第9話 未知の魔物と歩み寄りの狂想曲②

******


「お、来たな?」


 所長室には、ルークスだけじゃなくて何故かメッシュとウイングの姿も。


 私がランスと顔を見合わせていると、メッシュが子犬のような瞳をきらきらさせながらアストに声をかける。


「早かったね~アスト」


「こいつがデューの部屋に押し掛けていたからな」


「えっ……ランス、君ってばそんなことしてたの~?」


「うおっ、アスト! その言い方は………こらこらこらウイング、水の玉出すなって! やましくねえし!」


「あはは……」


「あははじゃねーよ、デュー! お前も否定しろよ!」


 これ、公開処刑なのかなぁ……。

 ランスをそっちのけに、私は紅い実のことばかり心配していた。


 すると苦笑して傍観していたルークスと目が合う。


 彼はにっと笑顔になって、ぱんぱんと手を打った。


「さて、ランスをかまうのはそこまで! それじゃあ会議始めるぞ」


「えっ、会議? 公開処刑じゃないの?」


「ん、うん? 処刑……?」


「あぁっ、ええと……なんでもな……くは、ないかも」


 しまった……。


 私は口を両手で被い、もごもごと口ごもる。

 するとアストがふんと鼻を鳴らした。


「庭園の作物をランスが採ってきて、そうと知らずに食べたんだったな」


「ええっ! み、見てたのアストっ」


「途中からな」


 うわああーー! なにそれ、は、恥ずかしいような!


 私は口どころか顔全体を被った。


 うう、穴があったら入りたい気分だよ~!


 恨めしく思いランスを見たけど、彼はまだウイングと言い争っていた。


「ははっ、ランスらしいな! ……デュー、まぁ気にするな! ただ、庭園のはいいにしても……もし医務棟の作物だったら口にするなよ?」


「うう、ごめんなさいルークス……。ええと、医務棟のって……あの屋上の森のこと?」


「そう。まだ連れてってなかったな。あそこでは薬に使う作物なんかも育ててるんだけど、普通に食うと毒になる植物も多いから」


 ぞわわ。

 鳥肌が立って、私は何度も頷いた。


 満足したのかルークスはまた微笑んで、それじゃあーと会議を始めるのだった。


「さて、今日の議題は2点。まずはデューがここにきて2週間だし、そろそろ仕事を割り振ろうと思う」


 えっ、私? 仕事?


