第16話 消えない傷の鎮魂歌⑤

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 所長室には、すでに皆集まっていた。

 ソファに深く座ったランスとウイング、その向かいにメッシュ、アストは扉近くの壁に寄り掛かり、腕を組んでいる。


 お茶の準備もしてあって、人数分のカップからは湯気が立ちのぼり、花のような香りが漂っていた。


 私はメッシュの隣に座る。


 ルークスは昼間も使った地図を再び私たちの前にある机に広げると、にやりと笑った。


「明日は短時間で魔物を討伐するつもりだ。頼んだぞ、皆!」


「おー、昼間とは大違いだなぁルークス」

 ランスが茶化すように言うと、ルークスは腰に手を当てて、ふふんと鼻を鳴らす。


「まあな。いいか、今回の魔物は、魔法を使うそうだ。剣も通用する。鉱石のような見た目だけど、体はそこまで堅くない。魔法のほか、触手による攻撃が確認されてる」


「……そこまで出ていた情報を、騎士団は私達に隠していたのですわね?」


 ウイングが金色の髪を一房、くるくると指先で弄びながら不機嫌そうに言う。


「そうだな。でも、丁度良かった」


「は? どういうことだ?」

 ルークスの返答に、ランスが身を乗り出す。


 意味深に間を置いてから、ルークスが言葉を紡いだ。


「実は、王と話す時間が取れた。緊急招集だな。現状を話して、ある条件で指揮権をもらう約束をした」


「うっ、ごほっ、え、ええ? 緊急招集!? 所長、それって――」

「お、王と!? 本気で言っていますの? ルークス」


 お茶を飲みかけていたメッシュと、まだ髪を弄っていたウイングが跳び上がりそうな勢いで話に加わる。


 アストは『緊急招集』とやらを知っていたんだろう、眉一つ動かさなかった。


 ……王様と話すなんて、すごいことだよね? 私なんて、見たこともないし。


 そんなことを思っていると、ルークスが大きく頷いて、先を続けた。


「この件は騎士団が抱える案件だった。犠牲まで出した上に、俺たちへの依頼が遅れたことを、王が重く見てくれたんだ。大臣も、さすがにこの状況に口は挟めなかったみたいだな!」


「……すごい。所長、それって本当にすごいよ! だって、実質、僕達が全てを動かせるってことだよ!?」


「ああ。そうなる」

 目を見開いたメッシュに、ルークスは自信満々に頷く。


「まさか、そんなことがありまして……? 私、夢でも見ているのかしら」


「安心していいぞ、ウイング。現実だ」

 自分の両頬を挟み込むようにして唸るウイングにも、ルークスは笑みをみせる。


「……、……!」

 ランスに至っては、口をぱくぱくしていて……。


 うん。……なんだか、皆の驚きが大きいような……?


 首を傾げていると、見かねたのか扉近くの壁に寄り掛かって黙っていたアストが、言葉を発した。


「……ルークスは、この国の大臣、騎士団長とともに『三権者』と呼ばれ、その三人は同等の権利を持つ。王は『三権者』と意見を交わし、国を動かす。――緊急招集とは、その『三権者』を集めることだ」


 ……王様が意見を交わす、三権者?


 えっと、ルークスはその三権者のひとりってことだよね。王様はその三人を集めて、お話をするってことで……あれ? だとすると、ルークスは……。


「え……ええッ!? ルークス、もしかして国で二番目の地位にいるってこと――!?」


 思わず、なんていうか、腹の底からっていうのが相応しい大音量が、口から飛び出してしまった。


 驚いた皆の視線が、一気に私を射貫く。

 アストだけは、なにくわぬ顔をしていたけど。


「あー……。お前、まさか知らなかったのか?」

 口をぱくぱくしていただけのランスが、我に返ったのか呆れた声をこぼす。


 こくこくと頷くと、今度はメッシュが隣でぷはーっと大きく息を吐き出した。


「なんか僕、デューのお陰でちょっと落ち着いたかも……」


「うっ、そ、それって褒めてないよね、メッシュ……」


「あはは、ごめんごめん。所長のことを知らないのはわかってたんだけど、そこまでとは思ってなくて! ……えぇと所長。それで、指揮権をもらうための条件ってなんなの?」


 笑うメッシュに、私は体を縮こませるしかない。

 そ、そこまで『当たり前』の情報なんだ……? 明日、ルークスに詳しく聞いてみよう……。


「条件はひとつだけ。『討伐と帰還を三日で果たすこと』だ。俺たちに翼竜がいることを知っているからこその条件ってこと」

 ルークスはメッシュに答えながら、地図の一点を指さした。


「ここがこの研究所がある島だな。討伐する魔物は昼間に説明したとおり、王都からはかなり東のここ。徒歩では三週間かかる。でも、翼竜なら――」


「早朝に飛び立てば夕方までには到着できますわね。翌日に討伐しても十分間に合う計算ですわ」

 ウイングが言いながら、少し考える仕草を見せる。


 数秒の後、彼女は地図を覗き込んでいた顔を上げ、ルークスへと視線を向けた。


「ルークス。翼竜は戦闘に参加させないということですわね?」


「ああ。万が一飛べなくなった場合、条件を満たせないからな。だから、ここは俺達で片付ける。……大丈夫、騎士団長殿が一体を屠ってたのがわかったんだ」

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