第10話 未知の魔物と歩み寄りの狂想曲③
……剣と、魔法と、両方が必要……ルークスの話す理想は、とても素敵だと思う。
でも、なんていうか……置いてきぼりになったような心細さがあって。
「デュー、大丈夫~?」
はっと意識を引き戻す。
メッシュが私を覗き込んでいて、一部分だけ赤茶色の前髪が、紅色の瞳の上でさらりと揺れた。
「あ、うん! ……ありがとメッシュ」
笑うと、メッシュも微笑む。
その向こうではアストがこちらをじっと見つめている。お前はどうする? と問い掛けられてるんだって感じた。
だから、意を決した。
私は大きく、深く息を吸って、ぎゅっと手を握り、ルークスを正面から見た。
「……ルークス。剣も魔法も大事だけど……一番はやっぱりこの国の皆が仲良くなることじゃないかなあ」
「うん?」
ルークスがぱちぱちと目を瞬かせる。
私は慎重に言葉を選び、ひとつひとつ、確かめるようにして口にした。
「私ね、剣も魔法も持たない人こそ大事だと思うの……。だから、剣と魔法――騎士団と研究所だけじゃないよね。やるなら、もっと広く発信すべきなんじゃないのかな。……えっと、そのために魔法をうまく使えるようになりたい……と、思うし、誰も彼もを守れるよう……」
そう……これだよね。声にしてみたら、やっとしっくりきた。
私、誰かのために魔法を使いたいからここに来たんだった……それを、はっきりと思い出したから。
「うん、そうだ。だからねルークス、皆が皆、手を取り合えるための広報活動を目指すなら、私、頑張りたいな」
「……デュー……はは、そうこなくちゃな!」
ルークスはそんな私に、嬉しそうに笑ってみせるのだった。
ちなみに、所長補佐は保留。
何故なら、皆が皆、補佐が欲しいと言い出して収集がつかなくなったからである。
そんなわけで。
「――さあ、それじゃあ次の議題だな」
たーん。
小気味よい音を響かせて、ルークスはまたもパネルを出した。
「んん? ……未知の魔物について? ……うへ-、なんだよそれ。きな臭いな」
ランスが面倒くさそうに読み上げて、両手を頭の後ろで組み、ソファに身を沈める。
アストだけは驚くこともなく、不機嫌そうにふん、と鼻を鳴らした。
「あら、なにか知っていますの?」
ウイングが問いかけると、彼は腕組みをして頷く。
「……騎士団で、そのきな臭い噂が蔓延しているからな。……その魔物は倒すと空中に溶けるそうだ」
「空中に、溶ける……? どういうこと?」
私が首を傾げると、アストは腕を組んだまま目を閉じてため息をついた。
もちろん魔物だって肉体があるわけで、倒せばその死骸はその場に残り、必要な素材や食料としての価値があったりする。
それが溶ける……しかも空中にとなると、全く想像がつかない。腐ってなくなったっていうのとは訳が違うみたいだ。
「見たこともない魔物が街道に現れ始めた。かなりの数だ。討伐に当たった隊からの報告書に、空中に溶ける……とあったようだが、真偽は不明だ。今のところ町に被害はないが、このままだと時間の問題だろう」
「ええ! そんな……それって大問題なんじゃ?」
アストの説明に、私は眉をひそめてしまった。
「だろーな。どーせ騎士団が情報とめてるんだろ?」
そこに、ランスが同意してくれて、不穏なことを続ける。
「見たことない魔物かあ~……気になるね」
メッシュもそう言いながら、口元に手を当てて、うーんと考え込んでしまう。
わいわいと話し出す私たちに、ルークスがぱんぱんと手を打ったのはそのときだ。
「そーこーでっ! 今日はこれから実戦を行う。まだ依頼があったわけじゃないけど、討伐依頼がくる確率は高い。デューは戦闘訓練は初めてだったな? アスト、デューを実戦場へ案内してくれ。メッシュは準備を、ウイングとランスは俺と先行して状況を確認するぞ。それじゃあ頼むな!」
私たちはそれぞれ頷いて、すぐに動き出した。
******
「実戦場はこの先だ」
颯爽と歩くアストの白いマントを追いながら、私は空を見上げた。
雲はあるけどほぼ快晴で、午前中にメッシュと翼竜で飛行した時よりも暖かい。
お散歩日和だなぁ……。
ただ、前を行くアストとの会話は事務的なものしかなく、そもそも話したこともまだ数えるほどだったからそわそわしてしまう。
うーん……できればもっと話してみたい……。
実戦場はたしか広大な草原になっていたはずで、医務塔の先にある森を抜け、この丘を越えたところだ。
その丘ももうすぐてっぺんだから、アストと話すとしたら今しかないんだけど……。
あれこれ考えていると、アストが半分だけ振り返った。
「繁殖力の高い魔物が実戦場の一画に巣を張っている。それを実戦と称して定期的に駆除しているだけだ。気負うことはない」
「ん、うん? あ、いえ、はい!」
「……お前は……いつも何故そんな怯えている? 王立魔法研究所はそんなに不安な場所か?」
「ええっ、怯えて?」
そんな風に見えてたのね……。
私は肩を落として、言葉を探す。
話したことがあまりなくて、とか? ……それともアストに対してだけ緊張してるとか……? いやいや、そんな失礼な!
でも、チャンスなのかもしれない。
「……あの、アスト」
私はごくりとつばを飲み、意を決した。
「なんだ」
「初めて会った時、騎士にも色々あって、興味があれば聞きに来いって言ってたの、覚えてる……ますか?」
「ああ。当然だ。……興味があるのか?」
「あの、アストに興味があっ……あります」
「……俺に? ……というか、お前はまさか俺に怯えているのか? 敬語は必要ない。対等だと話したことは忘れたのか?」
「えっ、いや、覚えていま……覚えてるんだけど、なんていうか、騎士様って敬う存在みたいに感じてたから……? あとはアストの威圧感が……」
素直にぽろっとこぼしてしまって、私ははっと口を押さえた。
アストは一瞬だけ眉間にしわを寄せ、前を向いた。
うわああ、私、なんて失礼なんだろうーー!
「なるほど……ウイングに言われたのはそれか」
「あっ、いや、でもルークスだって普通にしてたし! 私が勝手に感じてることなんじゃ……って、ん? ウイング?」
「ああ。感情を出せと文句を言われた」
「感情を……? あぁ……なるほど」
「……お前もそう感じたということだな」
また口を押さえた私に、アストは一瞥をくれて再び前を向いてしまった。
あうう、怒らせちゃったかな……?
「ええと、あのね。感じたから……その、もう少し話してみたいと思ったんだけど……」
恐る恐る言葉を紡ぐ。すると、彼は前を向いたまま応える。
「ほう……そういうものか?」
「そういうものだと思いま……思うよ」
「そうか。ならば協力しないわけにはいかないな」
「え?」
「俺からも歩み寄る必要がありそうだ。まずは、そうだな……お前の雷が弾けるか試したい」
「ええっ? それ、歩み寄りなのかな!?」
思わず目を見開くと、ふっとアストの息遣いが聞こえた。
顔は見えないけど、もしかして今、笑った!?
「対魔法戦術も、王国民を守るためだからな。充分歩み寄りだろう?」
「!」
心なしか楽しそうに聞こえたその台詞に、私は彼の大きな背中に向かって苦笑したのだった。
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