らしのいい平原が広がっている。流れる風が草の香りを運んできて、思い切り深呼吸すると、肺が洗われるみたいだ。
ここは、魔物からはまだしばらく距離があって、近くには川もある場所。
降り立った場所に翼竜たちの体を伏せさせ、メッシュが労いの言葉をかけて、一頭一頭の状態を確認している。
防寒装備を脱ぐと、ルークスとアストがテントの準備を始めたので、私はウイングと食事の準備をすることにした。
昼ごろに一度だけ休憩を取ったんだけど、そのときは乾肉と乾パンの簡単な食事だったんだよね……夜はちゃんと火を起こし、料理をするのである。
……そんななか。
「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」
「ああ。頼んだ、ランス」
ランスが肩を回しながら言うのに、ルークスが応えた。
「あれ? どこか行くの? ランス」
思わず聞くと、黒髪を揺らし、長い緑色のバンダナを風に靡かせたランスが、にやりと笑う。
「偵察にな!」
「偵察……ひとりで行くの? 翼竜は?」
「ひとりで行く。翼竜が空を飛ぶと、魔物が警戒しちまうかもしれねぇし。夜までには戻るさ。美味いもの期待しとくぜ、デュー」
「あ、そっか……わかった。気を付けてね、ランス」
ランスは頷いた私を蒼い眼でじっと見詰めてから、へらっと笑った。
「うん。ルークスのことはちゃんと決着ついたみたいだな!」
テント用の楔を地面に打ち込んでいたルークスが、手を止めて渋い顔をするのが見える。
あはは、すごい顔してる!
私は思わず笑って、ランスに応えた。
「うん。……一緒に戦うことで、この国とルークスのためになるなんて、一石二鳥だよね!」
「ははっ、お前なかなか図太い神経してると思うぞ」
「……それ、褒めてないよね……」
「さあな!」
そう言って笑うランスの足元で、草が揺らめいた。
小さな風の渦。それはすぐに、ひゅおおと高い音を立てて、彼の周りに広がる。
――風の魔法だ。
「気を付けてねー、ランスー!」
翼竜たちの横から、メッシュがぶんぶんと手を振るのに右手を上げて応えてから、ランスは軽い足取りで、風に乗るように駆けていった。
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「ルークスのお話はいかがでしたの?」
お鍋に切った材料を入れ、火にかけたところで、ウイングが微笑む。
私は人数分の携帯食器を準備しながら、彼女に目を向けた。
今日もウイングは女神様みたいで、とても神々しい。
たっぷりと眺めてから、私は大きく頷く。
「驚くこともいっぱいだったけど、ルークス、すごいなぁって思ったよ!」
「……ふふ。そうですわね。……ねぇデュー。ティルファのことも、聞いたのでしょう?」
「あ、うん。……忘れたわけじゃないけど、前を向いているつもりって……。強がってたのかな、ルークス」
「そう……そんなことを話していたのですわね。もしかしたら、そうなのかもしれません。私には無理でも、デュー、貴女なら寄りそえるのかもしれない。ルークスにはそんな存在が必要だと、ずっと思っていましたの。……噂の話も聞きましたわね?」
「えっと、ティルファさんを生き返らせようとしてるって噂だよね。でも知らなかったからなぁ。……生贄だとかって誤解されちゃうの、ルークスには申し訳なかったなぁって思うけど……仕方ないよね?」
「あら、当然ですわ! デューの言うとおりですのよ。ルークスが選んだのではなく、貴女が選んだんですもの。なんの否もないわ」
「……えへへ、ありがとうウイング」
ウイングは、お姉さんのようであり、友達でもあり、私はなんだか嬉しくなって微笑んだ。
同性がいなかったから、女の子らしい話ができなかったんですのよ、と言ってくれる彼女が、私の研究所での生活に彩りを添えてくれる。
なにより、その美しい線ときたら! 芸術品みたいなんだもん。見ているだけで幸せになるよね。
はあ、眼福、眼福!
にまにましている私に、彼女は花が咲いたような……ううん、お日様が微笑んだような笑顔を見せてくれた。
「……私たちは、ルークスのもとに新しく集った研究員。勿論、それぞれ事情もありますわ。……でも、信頼関係にあると、私は考えていますの」
ウイングはそう言うと、白い指先をひゅんと振り、お鍋に水を入れる。
彼女の使う魔法は水だ。
「見てわかるよ。なんだか皆、いい関係だよね! ……水の魔法、便利だねぇ」
「ふふ、そうデューが感じるなら、間違いないですわね。……水の魔法は便利ですけど、まだ足りませんわ。王都は海沿いにあるけれど、あまり真水が豊かではないんですのよ」
「そういえば、ウイングの魔法研究、水を豊かにすることって言ってたね!」
「ふふ、覚えてくれていたのですわね。そうですわ、真水の確保が容易になれば、王都はもっと豊かになりますのよ」
嬉しそうなウイングは、踊る焚き火の横で、私にいろいろな話をしてくれた。
そうしているうちに、火にかけたお鍋の中身がくつくつと煮え始め、美味しそうな香りが漂い始める。
「はー、お腹空いたねー!」
そこに、メッシュが翼竜の世話を終えてやってきた。
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