第20話 消えない傷の鎮魂歌⑨
長い話のなかで、人を殺めたんだと……ルークスが言ったとき。
私は、胸を刺すような痛みを覚えた。
誰かを守ろうとした、その結果だけど……それは、彼を苦しめた……ううん、きっといまだって、苦しめているに違いない。
手綱を握るルークスの手が、モコモコした手袋越しに震えているように見えて……私は、唇を噛んだ。
そんなに苦しいのに……お父さんまで処刑されたなんて。
どれだけの傷を、ルークスは負っているんだろう?
そんなの、何年経ったって消えるはずない。
でも、ルークスは……王立魔法研究所の所長として、立ったんだ。
差別をなくすために、この国をよくするために。
じわりと、視界が歪む。
私が泣いたところで、ルークスが救われるとは思わない。
だけど……。
ルークスの気持ちを思ったら、堪えきれなかった。
ぽろりと落ちた雫が、手袋の表面をころりと転がって、染みこんでいく。
雷を使う、ティルファさん――その人のことを、私が思い出させてしまうから。だから皆は、ルークスを案じていたんだろう。
そんなの、当然だ。
手綱を握り締めた私の肩に、自然と力が入った。
「……デュー?」
「……だ、だいじょ……う」
平気な顔、してみせようと思ったのに。
ぐずっと鼻が鳴ってしまう。
「えっ、ど、どうした……?」
「ごめんねルークス……わ、私……魔法が、雷じゃ、なければ……ルークスがつらくならなかっ……うう」
「は……へ?」
なんとか口にすると、ルークスが変な声を漏らし、身を硬くしたのがわかった。
ずっと鳴っているはずの風の音が、なんだか遠くに感じて、やがて、彼が……呟いたのが聞こえる。
「うわあ……馬鹿だなぁ、俺。説明不足にもほどがあるよな」
「……ふは?」
今度は、私が変な声を漏らす。
「違うんだ、デュー。ごめんごめん。実は……その、噂が流れてるんだ――主に騎士団で。俺が、まだ父さんの研究を継いでいて……ティルファを、生き返らそうとしてるっていう」
「……えぇ?」
ぼろんと零れた雫を最後に、涙がすーっと引いて、冷たい空気が涙のあとを撫でていく。
やがて、私の頭はようやく働き始め……事件は隠蔽されたとしても、なにがあったのか、騎士団内で憶測が飛び交ったんだろうと思い当たった。
騎士団所属のティルファさんが亡くなり、王立魔法研究所の所長も処刑されてしまったなんて、ただごとじゃないもの。
唸る私の後ろで、ルークスはやや気まずそうに、もごもごと続けた。
「しかもさ。よりにもよって、雷の魔法が使える人を生贄にしようとしてるっていう、脚色付の噂で……さ」
「……雷!? い、生贄!?」
「そう。『器』としての生贄で、ティルファの『魂』を入れるとかなんとか……馬鹿みたいな話さ。『魂』が何処にあるか……誰が知ってるっていうんだよな」
私は、投げやりになったルークスの声に、言葉を詰まらせた。
「つまり。その噂が変な方向へ進むことを、皆は心配してただけ。俺がどうこうじゃないっていうか……雷がどうこうでもないっていうか……あのな。ティルファのことも父さんのことも、忘れたわけじゃないんだぞ? でも、俺は前を向いてるつもりだから……デューが、その、泣かなくていいんだ」
ルークスはそう言うと、手綱を握り締めていた私の手を、手袋越しにぽんと叩く。
その仕草がやけに優しくて、私は、頬に血が上ったのを感じた。
「ちなみに、気付いてるかもしれないけど……俺が所長になったときに『監視役』として派遣されたのがアストだ。でも、そのとき騎士団長は失踪していたから、新しい騎士団長が任命されていた。この騎士団長は俺と同い年で、幼馴染みなんだ」
「ええ? 待って、頭が追いつかないよ……幼馴染み? え……と、じゃあ、仲良しなの?」
「ああ。王がどうやって大臣を説得したのかはわからないんだけど……大抜擢だったよ! あいつ、剣の腕は確かだし、反対勢力とは正々堂々戦ってさ!」
ルークスの声が、打って変わって弾み出す。
私は、安心してほっと息をついた。
そういうことだったんだ。ランスやメッシュが、騎士団長を悪く言っていなかったのは!
騎士団長さんは、ルークスの味方で。だから、その人が抜擢したアストは『名ばかりの監視者』だって話していたんだ。
「じゃあ、本当に注意すべきなのは大臣なのね? ただ、騎士団長とは仲良くしてても、騎士団まで仲良くなれるわけじゃないから……だから、今回みたいなことが起こるんだね」
私が言うと、ルークスがふふっと笑ったのが聞こえた。
「そういうこと! あいつも内部がそんなだから、苦労してるんだ。今度、紹介するよ。……長々と話してごめんな。いまは王立魔法研究所の防衛にも力を入れてあるから、襲われる心配はそうそうないはずだけど、警戒はしてる。でも、なにがあっても、必ず俺が皆を守る――約束する」
力強いルークスの声は、私の胸を熱くさせるのだった。
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