第8話 未知の魔物と歩み寄りの狂想曲①
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お父さん、お母さん。
私が王立魔法研究所の研究員になって、はや2週間が経とうとしています。
施設を見せてもらったり、誰かに付いて魔力測定を手伝ったり、忙しくしていましたが、そろそろ、次のステップに進みそうな感じです。
――そよそよと柔らかい風が髪を撫でていく。
私は自室で両親への手紙を書いていた。
手紙は定期船で運ばれて、王都の役所で処理され、届けられるそうだ。
今日は午前中にメッシュに島内を案内してもらった。
この島はあちこちに立ち入り禁止区域があって、強さの違う結界が張り巡らされている。
そこでは絶滅危惧種の魔物や、密漁対象となってしまう国の保護動物が暮らしているのだとメッシュが教えてくれた。
――魔物も保護しているのは、魔法を研究するうえで必要だかららしい。
メッシュの使う魔法は土で、結界の管理はなんと彼が行っていた。その管理のついでに私を案内することになったんだって。
私がこんな広い島の結界をメッシュだけで保っていることに驚くと、彼はにこにこと言った。
「ここには先代たちの結界塔があってねー! そこに魔法を使ってるだけだから、そんなに大変じゃないんだよー」
結界塔っていうのは彫刻だったり、ただの岩だったり、本当に色々で、その結界塔を基点にして結界が出来るらしい。
それだけじゃなく、結界塔同士を結び付けることでそれぞれの区域を囲む巨大な結界が作れる……と教えてくれたけど、どの塔がどれくらいの結界の強さなのかなどなど、詳細は教えてもらえなかった。
確かに、結界やそこに暮らす動物を守るために必要な情報だろうし、機密事項なんだろうな。
お昼はメッシュと食堂で済ませて(食堂には朝ごはんから昼ご飯までを担当する食堂のおばちゃんがいる)部屋に戻ってきたというわけ。
午後からは、なんだか会議があるって話だった。後で場所とかの連絡があるはずで、それまでは休憩時間なのである。
私はおなかもいっぱいで少しだけ眠くなって、椅子の背もたれにもたれかかり……。
「よお」
「うわ、わあ!」
ひっくり返りそうになった。
「ら、ランス! あのねー、何度も言うけど、窓からいきなりはどうかと思うよ!」
ひらりと窓辺に現れたのは、緑と黒の軽装のランス。
そもそもここ、二階なんだけど。
窓際にまで枝葉を伸ばした大きな木があって、ランスはそれを伝ってくるのである。
「ははっ、わりぃな! ……ほらっ」
「全然悪気無いよねっ……と!」
投げられたのは紅い実。
手のひらにすっぽり納まるくらいのサイズで、ヘタの左右が緩やかに曲線を描き、ハート型になっていた。
「わあ、かわいい」
「やっと食べ頃になったんで、せっかくだからやろうと思って! うまいぞー」
ランスは自分の分も出すと、そのまま窓の縁に座り込んだ。
「美味しいんだ? じゃあ遠慮なく……もぐ。……! ホントだぁ!」
甘酸っぱくてさわやかな味。瑞々しくてジューシーだ!
「だろー? これ、庭園で採れるんだぜ」
「んぐっ? 庭園で? ちょ、ちょっと。勝手に食べて大丈夫なの?」
「ん? ……さあ?」
「……!」
私は食べかけの実とランスを交互に見て、最終的にはその実を全部口に放り込んだ。
「もー! 食べちゃったから、叱られるときは一緒だからね」
「うえ! いや、別にそんな意味で持ってきたんじゃねーよ? お前まだ来たばっかりだし、多少息抜きに……って、まあ、そんな感じでっ」
言葉から、優しさを感じる。今日だけでなく、ランスはちょくちょくと顔を見に来てくれていた。
まあ、部屋の前にある大きな木をひょいひょいと駆け上がってくることが多く……私もそれに慣れつつあるんだけどね。
ランスの意図も読み取れるからこそ、私は笑って答えた。
「あははっ、素直でよろしい!」
「な、お、お前なあ!」
「……捜す手間がはぶけたな」
ひゃ、と声が漏れそうになる。
いきなり背後から響いたそのピリリとした声。振り返ると、ドアを開けたアストが無表情で立っていた。
え、ええっ、もしかして、さっきの紅い実のせい? もうばれたってこと、だよね……。
「ノックもしたが、気付いてなかったようだな?」
「うわあっ、ご、ごめんなさい……」
思わず立ち上がると、そおっと窓枠から跳ぼうとしてるランスがちらりと視界に映った。
「ちょっと!?」
叱られるときは一緒だからねって、言ったばっかりなのに!
思わず文句を言おうとしたら、視界にさっと白いマントが靡いて鍛え抜かれた腕が伸ばされ、ランスの頭に巻かれた長いバンダナを引っ掴んだ。
「ほう? ……ここから逃げられるとでも?」
「ぐ、ぐえ……アストっ、首が折れる……うおお、引っ張るなよ! わかったよ! 降参だって!」
ランスは泣く泣く部屋に引き入れられた。
かくして、私達は所長室へ連行されることとなったのである。
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