第7話 仲間と監視者と新参者のコンツェルト④

******


「さて、最後はここ」


 ひとつの部屋の前でルークスは立ち止まる。

 彼曰く、ここは研究所の生活区で、私の部屋もこの近くだという。


 つまりここは誰かの部屋で、中に5人目の仲間がいるんだろう。


「ウイング! 入るぞー」


 ノックと共にルークスがドアノブをひねり……。


「なっ、だめっいまは! だめですわ――!」

「って……おい!」


 ごぽぉっ!


 部屋の中から巨大な水の球が飛び出してくる。


 私は息を呑んで身構えたんだけど、次の瞬間……!


 ぶしゅうううぅぅぅ!


 物凄い音と共に、一瞬の熱と、白く煙って広がる水蒸気。


 私の前には……。


「ルークス……?」

 赤髪の青年が、しっかりと私を庇って立っていた。


◇◇◇


「部屋で魔法は使うなって言ったろ?」


「ええ……その、申し訳ないですわ」


「俺だったから相殺できたけど、アストだったらどうするんだよ」


「そもそもあの人は私のところには来ませんわ! 大丈夫!」


「いや、そうじゃないだろ……」


「それより! 早く紹介してくださいな! お仲間なのでしょう?」


 ルークスは盛大にため息をつくと、少し身を引いた。

 その後ろにいた私は、初めてその人と目を合わせる。


 金色のさらっさらのストレートヘアは腰まである。瞳はブルーダイヤ。背はランスよりも高いんじゃないかな、ルークスに迫る勢いだ。


 長い睫毛と整った容姿、何より……出るとこは出て引っ込むとこは引っ込む素晴らしい外観。


 が、眼福すぎます……!


「あら、あらあらー! 可愛い! 可愛いですわルークス!」


「いや、その言い方だと俺が可愛いみたいだから」

「そんなわけないでしょう、わきまえなさいまし」


 ぴしゃりと言って彼女はルークスを押しのけ、私の手を取った。


「私はウイング! 水を使いますの。待ちわびた同性のお仲間ですわ……嬉しい! 名前はなんと?」


 心底嬉しそうなウイングは、うっとりするような微笑みで私を見ている。


 なに、これは。女神降臨?


「デュー、と、申しますっ」

「デュー! お会いできてうれしいですわ!

「ええっと、うんっ……わ、私も……」

「はっ、そうと決まれば……デュー、時間はありまして? お茶でもいかがかしら」


 さらりと肩に掛かる金の髪からは花のような香り。


 ふわあーー綺麗な人!


 目をぱちぱちしていると、ルークスが呆れたように笑った。


「だーめ。デューはまだ俺と所内観光ツアー中だからな! また夕飯に」


「あら……残念ですわ。でしたらルークス、浴場への案内はそのあと私にお任せください」


「あー、それは助かる。ざっくり場所は伝えておくから、あとは頼むよ」


「ええ、任されましたわ! それではデュー、またあとで」


「う、うん! よろしくお願いしますウイング!」


「そうだ、それとウイング。デューは……雷使いだ」


「……事情は察しましたわ。デュー、申し訳なかったですわね、ルークスが失礼な態度をとったのでしょう?」


「えっ、いや、うーん……?」


 失礼というか……なんというか。

 思わず唸ってから、私は自分の気持ちを言葉にして紡いだ。


「そう……だね。話したくなさそうだから聞かないけど……なんていうか疎外感? ……は、あったかな?」


 その瞬間、ルークスが苦虫を噛みつぶしたような顔をして、ウイングがじろりと彼を睨んだ。


「ご、ごめんな……そんなつもりじゃ」

「当然ですわ? そんなつもりでやっていたら、ルークス、許しませんことよ」

「返す言葉もございません……とりあえず、またあとでな。ウイング」


 ルークスは肩を落としながら、行こう、と私を促した。


 ウイングは、そんなルークスをじっと見詰めていた。


******


「や、ほんとごめんな……そりゃあ疎外されたように感じるよな……」


 廊下を歩きながら、ルークスが何度目かの謝罪を口にする。


「なにか事情があるのはわかったから、本当にもういいよルークス」


 そんなに謝られても、さすがに申し訳ない。私も、何度目かの言葉を発した。


「……でも、確かに俺が不甲斐なくて……あ。じゃあデュー、夕飯なに食べたい?」

「え、夕飯?」

「そ。ここは夕飯だけ当番制で、特別用事がなければ、皆で食べるって習慣があるんだ。今日は俺が当番だから、デューの好きなもの……あ、うーん? デュー、あのさ、料理できる?」


 なっ!

