第22話 戦いの輪舞曲②

「お疲れ様、メッシュ!」


「へへー、デューもお疲れ様! 翼竜の長旅で体が痛いんじゃないかな? ちゃんとほぐしてね! ……ウイング、もう少し香草足したほうが美味しいよ~」


「あら、まだ足りなかったかしら? メッシュがいると外での料理は楽ですわね」


「えっ、メッシュ、もしかして匂いでわかるの?」


 私はメッシュとウイングの会話に驚いて声を上げた。

 

 最初も思ったけど、メッシュって子犬みたい! ……という言葉は呑み込んで、私はぱちぱちと瞬きしてみせる。


 メッシュは小首を傾げると、匂いなのかなぁ? とぼやいた。


「僕ね、もともと森で暮らすハンターだったんだ。だから外での食事は得意なんだよね」


「森で……?」


「そう。僕は動物や魔物を狩って暮らす民族なんだよ~」


 今度、デューに僕の話もするねーと笑うメッシュに、感心してしまう。


 森は視界が悪い。

 だから、動物や魔物を追うのも簡単じゃないし……休憩するにも場所を選ぶのだ。


 そんななかで、狩りをしながら過ごしていたんだとしたら……メッシュは、並外れた洞察力や判断力を持ち合わせているはずで。


 もしかして、翼竜のお世話ができるのもそういう環境に暮らしていたからなのかな?


 メッシュのこともそうだけど、ウイングの言うとおり、皆はそれぞれ王立魔法研究所に来た理由があるのだろう。


 話すか話さないかは皆の自由だけど、私は……聞いてもらいたいな……。


 ルークスだって話してくれたんだ。だから、応えたかったのかもしれない。


「……皆に、私の話も聞いてもらえるかなぁ」


 思わず呟くと、ウイングとメッシュが顔を見合わせて、


「勿論ですわ!」

「勿論だよー!」


 ……と、声を揃えて応えてくれるのだった。


******


 夕飯ができあがり、テントを組み終えたルークスとアストも一緒に焚き火を囲んでお茶をしていると、ランスが戻ってきた。


 空はいつの間にか真っ暗で、月と星が平原を照らしてくれている。


 そういえば私のお腹もなにか入れてくれ! と訴えているけど、鳴かないでいてくれたのは褒めたい。


 けれど――立ち上がって手を振る私たちには応えず、ランスがすぐ目の前までやってきたとき……ルークスが眉をひそめた。


「……どうした、ランス」


「……は、はぁ、はぁ……っ」


 ランスは、肩を大きく上下させ、膝に両手を突いて前屈みになりながら、後ろを気にしている。


 その顎から汗が滴り、草の上にぽろりとこぼれた。


 すぐにルークスがメッシュに目配せし、メッシュがランスの後方へと視線を巡らせる。


「――飲め」


 アストが言葉少なに携帯用のコップを差し出すと、ランスは並々と注がれた澄んだ液体を一気にあおった。


「んぐ……は、ふは……」


「…………」

 そのあいだも闇へと目を凝らしていたメッシュが、ルークスに向かって首を振る。


 ルークスは頷くと、再び前屈みになったランスの肩をぽんと叩く。


「座れ、ランス。大丈夫だ」


「は、はぁ……あぁ、悪い……はぁ、はぁ……わかった……」


 ようやく声を絞り出したランスは、コップをひらひらさせ、ぜぇぜぇと息をしながら言った。


「――とりあえず、もっと、水……」


◇◇◇


 魔物が視認できる距離で、ランスは背の低い草に隠れるように腹這いになっていた。


 ただし、そこは報告にあった場所よりもかなり王都寄り。


 ……つまり、魔物は、自分たちの野営地に近いところまで移動していたようだ。


 彼の役目は、自慢の視力で離れた距離にいる魔物を観察し、周辺の状況を確認すること。


 彼を助けるかのように、暗くなり始めた空には月が浮かび、視界は良好。


 ランスは自分の役目を果たすべく、腹這いの状態でぐるりと見回した。


 舗装された街道がずっと延びていて、その左右を柔らかい草が覆っている。


 ――魔法で戦うには、広さがあるのは好条件だ。


 魔法の加減をしなくていいことは、かなり有利である。それを思えば、魔物が街道に現れてくれたのは運がよかった。


 ランスは息を殺したまま、魔物へと視線を戻す。


 街道の上に、異常な黒い塊。


 これは報告通りで、菱形をした立体的な形に見える。


 その下部からは根のような触手のようなものが三本伸び、地面から体を浮かせるようにして立っていた。


 ランスは動かずに、しばらくのあいだ草と地面と一体化するようにして、観察を続けた。


 待っていたのは、魔物が赤く明滅する瞬間。


 新人騎士の手記に、明滅して仲間を呼んでいたんだと記載があったことを、ルークスが気にしていたからだ。


 やがて、魔物が赤く光った。鈍い光で、あたりを明るくて照らすような類のものではない。


 ……ランスは目を眇める。


 ――『それ』は、一瞬……ほんの、瞬きひとつの時間で、そこに『立っていた』。


 認識した瞬間に、ランスは全身のうぶ毛が逆立つような寒気を覚え、咄嗟に腰に提げたナイフに手を伸ばす。


 誰か、いるのだ。


 どんな容姿なのか、どんなに目を凝らしても、なぜかわからない。


 人――だとは思うのに、男なのか、女なのか……それすらも、霞がかかったように、認識できない。


 なのに、誰かいる。


 魔物が呼んだのだろう。

 本来であれば、それが何者かを確かめる必要があった。


 しかし、ランスはその場を引くことを選んだ。


 間違いなく、あれは騎士を狩った奴だろう。


 血の気が引く……という感覚は久しぶりで、心臓が早鐘のように鼓動する。


 暑くもないのに噴き出る汗が、本能的に危険を感じていることの証拠だった。


◇◇◇

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