第4話 仲間と監視者と新参者のコンツェルト①

 所長室はすっきりしていて、奥に大きくて立派な事務机、手前左手に応接用のテーブルと黒革のソファーが鎮座していた。


 右の方には棚があって、たくさんの鉱石や何かの骨が並んでいる。


 な、なんの骨だろう……。


 所長さんはといえば、ワインレッドのシャツの上に、白くて長いコートのようなものを羽織っていた。


 実験用の白衣を模した服なのかも。


 あれこれ考えながら眺めていると、やや気まずそうに所長さんが声をあげた。


「えー……っと。とりあえず座って。紅茶でいいか?」


「あっ、はっ、はい!」

「わーい。じゃあ僕も~」


 慌てて返事をすると、メッシュがすかさず手を上げる。


「いや、メッシュ。お前は先に食堂でケーキ買ってきてくれ」


「わ、じゃあ僕はチョコレートケーキね!」


「……いや、お前のじゃ……はあ。わかったよ、俺はチーズケーキなっ! ……それと」


 ちら、と翠の眼が私に向けられると、意を汲んだらしいメッシュが満面の笑みで聞いてきた。


「チョコレートケーキ、チーズケーキ、ショートケーキもあるよ! どれが好きかな~?」


「ええっと、ち、チーズケーキ……?」

「はーいっ」


 いいのかなぁ……と思いつつ答えると、メッシュは大きく頷いて意気揚々と駆け出す。


 ――彼を見送って向き直ると、いつの間にか所長さんがポット片手に立っていた。


「えーと。とりあえず座ってくれると嬉しいな」

「あ、はいっ……失礼します」


 大人しくソファーに腰掛けると、所長さんは向かいに座る。


 次の瞬間、彼の左手に乗せたポットの下から、炎が踊った。


「……!?」


 た、たぶん魔法なんだろうけどっ……あ、あれ、熱くないの……?


 言葉を失う私に、不思議そうな顔をしていた所長さんははっと目を見開いた。


「わ、悪い! こんな沸かし方で淹れたお茶とかあやしいよな!」


「ええっ!? いや、かまいませんけど……いつもそうやって?」


 私が訝しげな顔をしていたんだと思う。


 慌てて首を振ると、所長さんは恥ずかしそうに頷いた。


「あ、うん……楽でつい」


「あの、熱くないんですか?」


「ああ、それは大丈夫。俺は火を使うんだけど、火を出すのと同時に打ち消すように魔力を展開してるんだ。大抵の人は自分の魔法を手に発動するときは無意識にそうしてる。君も、自分の魔法を発動して困ったことないだろ?」


 私はふと考えをめぐらせた。


 私の使う魔法は雷だけど……そっか。そういえば魔法を使っても痛いとか思ったことないな……。


「でも……それだと魔法を撃たれたら、魔力を展開すれば防げるってことですか?」


「おっ、いいとこに気付いたな! その通り。けど他人の魔法は複雑だし、向き不向きがある。言うのは簡単だけど、実際にそれを使える人を俺は……まあ、あんまり見たことがないな」


「へぇ……」

「お、そろそろいい具合」


 所長さんは嬉しそうに立ち上がり、カップに紅茶を注いで戻ってくる。


「ここまで大変だったろ、とりあえず一息ついて。……ええと」


「あ、デューです! 名前も名乗らず、すみません」


「こちらこそ……その、悪かったな。俺は王立魔法研究所所長、ルークス」


 差し出された手。

 そっと握ると、ルークスと名乗った所長さんははにかんだ。


 大人っぽい雰囲気から一気に年相応と思える青年の顔になったから、私もつられて微笑む。


「……あーっ、なんかずるいー! 僕も~」


 そこに戻ってきたメッシュが手を重ね、にっこりと笑う。


 ルークスは苦笑すると、すぐにいそいそとケーキの用意を始めたメッシュにも紅茶を注いだ。


「さあ召し上がれ!」


 メッシュは準備が整うと当然のように所長さんの隣に座り、チョコレートケーキを幸せそうにほおばる。


 メッシュって子犬みたいで可愛いなあ。


 和やかな雰囲気に、肩の力が抜けてそっと紅茶を飲んで……私は驚いた。


「――お、おいしい!」


 今まで感じたことのない、優しい香りが鼻をくすぐる。


「あははっ、所長はね、茶葉の特性によって微妙に温度調節してるんだよ!」


「ええっ、温度調節とか出来るんですか!?」


 驚いて繰り返すと、所長さんは驚いたように半分仰け反った。


「え、ま、まあそれくらいは……?」


「あのっ、そしたら魔法の大きさ? 強さ? そういうのも、かなり精度高く操れたりするんですか?」


「あ、ああ。それは練習次第だし、ここにいればすぐ出来るようになるぞ」


 す、すごい。

 私は自身の魔法をうまく操れたことはなかった。というか、使う機会なんて数えるほどだったし……最初なんて……。


 遠い記憶が過ぎりそうになり、私は咄嗟に頭を振る。


 ……いや、今はあの時のことなんて思い出す必要はないよね。


「えっと、デュー。最初に教えてくれるか? 君の使う魔法はなに?」


 気を取り直したのか、所長さんが聞いてきて、私はぐっと手を握った。


「雷です!」


 ……瞬間、所長さんの表情が凍りついたのを…私は見逃せなかった。


「……もぐ……うん、そっかあ! 雷、めずらしいねぇ~。ね、所長?」


 メッシュがにこやかに言葉を発する。

 すると所長さんはすぐに笑顔を取り戻し、頷いた。


「ああ。雷使いは数が少ないからな! そっか、そしたらデュー」


「あ、はい……」


「ようこそ、王立魔法研究所へ。ここは魔法の可能性を広げる、最高の場所になるぞ」



――所長さんの一言。



 たったそれだけで、私の採用は決定したらしい。


 こんな簡単に……いいのかなぁ。さっき見せた表情も気になるし。


 困惑が顔に出ていたのか、所長さんは笑った。


「そんな顔するなよ。王立魔法研究所は、正直特殊すぎるからさ。ただでさえ魔法は忌むべきもの! なんて言われてるのに来てくれたんだ、無下に扱うことはしないよ。……少し体験してみてくれ、君はそれで決めればいい」


「またまた~。所長はね、人となりで決めちゃうから、デューのこと気に入っただけだよ~! もちろん僕もだけど!」


 にこにこしながらメッシュが付け加えると、所長さんは目を見開いて両手を振った。


「誤解招くようなこと言うなメッシュ! そんな無責任な決め方はしないって! ……正直、人が来てくれるなんて思ってなくてさ。……とりあえず所内を案内するよ、それから部屋も」

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