 私が思わず頬を膨らませると、ルークスは目を見開いてから、吹き出した。


「あっははっ! 悪い、それくらいできるって顔してる! ははっ」

「うわあ、それ笑うところ? ルークス、聞き方が少し失礼ですッ!」

「いや、だって作れなかったら困るだろ! 当番制なのに!」


 私はルークスに向けて、ふんと鼻を鳴らした。


「それじゃあ、今日は一緒に作ろう? 普通に料理するくらい、なんてことないんだから」


******


――結論から言おう。


 ルークスの料理の腕は素晴らしかった。男の人とは思えない手際の良さ、味付けも薄すぎず、濃すぎず。


 料理はある程度出来るつもりだったけど、思いのほか、私のほうが感心してしまった。


「うう、なんか悔しい」

「いや、デューがここまで料理できるのはうれしい誤算だったよ」

「そうかなぁ……でもまあ、ルークスとはちょっと仲良くなれた気がするので、よしとしようかなぁ」

「うえ、お、お前、そういうのさらっと言わないの」


 ルークスはお鍋を洗う手をとめて、眉を寄せる。私が笑うと、彼は少しだけ微笑んで言った。


「なあ、デュー。見たところ、お前、俺のこと全く知らないだろ? だからちょっと話しておきたいんだけど」


 ここは研究所の1階、食堂の隣に設けられたキッチン。5~6人が悠々動けるだけの広さと多種多様な調理器具があり、綺麗に整頓されている。


 それなりに使い込まれたまな板やお鍋、釜もあって、なんとなく癒やされる場所だった。


「――ルークス、少しいいか」


 あ。

 そこにやって来たのは、監視者を名乗るアスト。彼は私に気付くと、一瞬だけ眉をひそめた。


「……ああ、お前もいたのか」

「う、なんかすみません」

「なぜ謝る?」


 ええ、それ聞く?

 アストの一言に、逆に驚いていると、ルークスが笑った。


「アストはこういうやつだから気にするなよ。それで、急ぎか?」

「ああ、騎士団からのお達しだ」

「それはまた……わかった。ええと、デュー」


「あとは片付けだけだからやっておきます、ルークス」


 私がぐっと拳を作ると、ルークスは目をぱちぱちさせてから、にっと笑ってくれた。


「ふ、ありがとな! それじゃ俺の話はまた今度」


 アストはそんな私たちを興味なさそうに見ていたけど、出て行くときになって振り返った。


「任せてすまないな。埋め合わせは後日改める」


 えっ……?


 するりといなくなったふたりに、私はしばらくぽかんと口を開けていた。


 ああ見えて律儀な人なんだ……そういえば私とは対等って言ってくれてたな。それから、騎士にも色々あるから聞きに来いって言ってたっけ。


 ……よし。今度、訪ねてみよう。


 少しだけ、アストのことがわかったような気がした。


******


 やがて夕飯になり、食堂には今日会った面々がやってきた。

 1番に風使いのランス。

 2番に水使いのウイング。

 3番にメッシュ……そういえば何の魔法を使うのかな?


 そして、炎使いのルークスと、魔法を使わないアストが最後だ。


「デュー、助かった。ありがとな。……それじゃ飯にしよう! 皆、今日は知っての通りデューが研究所の新しい仲間になった。うまい酒も用意したぞ!」


「ひゅー! 待ってましたっ」

 口笛を吹くランス。


「ふふ、嬉しい日になりましたわ!」

 早速グラスを手にするウイング。


「デュー、よろしくね~」

 ほんわかと微笑むメッシュ。


「……」

 無言のまま、席に着いて頷いてみせるアスト。


 思い思いに返答があって、宴が始まる。


 私はルークスが捏ねてくれたハンバーグを頬張って、お酒を呑んで、笑った。

 素敵な場所に来れたことに、胸が高鳴っていた。


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