第6話 仲間と監視者と新参者のコンツェルト③

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「さて次はこの辺りに……」


 呟くルークスの声を聞きながら、私は見覚えのある景色にこっそりと頷いた。


 ……ここ、最初にメッシュと降りたった庭園だ。


 色々と説明しながら歩いてくれるルークスに、いつまでもくよくよしてても仕方ないと思った私は既に気を取り直していた。


 立ち直りは早いほうなのだ。


 ルークスはぐるっと見渡すと、やがて大きな木の下に移動する。


「さあて、とっ」


 ぼっ。


 ルークスの手の上に生み出された小さな火の玉が、ぽいと投げ上げられ、それが木々の枝葉の影に消えていくと…………ほどなくして。


 ざざっがさがさっ!!


「うぁっち! うおいルークスっ! 服が焦げただろ! いきなりなにす……お?」


 ――私とルークスのあいだくらいの身長といったところか。


 黒髪で、深い蒼のサファイアみたいな瞳をした男性がひらりと降ってきて、ルークスに詰め寄り、私に気付いた。


 彼は濃い緑の軽装で、袖は肘上、ズボンの裾は膝上。その下に黒いぴったりとした服を着て、風になびく同じ色の長いバンダナを頭に巻いている。


 全体的に緑と黒の色合いが、彼を木々になじませていた。


 彼は目をぱちぱちさせていたけど、すぐに、にっと少年のように笑って、ひらひらっと手を振った。


「おー、お前、ちょっと前に結界に鼻ぶつけてただろ? 大丈夫だったかー?」


「――ッ!」


 まさに雷に打たれたようだった。


 見てた、この人、見てたの!?


 咄嗟に鼻を抑えた私に、彼はなおもからからと笑う。


「見てたんだ、俺、医務塔の屋上にいたからな! やー、あれは痛いよな」


 そう言いながらもわざとらしい爽やかな笑顔。完全にからかわれている。


 っていうか医務塔の屋上ってあの森でしょう? この人いったいどんな視力してるのかな……。


「そこまでだ」


 ごつん!


「うぃって! おおお、お前、ルークスうぅーー」


「いいから、まず座ろうか。それから、自己紹介!」


 ルークスのげんこつに、黒髪の青年はしぶしぶという感じでその場にどかりとあぐらをかいた。


「自己紹介……ね」


 蒼い眼が、すっと眇められて、研ぎ澄まされたナイフのように光る。


「ふん。俺はランス。そんで、あんたはどこからのお客様ですかね?」


 さっきまでのからかう雰囲気はどこへやら。ものすごく敵視されている気がしないでもない。


 な、なんなんだろうこの人。


 私はほとほと困ってルークスを見た。


「はあ……ランス。これで彼女が辞めたらお前減給だからな? ……彼女はデュー。今日からここの研究員――『仲間』だ」


 ランスと名乗った彼ははた、と顔を上げ、ぱちぱちと瞬きし……。


「え、仲間……? え、じゃあお前、あの貼り紙で?」


「う……そうだけどあの文句につられたわけじゃ……」


 思わず言いかけると、ランスはがばりと立ち上がって、ルークスに詰め寄った。


「ほらー! ルークス言ったろ? やっぱ三食昼寝は大事なんだって!」


「あーはいはいはい。どう考えてもそこじゃないけどなー、それで何か言うことは?」


 ルークスがしっしっと手を振ると、彼はさっと私の前にやってきた。


 細身だけど、どうやらか弱いわけではないらしい。その動きは驚くほど俊敏で、私は感心してしまった。


「悪かったな、てっきりまたお偉いさんの偵察かと思ってさ! デューでいいか? おっと敬語はいらねーからな! 気楽なのがいい!」


 とても嬉しそうなその顔に、思わず毒気を抜かれてしまう。


 お、お偉いさん? 偵察?


「えっ、ええと。よ、よろしく、ランス」


「そうこなくっちゃな!」


 瞬間、彼の周りにひゅうっと風が舞った。


 咲いていた花が花弁を散らし、綺麗な花吹雪が私を包み込んで……白やピンク、黄色の花片が、私を歓迎しているかのように舞い踊る。


「わあ……綺麗」


「俺は風使い。まずは歓迎するぜ! ……それで?」


 ランスはにっと笑って、私を見ている。

 あ、あぁそうか。私は……。


「わ、私は、雷使い……なんだけど」


 どんな反応をされるのだろう。

 不安に思って呟くように言うと、サファイアの瞳が見開かれたのがわかった。


 彼は数秒間、私を眺めたあとで、ふ、と笑う。


「へえ……そんな珍しい奴が来るなんて……おい、ルークス!」


「はいはい、何だよ?」


「やっぱ俺、優秀だと思わねえ?」


 ルークスは苦笑する。


 からから笑うランスは再び私を見ると、ぱちりとウインクして見せた。


「ま、心配そうな顔すんなよ。誰と会ったか大抵想像できた。……お前が雷使いなのは驚いたけど、お前のせいでもなんでもないから、いまは気にすんな。いつか知る日が来るさ」


 私は驚いてランスと視線を合わせた。私が反応を気にしてることに気付いて、気遣ってくれたのだ。


 思わずふふっと笑い返すと、ランスはぷいとそっぽを向いて、鼻先をかいた。


「いや、いきなりそういう顔されるとそれはそれで、もうちょい警戒してくれたほうが扱いやす……まぁいいや。んじゃルークス、俺は行くぞ」


「おう。あ、その前に……研究報告書の提出、今日だからな?」


 にっこりと。ルークスが笑ってない眼で笑う。


 背筋がひやりとして 、私が身を縮めると……ランスは目に見えて冷や汗をかきながら「お、おー! 今からやろうと思ってたんだ!」と、文字通り風のようにいなくなった。

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