第17話 消えない傷の鎮魂歌⑥

「騎士団長が? はーん。今回の情報源はそこか」


 ウイングとルークスの会話に、ランスが面白くなさそうな顔をして唇を尖らせる。


 メッシュは苦笑すると、右手で頬杖をついて彼に声をかけた。


「ランス、君ってばすぐに噛み付くんだから。騎士団長だって楽じゃないの、わかってるんでしょ~?」


「う。そりゃ、そうだけどよぉ。もう少し早く動いてくれてたら……」


 ――騎士団長。聞こえた単語に、懸命に頭を働かせる。


 騎士団長は、さっきの話からすると、ルークスと同じ三権者のひとりってことになるよね。王国騎士団と、私たち王立魔法研究所は対立状態。つまり、騎士団長は私たちにあまりいい感情を持っていないはずだ。


 でも、うーん。その割に、ランスとメッシュの言葉は騎士団長のことを悪く言っているようには聞こえないんだけど……。


 思わず唸っていたらしく、ウイングが眉間に皺を寄せて私を見たあとで、ため息をこぼした。


「ルークス、アスト。予想はできているのですけど、デューに王国騎士団や団長との関係性のお話はしましたの?」


「え?」

「ふん。ルークスが話していないのに、なぜ、俺が」


 聞き返したルークスと、澄まし顔でばっさり切り捨てるアスト。

 あぁ、やっぱりですわね……と呟いて、ウイングが額に手を当てた。


「もう少し、デューに情報を発信する必要があると思いますわ? 少しばたばたしてしまいましたけれど、彼女は私たちの広報。そうではなくて?」


「僕も賛成~。もっと、僕たちと王様や騎士団との関係や、大臣との話もするべきだよ」


 続けたウイングの言葉を、先に繋げたのはメッシュだ。彼は笑顔だったけど、その紅い目は静かに……ルークスを窺っている。


 自分のことを話しているとわかるのに……会話に参加できないのがもどかしい。 


 ランスは傍観することに決めたらしく、無言でソファに体を沈め、頭の後ろで手を組んで目を閉じた……。


「……返す言葉もない……そうだよな。考えてみたら、王や騎士団との関係は話してなかった」

 ルークスはそう言って唸ると、困ったように、ちらと私を見た。


「ごめん。長い話になっちゃうけど……明日の移動中に、それもまとめて話すよ、デュー」


「あっ、う、うん……」


 慌てて返事をすると、ランスが器用に右目だけ開けて、ぽんと質問を投げてくる。


「なんだ? なんか話すつもりだったのか?」


「――ああ。俺のことと……雷の魔法……研究所の『過去』の話をするつもりだ」


 ルークスがしっかりと頷いてから発した言葉が、空中に溶ける――その瞬間。皆の表情が、驚愕に変化したのがわかった。


 アストですら、ぴくりと右の眉を跳ねさせて、眉間にしわを寄せたほどである。


 空気が変わったのを感じているんだろう。ルークスは右手の人差し指で頬をかきながら、ぐるりと皆を見回した。


「皆にも気を遣わせたな。……悪かった。ちょっと心の準備が、……その、必要だったからさ」


「……ふっ、あはは! なーんだ。そこまで話すつもりなら、僕は文句ないよ~所長! むしろ、待ってた~」


「だな。まったく、デューのしょぼくれた顔見てるこっちの気にもなれと思ってたけど……思ってたよりずっと早かったからよしとしてやる」


 メッシュが子供みたいに笑い出し、ランスが大袈裟に肩を竦める。


 しょぼくれた顔っていうのは酷いような気もするけど!


「この討伐前にそれを話すことが必要だと判断したのだろう? それなら、俺はなにも言わない」


「ふう。まさか、いまだとは思いませんでしたけれど――でも、そうですわね。きな臭いこの状況だからこそ、デューのなかの憂いはなくしておきたいと思いますわ」


 アストはルークスの背中を押し、ウイングは穏やかな表情でルークスを肯定した。


 こんなとき、いつも思う。

 皆は、なにか……強い絆で結ばれているんだって。


 ウイングの言う『私のなかの憂い』は、皆との絆の頼りなさ……なんだろうな。


 私は、ぎゅっと手を握り締め、唇を湿らせた。


 私だって、仲間だから。そう伝えたい。

 いま言わないのは、きっと後悔するもの。


「わ、私……っ、か、雷が……どんなものでも……ちゃんと受け止めるから!」


 言った! 言い切った!


 ――すると。

 ルークスの、申し訳なさそうな声がした。


「あー……ごめんデュー。そ、そこまで追い詰めてたなんて……。雷を使えることは、最初に話したとおり珍しいんだ。ただそれだけで……」


「そうそう! ははっ、雷が悪いんじゃねぇんだよなぁこれがっ!」

 ランスが、からからと笑いながら引き継いだ。


「……え?」

 驚いて見回すと、メッシュやウイングまでが笑っている。


 アストに至っては、うわあ! 冷たい視線が痛い!


 や、やだ……これ、思いっ切り空回りしてるよね。


「むしろ、受け止めるのは俺のほうなんだ」


 そんな状況をどう思ってか、ルークスがひとり、ぽつんと呟いた。

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