 ……聞いてみると、研究員には研究以外にそれぞれ仕事があるみたいで。


 そういえばメッシュには、翼竜達のお世話や結界の管理があるもんね。


 納得していると、ルークスがざっくりと皆の研究と仕事を説明してくれた。


 ルークス。

 魔力を溜めることができる鉱石を用いて、魔力と記憶に関する研究を行っている。

 研究所のあらゆる決裁権を持ち、研究員の管理、情報の守護をすることが仕事。


 メッシュ。

 結界に関する簡易化や結界塔の研究。

 研究所の敷地の結界管理と、翼竜の飼育が仕事。


 アスト。

 対魔法戦術の研究。

 研究所の監視が仕事。


 ウイング。

 水を豊かにするための魔法研究。

 研究所の予算管理が仕事。


 ランス。

 風を使った輸送魔法の研究。

 図書室の管理と、王都の予報士と協力した天候の予測が仕事。


 私は聞き終えて感嘆の声を洩らした。


 すごい、皆色々やってるんだ……。


 詳しく聞いていきたいところだけど、それは追々個々に聞くことになって、ルークスはさらに続けた。


「それ以外では、全員共通の仕事として、王国内の魔物討伐なんてのもある。……それから、この研究所の防衛もだ。だから、戦闘の腕を磨くことも怠らないのが鉄則だな」


 私はその不穏な単語に、眉をひそめた。


「防衛……って?」


「んー、滅多にないんだけどさ、ここの研究を盗みに来たり、密猟しに来る奴等がいるんだ。そいつらの排除ってこと」


「ええ、そんなことがあるの?」


「まあ安心しろよ! 俺達、全員強いんだぜ」


 そこに、ランスが足を組みソファでふんぞり返りながら割り込んでくる。


 貴方が言っても説得力がありませんわ? とウイングが睨むと、ランスは楽しそうに、へへっと笑った。


「まあ……そうだな。そんなことにはもうさせないし、大丈夫だよデュー。それで、任せたい仕事ってのがこちら」


 たーん。


 さらっと言いながら、ルークスは心地良い音を立て、机の上に用意していた二枚のパネルを出した。


 もうさせない、ってことはさせてしまったことがあるってこと? と、ふと思ったんだけど、パネルに意識が持っていかれる。


「所長補佐……と、広報~?」


 でかでかと書かれた文を、メッシュが読み上げてくれた。


 ルークスはにやりと笑うと、大きく頷いてみせる。


「そう。最近ちょっと手がいっぱいでさ。補佐っていうかお手伝いが欲しいなーってな。デュー個人の研究内容も見てやれるし、実りはあるかと思う。……広報はその名の通り、この研究所を王国に知ってもらうための宣伝や報告に力を入れようと思ってるんだ」


「まあ! ルークス、貴方がデューを独り占めするなんてずるいですわ!」


 そこで声を上げたのはウイングだ。


「そーだよ所長~! 僕もデューに翼竜と仲良くなってもらったりしたいんだけどな~」


「おーおー、人気者だなデュー! 俺は特にやることねぇからいいや!」


 メッシュとランスが話に加わり、アストが鼻を鳴らす。


「ふん、ランスも部屋に押し掛けてただろう」


「う、うるせぇよアスト! そーいうアストだってデューの雷を剣術に活かそうとか言ってたろ」


「ふむ。そういう補佐であれば確かに使い道はある……」


 噛み付くランスに冷静に返すアスト。


 ……ええと。


 私は困惑して、ルークスに助けを求める視線を送った。


「いやいや、皆、私情挟みすぎだろ……」


 視線を受け取ったのか気付いていないのか……ルークスが呆れると、ウイングがきらきらの金髪をさらりと払った。


 ……その瞳は少し怪訝な色を滲ませている。


「それなら、ルークス……真剣に問いますわ。広報は公衆の矢面に立つ仕事。まだ魔法への確執がこれだけあるなかで、それをデューにさせるというの?」


「……もちろん、それもあっての所長補佐だ。俺がカバーすれば少しはマシだし、確執を押し付けるつもりもないからな」


 ルークスはウイングに答えると、説明してくれた。


◇◇◇


 魔法が、この王国では受け入れられてないことはわかるよな? 当然差別もある。


 特に、王国の騎士達は魔法を嫌う者が多いから、王立魔法研究所をよく思わない。辛辣な態度も日常茶飯事だ。


 広報をするとなれば、嫌味なんかもきっと酷いもんだろうし、大変な思いもするはず。


 でも、俺達はこの確執をなくすために動かなくちゃならない。


 俺は、剣も魔法も必要なものだと思ってる。


 他国ではもう、魔法研究はかなり進んでるとみていい。


 王国を守るためにも、俺達……研究所と騎士団は、お互いが歩み寄るべきなんだ。


 だから広報を立てて、騎士団に俺達のことを発信する活動を始めたいと考えてた。元々、それもあって新しい研究員を募集したんだけどさ。


 だから、もし可能なら、デューにそれを任せたい。なにも知らないまっさらな状態から、俺達と騎士団の関係を見てほしいって思ってるんだ。


 けど、ストレスのかかる仕事なのは間違いないから……デューが不安に思うなら、この役はウイングに任せるつもりだ。


◇◇◇


「あら、聞いていませんわよ?」


 そこで、ウイングがさらりと聞き返す。

 ルークスは、にやりと笑い返して、当然のように頷いた。


「まあ言ってないからな。ウイングなら断らないし」


「……それは信頼と取ってもよろしくて?」


「ははっ、さあな?」


 朗らかに笑い合うふたり。

 私はそれを見るともなしに見ながら、少し考えていた。

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